第3章-6 名前呼びとかアリエナイんですけど
「このPとCの違いを教えて頂きたいのですが……」
そう言ってしほりんが教科書を寄せてくる。
「ああ、ややこしいよね、ここ」
「この前習ったばかりなんですけど、いまいちピンと来なくて……」
「うーんと、どうやって解説するのが一番いいかな……」
いまいち俺もよくわかってないというか、自信がないんだよなこの辺……しかしそんな弱音を吐くわけにはいかない。せっかく勝ち取りつつあるしほりんの信頼を失うわけにはいかないんだっ! ここは嘘でもわかってるふりを突き通さなければ……俺は当てもなくぱらぱらと教科書をめくりながら、必死で考える。
「あれ? なんか止まってません?」
「ほんとだ。ついに兄貴にぼろが出る感じ?」
目の前でおとなしく勉強していたはずの二人がちゃちゃを入れてくる。
「今考えてんだから邪魔すんな」
しっしっと手で追い返す。
「あれ? もしかしてわからないんですかぁ?」
「ちょっと兄貴! ちゃんとやってよ。しほりん来てくれなくなったらどうすんの!」
その言葉にしほりんが慌てだす。
「あ、亜希乃さんさえよければ普通に遊びに来続けたいのですが……」
「え? し、しほりん天使……」
ちくしょう。こいつら邪魔ばっかしやがって。そして気遣いのできるしほりんマジ天使。マイスウィートエンジェルしほりんのためにも早くいい解説を思いつかなければ……このままでは面目が立たない……えーとうまい方法はないか……?
「お・に・い・さ・ん~? ついに家庭教師もクビですか~?」
くっ、無駄に焦らせてくんじゃねえ。ちっ、こいつらさえいなければ、もっと落ち着いて考えられ……
そうか!
「じゃあ解説するよ」
「はいっ」
俺は紙に図を書き始める。
「簡単に言うと、Pの方は「順列」で並び方、順番をちゃんと区別する。そしてCの方は「組み合わせ」で順番を区別しない、って感じだ。でもわかりにくいから例を挙げて考えます」
「はい」
「今ここには4人いますね。俺としほりん、そして亜希乃に……」
言いながら口ごもった。コイツのことなんて呼べばいいんだっけ? 脳内ではヤツとかコイツとか野郎とかで呼んでたせいで、一瞬間が開いてしまった。
「……さくらたん?」
「ちょっとキモイんでやめてもらえます?」
間髪入れずに予想通りのクレーム。
「じゃあ……さくらちゃん?」
「マジで悪寒が走るんでやめてもらっていいですか?」
あるあるだよねー女子が友達同士で呼んでるあだ名なのに、男子がそれで呼ぶとキレられる、みたいな? いやただしイケメンに限るの逆……みたいなやつなのか? ちくしょう、これだからパリピ陽キャイケメソは……
「じゃあ……さくら?(イケメン風で)」
「……マジ死ね?」
「そこまで!?」
「初対面の女子に名前呼びとかアリエナイんですけど。マジでキモイからやめた方がいいですよ?」
別に初対面ではないはずなんだが。
「じゃあ……お前」
「なにこの野郎? 蹴られたいの?」
「野郎の方が失礼だろうが! じゃあ、コイツとかどう……痛っ」
本当に足を蹴ってきやがった。しかも普通に痛い。正面のにんまり嫌味な笑顔がガチで腹が立つ。しかも今の机の下の攻防にしほりんと亜希乃は気づいていない。よっぽど蹴り返してやろうかと思ったが、しほりんの前で好感度を下げるような行為は避けたい。ぐっとこらえる。
「てゆーかお前のあだ名って何なんだよ? どうせ「しほりん」みたいな呼称とかがあるんだろ?」
「え?」
ヤツが意外そうに目を丸くした。
「さくらちゃんは研究生なんで、あだ名はまだないんですよ。まあでもステージネームは”sara”ですけどね」
しほりんが助け舟を出してくる。
「そのサラってのはなんなんだ? お前帰国子女だったの?」
「はぁ? 意味わかんない。ステージネームって言ったでしょ?」
「はいはい、兄貴のためにちょっと解説しまーす」
亜希乃が間に割って入ってくる。
「ステージネームというのはうちのアイドルの登録名で基本的にはカタカナ2文字のアルファベットなの。例えばしほりんはね……”shiho” これは本名がしほりだからそこから「しほ」の2文字をとってアルファベットにしたの。みんな大体そんな感じよ」
「へぇ~」
というかしほりんの本名「しほり」だったのか……知らんかった。ずっと亜希乃がしほりんしほりん言ってたせいだな。うん、しほりんのお嬢様イメージにぴったりだわ。
「センターの千尋先輩は、ちひろから「ひろ」をとって”hiro"ですね」
しほりお嬢様の補足が続く。まあ正直そのちひろ先輩はどうでもいいw しほりんきゃわいいから許しちゃうけど!
「そうそう。みきなちゃんは"miki"でー、なぎさちゃんは"nagi"でー……」
すまん妹よ。どうでもいい情報ありがとう。
「じゃあ……コイツは本名がさくら?だからそこから2文字とって「さら」ってことか」
その途端にまた足に衝撃が走った。ちょっと、脛狙ってくんのはやめてよね。
「ちょっと! そのsaraの発音「皿」じゃん! なんか悪意感じるんだけど! あとさり気にコイツって言ったよね?」
「あぁ悪い悪い、他意はなかった」(めちゃめちゃあった)
「さくらちゃん……も可愛いけど、saraっていう名前も可愛いし格好いいですよね。
いいステージネームだと思うな」
「そうそう! shihoとsara 響きもいいし、お似合いの二人って感じ~♪」
「えへへ、ありがと~~」
しほりんと亜希乃が絶賛している。ますます調子づく野郎。
「でもさぁ、さくらだったら普通に上から2文字「さく」でsakuでもよかったくね?」
俺はつい思ったことを口走ってしまった。そしてまた脛蹴りを食らった。地味に同じ場所を攻撃されてて結構痛い。
「sakuよりsaraの方が可愛いでしょっ!」
「一応その案もありましたね。sakuも可愛いって推す声もあったけど、sakuは男の子の名前でもいけちゃうし、最終的にはスタッフもsara派が多数でしたね」
「サラって外国人の名前っぽいじゃん、なんかできる女って感じの― もうさくらちゃんにピッタリ♡」
「えへっ ありがとー♪」
「まあ別にどうでもいいけど……ちなみにサラってどうせ"s a r a"って書くんだろ?」
「そうだけど……だから何?」
「いやさあ、本場のサラさんの綴りは"s a r a h"だと思うんだけど」
「どうでもええわ」
見事に今日4発目の脛蹴りを頂戴した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます