第5章-11 妹(はしほりん)さえいればいい
次の日も図書館の昨日と同じところの席で待ち合わせ。最近話題の新刊小説を読んでいると、カウンターの方から小走りでしほりんがやってきた。うん、今日も可愛い。
「お兄さm……じゃなかった。ユキちゃん、先生? こんにちは」
「お、おう、い、いや、しほりん……じゃなかった。しほちゃん、こんにちは」
「お待たせしちゃってごめんなさい」
「いいよいいよ。本読んでるの好きだし」
「何の本読んでるか聞きたいんですけど、聞いちゃったら勉強したくなくなっちゃうかもなんで、また今度教えてください、いや、お、教えてね?」
「う、うん!」
だめだ。慣れない。
なんとか昨日の続きを進めて、しほりんが上手く解けている間は持ってきてくれたテストの分析をして、そしてあっという間に閉館時間になる。そんな一週間があっという間に過ぎ去っていった。
そしてついにテスト前日、図書館からの帰り道、俺はしほりんを家まで送っているところ。
「ユキちゃん、本当に女装上手くなったね?」
「え? そ、そう? ありがとう……って素直に喜んでいいのかなぁ?」
「いいよいいよ。ふふっ」
「やっぱり笑ってる! し……しほちゃんひどいっ!」
「ごめんね?」
ちょっと舌を出すしほりん、超可愛い。結局桜玖良の野郎はこの一週間ほとんどちょっかいを出してこなかった。女装の方も最初こそ奴に全部やってもらっていたのだが、そのうち少しずつ鏡を見ながら自分でさせられるようになって、今日なんかはレッスンがあったので早く家を出るからと、もうほとんど俺に押し付けて先に家を出ていってしまった。キーホルダー付きの鍵がポケットの中でしゃらんと鳴った。明日返さなきゃ。それにしても合鍵を他人にあっさり渡すなんてアイツ大丈夫か? まったく、信用があるのかないのかわからんな。
「はぁー、いよいよ明日からかぁ、緊張しちゃう」
「大丈夫だよ。し、しほちゃん本当に頑張ってたから」
「お、ユキちゃんのおかげでいつもと比べ物にならないくらい勉強できたし。数学のワークが二周以上できるなんて奇跡だわ。ありがとうゆ、ユキちゃん」
「し、しほちゃんが頑張ったからだよ?」
テスト範囲の数学の問題を二回以上、間違えた問題はさらにもう一、二回、十分に解きなおすことができた。ここまでできれば上出来だろう。俺が作った予想問題もほぼ満点だった。
「でも、やっぱり不安です」
ふっとしほりんの声のトーンが下がって、横を見る。しほりんが隣からこっちを見つめていた。
「これだけやったから、だからこそ、うまくいかなかったらどうしようって思っちゃうんです」
そう言ってしほりんは少しだけ苦笑いを浮かべた。夜空の下で響いた小さな声はかすれて消えていく。確かにそんな気持ちになることはあるのはわかる。その眼は何か俺の言葉を待っているような気もする。そして俺はこういう時にどういう言葉をかけてあげればいいのだろうか。そんなの普段考えないから全然わからない、けど、けど……。
「今できることをしっかりすれば大丈夫だよ、きっと」
「今……できること?」
「そう。一回も解けたことのない問題は本番でも解けない。自分の力以上のことをしようとするから失敗する」
しほりんは顔を上げて真っ直ぐに俺のほうを見つめてくる。
「でもね。練習でできることは試合でもできるんだ。だから今の自分の力を全部出し切る。実力を全部発揮できるようにベストを尽くすんだ。それだけで大丈夫」
「今の自分の力を全部……出し切る」
「うん、そうだよ。しほりんはもうどんな問題が出ても一通りは解けるようになったんだから、今の自分の力をそのままテストで発揮すればいいんじゃないかな?」
その言葉に彼女の表情がぱあっと明るくなった。
「はいっ、私、自分の力全部出し切ってきます!」
「うん、その意気だ。大丈夫! これだけやったんだから。自信をもって!」
「ありがとうございますっ! お兄様」
「兄貴さぁ、最近遅くまで帰って来ないけど、何やってんのよ? 食事当番全部私が変わってあげてることになってるんだけど?」
「悪い悪い。今週忙しくてさ、その分来週お前の分まで働くからさ?」
「十日分働いてね?」
「なんで十日も!?」
「利息分よ、利息」
まあこっちの都合で家事してねえんだからそれは仕方ないか。しぶしぶ頷いた。
「あーやだなー退屈―。しほりんも来ないし―……ってかなんでしほりん休みなの!? 兄貴の都合とかでお休みしてんだったらぶん殴るよ!?」
「違うから。前も言ったろ? 今週テスト週間で毎日家庭教師が来ちゃうんだってよ?」
「知ってるけどぉ。知ってるけどさぁ~意味わかんないしぃ―」
知ってんなら聞くなし。
「いいじゃん。来週は来るだろ?」
「あ~しほりん分が足りない~~」
当初はしほりんが家に来るってだけで超奇跡!みたいな反応だったくせにもうこれだ、贅沢な奴だな。俺が実は毎日しほりんと会ってるなんてことがばれたら恐ろしいことが起きそうなので、口が裂けても言えない。ましてや女装してるなんて絶対に言えないわぁ(おっと女装癖が)
「じぼりんんん~~~~~」
ぐで~って感じで床に突っ伏して足をバタバタさせている姿を見ていると、なんか泣けてきた。あー、文句も言わない優しい可愛い家事得意な弟のフリした実は妹が欲しい。うん、亜希乃が勝ってるとこと言えば……うん、義理ではなく本当の血のつながった妹ってトコだけだったわ。(二次元ならそれはむしろ負け確)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます