第6章‐15 決死
「……しほちゃんは、何て言ってるんですか?」
消えそうなかすれた声で桜玖良が言った。
「当然納得はしてないさ。そして絶賛父親シカト中だ。聞き分けの良かったあの子がここまで反抗するなんて初めてで戸惑ってているよ。このままじゃ一生口もきいてくれないかもしれないね。でも私はそれでもいいんだ、それだけのことは言ってる自覚はある。ただ、これが父親の役割というものだよ」
苦笑いしながら、しかしそれでも強い目のままで、そう言った。
「そうですか……」
桜玖良は小さな声で呟いて、俯いた。そしてそのまま……
次の言葉を待っても出てこない。
おい桜玖良! 何か言わないと。
俺はそっと彼女の横顔を覗き込んだ。
はっとする。
いつも強気で小憎たらしいことばっか言ってくる、でも実は健気でまっすぐで心優しい桜玖良。そんな彼女だからこそ、彼女のそんな顔を、俺は見たくなかった。
「あの……すいません」
「何だい」
俺は何とか声を出した。ここに来た以上俺が何もしないで帰る訳にはいかない。何か言うんだ。何か、何でもいい、何か、言え。
「あの……しほりさんは、一応約束を守れたんですよね……」
「ああ、確かにその通りだ」
ゆっくりとした喋りに威圧されそうになるのを必死に堪える。
「……だったら……」
そうだ、ゆっくりでいい。慌てるな。
「ええと、今の話を聞いて、お父さんの心配とか、強い覚悟とか、いろいろわかって、僕たちは浅はかだったなって、僕に言えることなんてないって、そう思うんですけど……」
しほりん父の強い視線を感じて言葉が震える。でも負けちゃだめだ。逃げちゃだめだ。言うんだ。
「その……だったら、一応約束は守ってあげた方が、アイドル続けさせてあげた方がいいんじゃないでしょうか……もしこのまま約束を破ってしまったら、しほり……さんのためによくないんじゃないかと思うんです……」
しほりん父の視線がきゅっと引き締まる。
「それはどういうことかな?」
「……ええと、えっと、お父さんの言ってらっしゃることは本当にもっともだと思う、というか、間違ってるのは僕たちだと思うんで、でも、その……でも上手く説明できないんですけど、ええと、しほりさんがせっかく頑張ったのに、目標のために本当に努力して頑張ったのに、なのに、それが無駄になったら、せっかく頑張っても無駄っていうか、これから頑張らなくなっちゃうんじゃないかって……そう、思ったりするんですが……」
「ふむ……」
しほりん父の表情が少し緩んだように見えた。
「なるほどね。でもうちの娘はそんなやわな心じゃないよ。一度決めたことは貫き通す強い意志を持っている。アイドルをやめたくらいで次の目標に頑張らなくなるとかそんなことはないよ、絶対に」
……アイドルを、やめたくらいで……だと?
俺の中で何かがつながりかけている。考えろ,考えろ。次に何を言えばいいのか。
「で、ですよね……しほりさんはっ、本当に意志が強くて、はい、もう勉強もすごく頑張っていて……もうすごく頑張り屋さんですよね……」
「そうだろう、よおくわかってるじゃないか。君はちゃんとしほりのことを見てくれているんだね」
そうじゃない……そうじゃないだろ? 違う、そんなことが言いたいのか、俺は?
「でも、強い意志は、それはしほりさんが、自分で納得して決めたことなら、じゃないですか?」
しほりん父の目から光が消えた。
「ほう……?」
にこりと笑顔を向けられている、それなのに、背筋がぞくっとしたまま、うまく息ができない。
「それはどういう意味かな?」
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