特別番外編 七夕ライブ~天の川の夜空に~ 後編
境内でのしほりんたちの特別ステージは大きな拍手に迎えられて幕を閉じた。そのあとも巫女さんによる舞や和楽器の演奏、神主によるお経(仏教じゃないので多分違う)が読まれたりと、神事は行われていった。たださっきのステージがすごすぎて俺はしばらくその場から動けず余韻に浸りながらぼんやりと舞台の前から動けずにいたのだった。厳かな雰囲気の中にも先ほど可憐な織姫たちが残していった爽やかな空気が感じられるようだ。
と、その時だった。背中につんつんという感触があって、思わず振り向いた。
え、し、しほりん!?
「しーっ」
さっきまでステージにいた、そこにいるはずのないしほりんが、唇に指をあてて俺のすぐ後ろで’静かに’のジェスチャーをしていた。
「え、な何で」
なんでここにしほりんが!?
「静かにしててくださいね? 騒ぎになっちゃうと面倒ですから」
う、うん。うんうん。
俺は慌てて振り子人形のように首を縦に振り振りする。
でも、なんでここにしほりんが?
「お兄様、ちょっと抜け出しません?」
俺たちは境内から少し離れたところを歩いている。
「でもしほりん、大丈夫なの? なんかこんな感じで……」
「ふふっ、本当はダメだと思いますけど、まあマネージャーも今日は大目に見てくれるはずですから」
「そ、そうなの?」
「はい、もうステージが終わったら今日のお仕事は終わりですから。今の私はもう完全オフです!」
「そ、そうなんだ……それは、よかった?」
「でも騒ぎになったら絶対に怒られちゃうので、一般の方々にはバレないようにしないとですけど」
「お、おう……」
なぜか突然こんな状況になってしまって、よくよく考える暇もなかったのだが、これって落ち着いて考えると俗に言う”デート”というやつではなかろうか? いや、デートでないはずがない! ないではないか! でもなんでしほりんは俺をその、で、デートもどきに誘ってくれたのだろうか……?
「だからお兄様? 今日のデ、デートはみんなには内緒ですからね?」
「えっ???」
え、なに? 心読まれた!?
「もうっお兄様ったら、冗談ですよ。そんなに顔を赤くしなくてもいいですから」
「え、そ、そんなに? な、なってないって!」
「ふふっ。それこそ冗談ですっ♪」
えええ? なんかもういろいろ振り回されっぱなしで、うん、困るんだが。
「ふふっ。今日は最高の七夕になりました」
「ご、ご機嫌だね、しほりん……」
「ですよ。だってお兄様と一度こうやってこっそりデ……お出かけしたかったんですから」
「そ、そうなんだ……」
隣のしほりんが可愛すぎてやばい。
「ただ、本当なら……浴衣がよかったな」
「え?」
確かにしほりんは今普通の格好だった。いや、普通と言うにはおこがましい、めっちゃ可愛い、上は白のブラウス?に下は青のスカートで、めっちゃ似合っていた。
「さっきまでの浴衣は一応今日の衣装だったので着替えなきゃいけなかったんですよね。とても綺麗な浴衣だったので、本当はこのまま着て来たかったんですけど」
「そ、そうなんだ。確かにすっごくいい色だったししほりんによく似合っていたよね」
「え? お兄様?」
「ん?」
「ど、どうされたのですか? お兄様からそのような言葉をいただけるなんて……ちょっとびっくりです」
「あ……」
や、やっちまった。つい無意識で……いつも心の中でしほりん可愛い可愛い言ってたからつい……
「嬉しいです!」
「え?」
「本当に今日は最高の七夕になっちゃいました」
そう言って隣で笑うしほりん……可愛すぎる。
「でも、そうなると、天気が残念でしたね……」
「ああ、確かに」
今日は残念ながら曇りの天気で、星は全く見えそうになかった。
「彦星と織姫の二人も会えたらよかったのに……大好きな人に一年に一度しか会えないなんて、それだけでもつらすぎるのに……」
「しほりん……」
しほりん? そんなのただの言い伝えだよ? それに雲の上はいつも晴れてるから絶対に会えるよ? そもそも本当にお空に人がいるわけないよ?
そんな屁理屈がすらすら脳内に浮かんでくるんだから、本当ひねくれた性格だな俺は。このデリカシーのかけらもない発言をそのまましたとしても、しほりんは優しいからきっと笑って「そうですね」って返してくれるんだろうけど、今日のこの場所せっかくの雰囲気の中で言うべきではないことくらいさすがの俺でもわかっていた。そう、今俺がしほりんにかけられる言葉は……
「大丈夫だよ、しほりん」
「お兄様?」
「だって今日は七夕じゃないもん」
「ええ?」
「今日は本当の七夕じゃないからね?」
「お兄様何言ってるんですか? 今日は七夕……7月7日ですよ?」
「確かにそう。今日7月7日は七夕だよ。新暦ならね」
「どういうことですか?」
「今から大体150年ほど前、明治維新の時にね、暦が月を基準にした大陰暦から、今の太陽を基準にした太陽暦、まあ正確にはグレゴリウス暦って言うんだけどね、に変わったんだよ。その時に西洋に合わせて暦を変えた結果12月3日が急に1月1日になっちゃったもんだから、一か月まるまる飛んじゃった、一か月のずれができちゃったんだ」
「え、ええと……」
「つまり、ずっと昔からの七夕と、今の七夕は一か月ずれてるんだ。本来の、まあ本来ってのは違うかもだけど、ずっと昔から日本人が信じてきた七夕、旧暦の七夕の日は本当はずっと後、今の暦で言うと大体一か月先なのさ」
「さすがお兄様! 物知りですっ!」
「しほりんさあ、7月7日って雨のことが多いって思ったことない?」
「えーと……確かになんかあんまり晴れの日は少ない気もします」
「だよね。だって7月頭ってまだ梅雨が明けてなかったりするし」
「そうですよね」
「でもね、本来の、旧暦の七夕の日、8月中旬は完全に梅雨明けしていて、むしろ晴れの日のことが多いのさ」
「へぇ~」
「だからしほりんが心配することないよ。本当の七夕の日は毎年晴れの日の方が多いから……今年で言うと、旧暦の七夕は8月23日……だったかな。きっと晴れてるから、さ!」
「なるほど!」
しほりんの顔がぱあっと明るくなった。
理屈っぽいうんちくばっか垂れてしほりんにドン引きされる可能性もあったので、喜んでもらえたようで本当によかった。俺のチョイスは間違ってなかった!(と信じたい……)
「じゃあ今年もきっと織姫様と彦星様は逢えるんですね?」
「そうだね、きっと」
「お兄様も、その日私と……逢ってくれますか?」
「え?」
え、それは……どういう?
「なーんちゃって……」
「え、あ、あははは……」
ふう、冗談かぁ。と残念に思いながらしほりんの横顔を覗くと、若干その頬が赤くなって見えた。見間違えかもしれないけれど。いや、そうに違いないんだけど。
「あ、ちょっ、兄貴! どこ行って……って、し、しほりん様!ってなんでしほりん様と一緒にいるのよバカ兄貴ぃっ!」
「あ、亜季乃っ! 声がでかいっ、ばれたらまずいんだから……」
「ざんねん……デート終わっちゃいましたね?」
そう言ってはにかむ隣の織姫様の顔は、やっぱりめっちゃ可愛かった。
~Fin~
皆さまお気づきでしたか? 前回の七夕ライブの話は実は中編だったのですよ? つまり旧暦の七夕である今夜に、後編をアップするのはその時からの伏線、計画であったのです!(本当かなぁ……?)そろそろ本編の方と夏祭り後編も書きますので温かいお心でお待ち頂ければと思います。てへ。
さて、今回の七夕番外編ですが、きっかけは、7月7日の仙台で行われた東山〇央の七夕ミニライブのために仕事を休みにしたにもかかわらず諸々の事情から行けずじまいだったことです。ついでに仙台の七夕まつりも見て帰ろうと思ってたのに……。神運営があげてくれたインスタ中継のおかげでちょっと気は救われましたが、そのアーカイブ見ながら前編を書きましたねw 早く色々と自由になれたら……いいなあ。
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