第5章-8 円順列とお兄様

「意外と人少ないのね」


 平日の夕方だからか、図書館の中は人影もまばらであった。確かにもっと学生が多そうなイメージだったのだが、実際にはカウンター近くや雑誌コーナーには少しばかり人がいるものの、閲覧スペースの方は端っこでおじいさんが一人座っているだけで、がらがらだった。俺たちは一番窓際の机に並んで座った、ここなら少しくらい喋っても人のいる方までは聞こえなさそうだった。しほりんに勉強を教える以上まったく話さないというわけにはいかないので、これは好都合と言えた。閲覧用の6人掛けの大きな机の片側に端から俺、しほりんと並んで、桜玖良は一人向かい側に座った。


「お兄様、今日はまず数学からお願いします……」


「おう」

「ここの円順列なんですけど、この公式がいまいちよく理解できないんです」

 隣のしほりんが問題集の本をこちらに寄せてくる。

「一番上の人を固定して考える、のもなんとなくはわかるのですが、どうしてそれで公式が (n-1)! になるのかがちょっと微妙で……」

「なるほど……これは、前みたいに4人並べて考えてみよう」

「はい。あの時の4人でやったやつですね」

「まず、しほりんを一番上で固定するとします」

「むすっ」

 効果音を口に出して言われてしまった。ちょっとだけ片側の頬をふくらませたしほりん。うん、可愛い。

「じゃあ、俺を一番上で固定するように……」

「そうゆうんじゃないんですけど」

 しほりんの意図はわかっていたが、まあそこは平常運転ヘタレ俺なので、スルーすることにした。白い紙の上にまず「兄」と書く。

「兄 を固定したら、残りは し・さ・あ の3文字を円になるように順番に並べていく。すると……」

「頑なに呼ばないんですね?」

「えーっと……しほり……ん? 全部で何通りになる?」

「はぁ……6通りできますよね」

「うん。てことは、4人だったのに、実際に円に並べるときに動かすのはこの3人だけだよね。つまり……?」

「3! ってことですよね」

「そう。4人のときは一人固定するから動かすのは残りの3人、一人減るんだ。だから5人の時は4人動かすし、n人の時は……?」

「残りのn-1人ってことですか……」

「正解!」


 ちょっとひと段落ついた後、しほりんがため息をつきながら言った。

「テスト週間中に範囲になっているワークの問題を二回通り解きたいなとは思ってるんです。でも範囲が広すぎて……」

「本当だ、結構あるね」

「いつもは一回通りがやっとなんです。だからテストのときもどこかで見た問題だなとは思うんですけど、解き方を忘れていたり、あともうちょっとでできそうなのにって感じで結構落としちゃうんです」

「ふうん、テスト作る先生っていつも一緒?」

「えーと、よくわからないですけど、最近はいつも同じような感じです、数学は」

「もしよかったら前のテストとか一度見せてもらったりできる?」

「もちろん大丈夫ですけど……?」

「ありがとう。その方がどんな問題を多めに解くべきかわかるかもしれないし」

「どんな問題、ですか?」

「いや、基本的な問題が多く出るとか、逆に難しい応用問題が多いのかとか、配点の傾向とかわかったりするかもしれないし」

「なるほど……全然そんなこと考えてませんでした。さすがですねお兄様」

「いやいや、うまくいくかわからないけど」

「もしかして、ほかの教科も何が出るかとかわかるんですかお兄様?」

「それはもちろん、傾向が読みやすい先生なら」

「じゃあ明日全教科のテスト持ってきます! 見ていただけますかお兄様?」

「もちろんだよ」

「わあ、ありがとうございますお兄様!」 

「いやいや、そんな大したことじゃないよ……あ、でもそんなに無理して急がなくてもいいから」

「わかりました! 明日持ってきますねお兄様!」

「ストップストップすとおっぉぷ!」


 いいところだったのに突然邪魔が入ってきた。なんだ、まだいたのか?


「なんだよ邪魔すんなよな」

「さくらちゃん、一応図書館なのですからお静かにしてくださいね?」


 俺たち二人に責められてちょっと頬を膨らませる桜玖良。


「あなたたちのせいでしょ?」

「なにがだよ?」

「お兄様は何も悪くありませんわ」


「そう、それよっ!」


 桜玖良が立ち上がり俺たちの方をびしっと指さした。(ハ〇ヒ風に)


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