第3章-5 He She It Shihorin !

 明日はまたしほりん達が勉強に来る日だ。この前はどうにかこうにか上手くいったが、いつヘマをしてしまうかわからない。俺はあれから毎日中学校の勉強を復習していた。自分の勉強はって? そんなもん後だ後w 復習という作業は予習よりも大事。そう、とぉっても大事なんだ。それにしても一週間ってこんなに長かったのかと思ってしまう。お恥ずかしい話、この一週間ずっとそわそわして落ち着かなかった。


 だが同じく落ち着かない奴がこの家にはもう一人いるようだった。


「あぁーっ、兄貴っ、やばいやばいもう無理っ」


「何が無理なんだよ。こっちは明日の予習で忙しいんだ、邪魔するな」

「何が予習よ。それ中学校の時の教科書じゃん」

「だから〝明日〟の予習だって言っただろ?」

「そう、その明日なのよ~やばいこのままじゃしほりんの前で恥かいちゃう~」

「かいとけかいとけ。これも今までお前が勉学を疎かにしてきた罰だ。存分に償え」

「兄貴だって高校入ってから家でぜぇんぜん勉強してないじゃん!」

「俺はなあ、お前と違って高校入る前まではちゃんと勉強してきたんだよっ!」

「ぐっ。本気で追い詰められてる妹に正論で追い打ちかけて楽しいのかっ!?」

「そう言や何でお前が追い詰められてんの? おかしくね?」

「だってぇこのままじゃしほりんにバカな子って思われちゃう~」

「いいんじゃねえの? 実際バカな子なんだから」

「バカじゃないっ、勉強してないだけよ!」

「うんうんそうだよな遺伝子的には決してバカじゃない。でもな? やらなければならないことを先延ばし先延ばし楽しいことだけやってきた、その点で大バカだよな」

「嫌味言ってる暇があったら勉強教えて」


 そう言って俺の前にどさあっと教科書か問題集かわからんがぶちまける亜希乃。


「どうしたよおい。俺に勉強教えてなんて明日台風でしほりん来れなくなるんじゃねえの?」

「そうゆうのもういいから、私は真剣なの。少なくともしほりんに大バカとは思われたくないの。勉強はちょっぴり苦手だけどキュートで可愛い女の子程度の評価を勝ち獲りたいの!」

 可愛いは関係なくね? それにキュートと意味一緒だろ? まあいいけど。(キュートはぁとー持ってたいー♪(cute!))だって、妹が自分から勉強を教わろうとしてくるなんて、それだけで奇跡も奇跡それは僕たちの奇跡。しほりん様様だ。


「で、何を聞きたいんだ?」


「わかんない」


 はぁ?


「何からやればいいのかさっぱりわかんない」


「お前なぁ……」


 これは典型的な「どこがわからないのかすらわからない」「何から取り掛かればいいのかわからない」という最低最悪もう手遅れパターンだな。

「とりあえず学校の宿題ちゃんとやりゃいいんじゃね?」

「だってそれじゃあ明日どんな宿題もらうかわからないじゃん?」

「ん? 言っている意味がよくわからないんだが」

「頭悪いの兄貴? しほりんの前で無様な真似できないって言ってんの! とりあえず明日しほりんと一緒に勉強するところがある程度格好良くこなせたらそれでいいのよ!」

「妹よ……それはどうなんだ?」


 やはりお前の青春なんとかは間違ってたわ。


「せめて明日どんな宿題が出るのかわかってたら先にそこだけ勉強しとくのに……」

「俺の話聞いてます?」

 努力の方向性が間違ってる妹はもうこの際放っておこう。俺はもう自分の勉強に戻る。

「あっ兄貴、ひどいっ! 私の勉強は!?」

「知らん。とりあえず明日もらいそうな宿題の範囲の勉強しとけばいいだろ?」

「範囲が広すぎてどこからやればいいのかわかんない~」

 情けない我が妹は自信満々といった感じで無い胸を張る。

「せめて教科絞ろうぜ?」

「少なくとも数学英語は何やってんのかさっぱりだよねー」

「まあその二つは特に積み重ねだからなあ。いつごろからわからなくなったんだよ?」

「んーと数学はねー、とりあえず算数の頃からだよねってことはわかるw」

「笑えねえよ(笑)」

「英語はなんかにsとかが付きだしたころからさっぱりだよねー」

「ああ3単現ねー確かにその辺からテストの点にもばらつきが出てくるよなあ」


「さんたんげん?」


「3人称単数現在の略ね。主語が3単現の時は動詞にsをつけるってやつだよ」

「そ、そうそう。それくらいはわかるよー」

「じゃあその3単現の主語にはどんなものがある?」

「へ?」

 言ったっきりフリーズする亜希乃。こいつ予想以上にダメダメだな。まあ仕方ない。どっちかって言うと野山駆け回って運動ばっかしてきたような奴だからな。俺の脳内でウサギコスプレの亜季乃がぴょーんって跳んでる絵が浮かぶ。あ~こころがぴょんぴょんう~さみんっ!

「例えばさあ、主語ってI(私)とかyou(あなた)とかのことだ」

「う、うん。じゃ、じゃあそのアイとユーで……」

「Iは私で1人称、youはあなたで2人称、それ以外の他人が3人称だから、全然違う。他にあるだろもっと」

「へ? ほ、他……って主語……何かあったっけ?」

 だめだ、予想の斜め上を行く反応に俺はひっくり返りそうになる。

「彼とか彼女とか私たちとか、ジョンとかケンとかしほりんとかいっぱいあるだろ! 何なのお前の世界は私とあなただけで完結しちまうそんなおめでたロマンチックワールドなの!?」


「しほりんとアイだけあれば、あとは何もいらねえっす!」


 さらに予想の上を行く’なのめなる’返事が返ってきてしまった。

「まあとにかくだな亜希乃、これだけは覚えろ」

「はい隊長!」



「3単現のsが付くのは「He She It Ken わたしあなた以外の独り者」の時だけだ」



「ヒーシーイットケン、ね。らじゃー★」

「ちなみにヒーシーイットケンとは何のこと?」

「ほへ?」

「じゃあHeとは誰のこと?」

 一見可愛く首を傾げる亜希乃。うん、だめだ。しほりんクオリティとは雲泥の差だな。

「え、えーと……わたし?」

「バカかお前はぁ!」

「バカじゃないもんっ」

「なんで私なんだよ? 私はI、アイだよぉっ! Heは彼のこと」

「し、知ってたし」

「じゃあSheは?」

「うーんと……み、みんなとか?」

「なんでそうなる? Sheは彼女。じゃあItは?」

「今度こそみんな!」

「Itはそれ、でKenは人名のこと。別にKenでなくても誰でもいい」

「ふ、ふうん」


「まとめると動詞にsがつくのは、He She It Ken 彼彼女それ人名、わたしあなた以外の独り者。のときだね」


「なるほろなるほろ」

「知らなかったろ全然」

「ん、んなことないし」 

「では主語がMy brother(私の兄弟)のときはどうなる?」

「兄貴馬鹿にしてんの? ヒーシーイットケンに入ってないんだからsがつくわけないじゃん!」

「はあああ。やっぱりわかってなかったか」

「な、なによ?」


「マイブラザーは私の兄、もしくは弟、だ。だから一人の男性、つまり「彼」扱いになるんだよ。だからsがつく」


「はー? せこくない?」

「だからぁ、わたしあなた以外の独り者、の時だけだってさっき言ったろ?」

「ややこいなあ」

「じゃあ主語がYour motherだったら?」


「えーとえーと、あなたの母親……一人の女の人だ、よね? だからsがつく!」


「おーえらいえらい」

「えっへん」

「ではそろそろ実戦に行こうかね。I play baseball.の主語を彼に代えてください」

「えーっと、ヒー プレイズ ベイスボール、よね」

「おお普通にできた……」

「ちょっと兄貴馬鹿にしすぎ」

「He plays baseball. ね。で、次。主語を彼女に代えたら?」

「……シー プレイズ ベイスボール?」

「She plays baseball. OK じゃあ主語を私たちに代えて?」

「私たちって、えっとー、なんだったっけ? ど忘れした」

「We」

「そーそーウィーウィー」

 ど忘れって便利な言葉だよね。ホントは覚えてます感出せるもんね。

「ウィー プレイズ ベイスボール!」


「はい、ブー。We にはsはつきません。私たちは人数がいっぱいなので1人称複数です。ひっかかるなよ」


「ややこいなあ」

「じゃあ彼らだったら?」

「えっとー彼らって、なんだったっけ? ど忘れした」

「They」

「そーそーゼイゼイ」

 ど忘れって便利な言葉だよね。ホントは(以下略。

「ゼイ プレイ ベイスボールね!」

「おお、やっと正解した」

「だってヒーシーイットケンじゃないんだもん。もう余裕よ余裕」


 調子に乗ってきた亜希乃。ドヤ顔がうざい。


「じゃあ、しほりんはとても上手に歌います。を英語にして?」

「ふんっ馬鹿にしてー? これは簡単よ! シホリン ソング!」

 俺は椅子からこけそうになった。

「おい! ソング(song)は歌だよ! 歌うはシング(sing)!」

「わ、わかってるってぇ……ちょっと言い間違えただけじゃん」

 いやそんな泳いだ目で言われても説得力ねえし……

「で、さっきの答えは?」

「シホリン シング!」


「はぁ……singにsつけなきゃ。あと、とてもはべリーウェル。Shihorin sings very well.」


「なんで? ヒーシーイットケンじゃないじゃん?」

「さっき言ったくね? ケンは人名だから。人の名前の時は全部ケンと一緒。つまりシホリンはケンと同じってことだ」

「ほえー。そういうことは先に言ってよ先に」

 言ったと思うけど。


「つまりだ。私あなた以外で主語が一人(一つ)のときはsをつけるんだ!」


「じゃあさーもう、ヒーシーイットシホリン! でよくね?」

 

 はいはい、もう君はそれでいいよ。




「亜希乃、普通にすらすらやってるじゃない?」


「え、そう? へへへ」

「さすが亜希乃さんですね」

「へ? そ、そうかなあ? へ、へへへ」


 次の勉強の日、リビングの机で四人で座ってみんなで勉強している。よかったな亜希乃。まあお前がやってるのは俺がさっき買ってきたかなりかんたんめ、なおかつレイアウトが格好いい問題集だけどな。感謝しろよ、ったく。そして笑い方が気持ち悪いぞ亜希乃。

「ねえ、みんなもお兄様に質問、しないの?」

「私のほうは間に合ってますから、しほちゃんほど難しい宿題じゃないし」

 相変わらずこっちの方はつんけんどんな態度。

「あきのは一緒に住んでるからいつでも聞けるしっ、もうしほりん様どんどんうちの兄貴をこき使ってくださいっ!」


 我が妹よ……お前はいつでも聞きに来ないだろ絶対。

 

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