第4章-14 また来てくださいねっ(訳:二度と来んなっ)
「えーと、これでいけますかね……?」
スタッフと思われる人におずおずと白い半券を差し出す。
「確認しますね。はい、大丈夫です」
「えっ……」
戸惑う様な声が聞こえた。前に視線を戻すと、そこには驚いたような困惑したような表情を浮かべた、奴がいた。
「研究生sara 1枚入りますー」
前に押し出されるようなスタッフの手ぶりで、一歩前に進む。机を挟んで奴と向かい合う様な格好に。正面からまじまじと見つめ合う。いや、無理無理。こんな至近距離で女子の顔を直視するとか経験値がなさすぎてダメだわ。落ち着け落ち着けよ俺! いつも勉強会のときに向かいに座ってんのと大して距離変わんないから、いや、むしろ遠いぞ俺、俺、頑張れよ! これ位どってこと……
いや、ありますよ。
だって、いつもと全然格好も雰囲気も違うもん。ぱっと見別人に見えるよ。いや、別人じゃね? これ妹から聞かされてなかったらわかんないわ。余裕で気づかないレベル。いつもみたいに生意気な口を開かれたらわかるかもしれんが。それになんかお姫様みたいな服だし、袖めっちゃ短い、いや袖ないから腕全部出てるし、脚も出てるし、露出高くない? もっと言うと首元も開いてるからぁっ! いや肌色率高ぇよ。かと言ってそこから目をそらそうと顔を上げると正面にはめっちゃ美形の美少女のお顔、いや、視線の逃げ場ねえよ。
「こ、こんにちは……」
いや、何? その殊勝なしゃべり方! おしとやか(ladylike modest polite)かよっww
「え、えっと……こ、こ」
(ハロー?)コンニーチワー!(「ニ」にアクセントをかける言い方で)脳内では音声を再生できるのだが、喉からはかすれた声だけで上手く音が出てこない。
「今日は、来てくれて、あ、ありがとうございます……」
え……誰?
お前誰だよっ! そんなキャラじゃねえだろ! いや、外行きモードなのかもしれんけど流石に変わりすぎというか、原形とどめてないだろっ! 正直「なんで来たのよっ」とか言われてめっちゃ罵倒されそうだった、いや罵声を浴びる覚悟はあった(決して罵声が浴びたかったわけではない 念のため)ので拍子抜けだった。そうか、さすがアイドルの端くれ。みんなの前ではカワいいアイドル像を維持しようと頑張ってんだね!
「……ぁ……」
「え、えーっと……ライブ、どうでしたか……?」
え? 握手会って、質問されるの?
「え、え……よ、よかった、です……よ?」
おい俺! 何故に疑問形なのだ?
「た楽しんでもらえたなら、よかったです……」
にっこり微笑むさらたん。うん、途中から気づいたけど、目が笑ってないわ。これまでの会話をもっかい振り返って、通訳してみよう Let's interpret!
「こ、こんにちは……」(訳:ちょっと何でアンタがここにいんのよ!)
「今日は、来てくれて、あ、ありがとうございます……」(訳:ちょっとどもらないでよキモイんだから、なんでワタシの列に並んでんの? アンタはしほりんの列に並んでんじゃないの!)
「え、えーっと……ライブ、どうでしたか……?」(訳:ちょっとアンタ並んだからには何かしゃべりなさいよ! 普通こういう時はファンの側が感想とか質問とかいろいろ言いまくって、こっちはそれに答えるのが普通なのに、なんで黙ってんの!? どうして私の方が気遣って会話続けさせようとしなくちゃいけないのよ!)
「た楽しんでもらえたなら、よかったです……」(訳:ガチで次会ったら覚えときなさいよね!)
こんな感じかね……うん、あながち間違っていないと思われる(この助動詞「れる」は自発)。
「saraちゃん、一応そろそろ時間だから、最後に握手……」
「あ、そ、そうですねっ」
スタッフさんが助け舟?を出してきた。うん、たしかこのイベントは、うん、「握手会」であった。握手会って握手するのがメインの会だよね?(当たり前)
「そ、それじゃあ……」
おずおずとこちらに手を伸ばしてくる奴……うん、目が笑ってないむしろめっちゃ殺気を感じる。
「今日は、来てくれてありがとうございました……」(訳:キモい! 死ね!)
俺は慌ててジーンズで掌をごしごしして手を前に出す。きゅっと握られたそ手の感触は、うん、覚えていない、うん、うん……
なんとか放心状態のまま会場外に離脱した俺は、ミキしゃまと握手したのか腹立つ位にほくほく顔の亜希乃に回収される形で、会場を後にしたのであった。
ライブ編……「完」
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