第5章-9 〇ちゃん先生
「だから何が?」
「その、お兄様、ってのどうにかならないわけ?」
「へ? お兄様?」
「お兄様はお兄様、でしょう?」
言ってる意味がよくわからず二人で首を傾げる。
「違うでしょ? どっからどう見ても女子学生二人が仲良く話してる見た目なのに、片方が「お兄様」じゃおかしいでしょ!」
「はっ!」
しほりんが驚いた表情でこっちを見てくる。うん、可愛い。
「あとアンタもしほちゃんのことしほりんって呼ばないように。誰かに聞かれてたらどうすんの? ばれたら面倒なんだから。」
「すんまへん……」
だが確かに奴の言う通りだ。俺は今、あまり現実を直視したくないのだが、うん、女装中なのだ。お兄様って呼ばれるのは確かに不自然ではある。そして「しほりん」って呼んでたらせっかくのカモフラージュが無駄になっちまう。コイツにしては珍しくまともなことを言う。これも勉強会の成果だろうか。いや、違うか。
「というわけでしほちゃん、これからは幸子って呼ぶことにしましょう?」
ぶほおぉっ。
「あれ、いけませんか? さ・ち・こ・ちゃん?」
だめだ。全然まともじゃなかった。
「さくらちゃん、お兄様が嫌がってるから、やめよう?」
「えーーー、いい名前だと思うんだけど、なーー?」
知らん。そんなふざけたにやけた顔でこっちを見てきても俺は乗らんぞ!
「じゃあしほちゃんが決めなよ?」
「そう言われても、突然すぎて……そうだ「お姉様」とかいかがでしょう?」
ぶほほほぉっ
「あ、あれ、だめでしたか? お兄様だから、お姉様……うーん、ちょっと安直でしたかね?」
「はははは、そ。そうかも」
「しほちゃん……くくく、ほんと天然さんなんだから」
「え? なに?」
「いやいや。んーと、いいんじゃない? そのお姉様、っての」
「よくねえっ! あっ、いや、ちょっと、恥ずかしいかなって」
「そうだよね。じゃあ、どうしよう?」
すると桜玖良がまたニヤニヤたくらみ顔を向けてくる。どうせしょうもないことしか言わない、言わない。
「んーと、さちこお姉ちゃん♪」
「お前一回マジで殴ったろうか?」
「きゃあこわぁい」
本当に一度この頭をしばいてやりたい。するとしほりんが手を挙げて
「サチさん?」
ぶほほほほほっ
しほりんからまた斜め上の案が飛び出した。
「なんでさん付け? 堅いなあ。こんなやつにさんなんかつけなくていいよ」
「だって年上だし……じゃあ、サチ姉」
ぶっほほほほほぉっ
「きゃはははっ! サチ姉だってー」
「できれば同級生設定のほうが……嬉しいかなあ」
なんかどんどん悪い方に進んでいっている気がする。
「じゃあねー、同級生だったら、さちこちゃんさちこちゃん……」
いいんだけど、その、さちこちゃんから離れてくれるともっと嬉しいんですが……
「あっ、そうだ!」
しほりんが大きくぽんと手を打って言った。
「さっちゃん、ってどうですか!?」
俺たちは一瞬息をのんだ。しほりんが満面の笑みでこちらを覗いてくる。桜玖良とは大違いでその表情からは一辺の曇りも汚れも感じられない。もしこの笑顔に向かってNOと言える男子諸君がいるのなら、そいつは決して男子ではない、そう断定しよう。
「お、おう。しほりんがいいならそれで」
「……アンタ、それでいいの? ぷっ」
かくして俺は、「さっちゃん」になった ―――完
「ちょっと待ってよ! それじゃあ私とかぶっちゃうじゃん!?」
突然桜玖良が騒ぎだした。
「さくらちゃん……さっちゃん、あ。いいかも」
「よくないっ!」
「お前そもそもなんでさちこちゃんって言いだしたんだよ?」
「だって、あんたの名前、幸の字入ってなかった? じゃあさちこじゃん」
「ちょっと意味がよくわからないんですが……ってか俺の名前よく知ってたな?」
「この前アンタのノートのがたまたま見えたのよ」
「ちっ、俺が名前見たときは怒ってたくせに」
「そうだったかしら?」
「そうだよ!」
「ねえ、さっちゃんってことは幸せの字をサチって読ませたのですよね?」
「うーん、しほりんマイペースだな……」
「いつものことよ」
「では、こんなのはいかがでしょう……?」
「あ~~ぢがれだ~~」
八時過ぎ、図書館を出て三人で並んで歩いている。
「さくらちゃん、じゃなかった。さっちゃん、疲れるのはやくない?」
「ちょっ、その名前で呼ばないで! しかもなんで言い直すのよ!」
「いいじゃないか、似合ってるって。さ・っ・ちゃ・ん?」
「アンタまで調子に乗ってっ! でもまあいいわ。アンタよりましよ。ねえ。ユ・キ・ちゃん?」
「ぐおおぃおっ! お前はその名前で俺を呼ぶな!」
しほりんのアイデア……「幸」の字を「ユキ」と読む。ゆきこ、かぁ。さちこと何の違いもないような気がする? ノンノン。月とすっぽんの差でしほりんに軍配だっ!
「ユキちゃんユキちゃんユキちゃんユキちゃん……」
「さっちゃんさっちゃんさっちゃんさったん……」
「ぷっ、噛んでやがんの」
「ぐっ」
「もうさくらちゃんったら子供なんだから」
口元に手を当てて小さく笑うしほりん。
「まあ、諦めなさい。ユ・キ・ちゃん?」
「まったく誰のせいでこんな……」
お前のせいだ、とは言わないでおいてやる。曲がり角にきて、
「もうここで大丈夫です。すぐそこですから」
「そ、そうか?」
「しほりんの家に行こうなんて一億光年早いのよ」
「お兄様……じゃなかった、ユキちゃんこそ気を付けてくださいね? 自転車で結構あるんでしょう?」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ」
そう、僕の脚はロングライド向きだから! 経験者だからね!
「今日は本当にありがとうございました」
「あ、ああ、別に」
「明日もその……お願いしますね。ユキちゃん先生?」
ちょっと待て! なんか朝ドラのヒロインみたいになってるぅ! かくして俺のユキちゃん先生奮闘記が始まったのだった。
あれ? 俺どこでこの女装戻せばいいの? 家に帰れねえじゃん!
皆さま、先週は更新できず誠に申し訳ありませんでした(土下座)。ぼちぼち頑張りたいと思います。
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