第3章-7 ドキドキ☆ヒミツの密会

 次の週の平日、俺が家に着いて自転車を塀と壁の隙間に押しこんでいると、


「お、お兄様っ!」

 

 振り返ると、そこには、え? なんで? あのしほりんが立っていた。


「し、しほりん? ど、どうして? あれ、やっべ、今日だったっけ? ごめん、すぐ準備をっ!」

「ち違うんですお兄様っ」

「へ?」

「今日はいつもの日じゃないですっ」

「あ、あれ? や、やっぱり?」


「今日はそれとは関係なく来たんですっ」


「そ、そうなのか。あ、でもごめん、多分まだ亜季乃帰ってきてないんだよ、まったく友達を待たせるなんてあいつめ……」

「ち、違うんです。亜季乃さんには今日来ること言ってなくて、私が突然お邪魔しただけで……」

 おそらくしほりんが亜季乃を庇って言ってるんだろう、さすが、こういう気遣いができるとことか超好感度アップだわ。握手券買おうかな。


「そ、それなら、じゃあ亜季乃が帰ってくるまで待ってます? とりあえずこんなとこじゃなんだから入って入って」

「ち、ちが、え、ええと……で、では失礼します」


 慌てて玄関の戸を開ける、案の定亜季乃の靴はなかった。まったく何やってんだかあいつ。急いでリビングの机の上を片して、ソファのごみをローラーで採って、飲みかけのペットボトルとかを流しに追いやって、この間わずか二十秒(体感)。玄関先で律儀に立ってるしほりんをどうぞどうぞと招き入れて、そして急いで緑茶を注いでしほりんの前に置く。


「どうぞ、ごゆっくり」

「あ、ありがとうございます」


 そう言って俺は次の数秒で脳内ポ●ズン会議を繰り広げる。さて、議題はこの後どうするか、だ。てかどうすんの俺? もう部屋から出る気満々だったんだけど、お客様を一人部屋に放置ってのは礼儀正しくないとは思うが、むしろ俺がいたほうが迷惑? というか話することもないし間が持たないし絶対テンパっていやもう既にかなり心臓バクバクテンパてんぱtemperated(形 緊張した の意)なんだけどどうするどうする俺?


「お、お兄様っ」


「ひゃ……はいっ」


 いかんいかん思わずひゃいって言いそうになってた、ここに奴らがいなくてよかった本当に。


「お、お兄様は、の、飲まないんですか?」

「え? お、俺? いや、お客さんの前で自分のなんて」

「えーっと、私ひとりだけ頂くのも申し訳ないというか、ちょっと悪いなぁって思……」

「すみませんっ、すぐに自分のを注がせてもらいますっ! だ、だから遠慮なく飲んでくださいっ!」

「そ、そんなっ、別にそんな慌てさせたかったわけじゃないんですっ! 大丈夫ですっ!」

「ごごごめんっ」

「お兄様じゃなくてっ、私が悪くてっ!」


 だめだ埒が明かない。とりあえず深呼吸しよう深呼吸、俺もいつもの自分の椅子に座って緑茶をコップに注いでごきゅごきゅと飲み干す。それを見てか知らずかしほりんまでが慌ててお茶に手を伸ばす、だめだな俺、お客さんの相手とかちょっと無理るな。


「じゃ、じゃあ俺部屋戻ってるから、適当にくつろいでてくれていいから……」

「お兄様っ!」

「は、はいっ」

「お兄様に、その……報告があって」

「報告?」

 しほりんの笑顔がぱぁっと明るくなる。


「そ、その……実はこの前の小テストが今日返ってきて、なんと98点だったんですっ」

「ほえ?」

 

 俺は事態がよく呑み込めていなかったが、とりあえず数学のテストでいい点だったってことか?

「そ、それはおめでとう、よ、よかったね」

「本当です。ありがとうございます! お兄様のおかげですっ!」

「いやいやいや! 何を言ってるの? しほりんが頑張ったからじゃないか!?」

「いいえ。お兄様のおかげですっ! お兄様が勉強教えてくれたからですっ!!」

「いやいや、しほりんの頭がよかったからだって。俺なんかのおかげじゃ……」

「いいえ、そんなことありません。だって数学でこれほどいい点とったの初めてなんですから」

「そうなんだ、それは意外だね」

 言いながらまた不思議に思った。すっごくうれしそうに話していたしほりんの笑顔が、ちょっといつもよりなんか違う? いやはっきりとは言えないけれど、なんか曇ってるような気がしたのだ。いや、そんなずっとしほりんのことを見てきたわけじゃないから、何言ってんだって感じだけど。


「本当にうれしくて、早くお兄様に伝えたくて……それで、来ちゃいました」


「へ?」


 ってことは亜季乃に会いに来たんじゃなくて、ってことか? いやいや勘違いするな俺、こんな報告ついでだついで、でも社交辞令でも優しいなあしほりんは。握手券もう2枚!


「ありがとうございましたっ!」


 そう言うとしほりんは立ち上がって、ステージの上でお客さんを前にするみたいに、俺のほうを向いて、礼をした。

「いやいやいや、大丈夫だからっ、顔を上げてっ」

「ごめんなさい、お兄様困ってますね。でも、本当に嬉しかったんです。数学は特に……苦手だから」

「そ、そうなんだ。じゃあ、よかったね。おめでとう!」

「はいっ! ありがとうございましたっ!」


 やっぱりしほりんの笑顔は最高の笑顔だった。


 そのあと、結局二人で冷蔵庫に残っていた和菓子を食べながらいろいろと話をして、ちょっとだけ勉強をみてあげて、そして亜季乃が帰ってくる前にしほりんは帰って行った。今日は家庭教師の先生がくるのだと小さくため息をつきながら。帰り際、俺は駅まで送って行くと言ったのだが、まだ明るいからとやんわり断られてしまった。そりゃそうだよな、こんな男と一緒に歩きたくないよな。この前の送り狼未遂?事件もあったし。それに二人でいるところを見られたらファンから警察に通報されそうな気までしてしまう。


「お兄様?」


「はい!」


「今日のことはあの二人には内緒にしといてくださいね?」


「え?」

「だって亜季乃が知ったらきっと……」

 そう言うなりしほりんは急に声色を変えて、


「えーなんで私早く帰らなかったのっ兄貴だけしほりんに会ってずるいずるいばかばかばか! みたいな感じでお兄様が責められそうだし。あとは……どうして私がいないのに勝手にあの変態お兄さんのところに行ったの!?  って感じで私がさくらちゃんに怒られちゃいます、そして、お兄さん、しほちゃんに変なことしなかったでしょうね? 的な感じでくどくどとお兄さんにも風当たりが……」


「そ、その通りだね……」


 思わず笑ってしまった。だって二人のモノマネが結構、いやすごく似ていて、さらに二人の言いそうな台詞そのもので、容易にその場面を想像できたからだ。



「二人だけのヒミツってことで」



 くちびるに指をあてて小さくウィンクするしほりん。やべえ破壊力ぱねぇ。しほりんの握手券……全部くださぁぃ(えり〇よ風に)

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