第6章-9 誤算


「その条件って……まさか」


 社長がこちらの方を振り返ってメガネを一度クイっと上げた。そして口を開いた。


「そうよ……もう桜玖良から聞いてるでしょ?」


 社長はそこでいったん黙ってしまった。そして小さく息をついてこちらを改めて見上げてくる。


「今回の中間考査で、その難関クラスに進める目安の上位50位以内に入ることがアイドルを続けられる条件。それができなかったらアイドルはやめる、そういう約束だったのよ」


 その眼鏡の奥からの視線に目が離せなくなった。


 そ、そんな……


 そんな条件ひどい、ひどすぎる。そしてそれと同時に思うのは、俺は何も知らなかったんだな……ぎゅっと握った掌にいつの間にかじっとりと汗をかいていた。それでしほりんは……いや、待てよ! それおかしいだろ!


「社長さん待ってください! さっき桜玖良が言ってたはずです。しほりんの順位すごいよかったって。確かお前28位って言ってたよな!?」


「う、うん」


 急に話を振られた桜玖良が慌てたように反応する。


「じゃあ、さっきのその条件はクリアしてるじゃないですか!」


 思わず立ち上がった拍子に俺の前にあった机がガタンと動いた。あ、すみません。慌てて直そうとして社長に、別にいいわよと制せられた。


「そうなのよねえ。これで万事解決だったはずだったのよねえ……」

「そうです! 一体何で?」

「順位が出たとき、本当にしほり嬉しそうだった、いや、文字通り泣いて喜んでたわね」

「あんなテンションのしほちゃん初めて見ました」

「だったらっ!」


 社長はもう一回向かいのソファにゆっくりと腰を下ろしてそしてため息を一つ。


「簡単に言うと……そうね、良すぎたのよね」


 は? 社長が言っている意味が全然分からないぞ。



「思ってたより遥かにいい点数と順位だったもんだから、アイドルなんかやめてしっかり勉強したらすごくいい大学に行けるんじゃないかってお父さんが言い出したのよ」



 ?


 ??


 ???????


 はあっ? 


 何だそりゃ!?


「そう思うのも無理ないわ。こっちも何だそりゃって感じだったから」

「え、だって50位をクリアしたのに、よすぎるからダメって、、はぁ!?」

「あの感じだと、お父さんも心底驚いてたみたいね。まさか自分の娘がそんな頭よかったなんて! みたいな感じ?」

「それって勉強ではしほりんに全然期待してなかったってことですよね?」

「もしかするとお父さんは最初から50位を超えられるとは思ってなかったのかもしれないわ。だってしほりの成績いつも2桁と3桁の境あたりをうろうろしてる程度だったから。よくて80位台とか言ってたかしらね」


「まさか最初からやめさせるつもりだったってことですか!?」

 

 不可能な条件を提示して強制的に辞めさせるつもりだったのか?


「おそらくそうだったんでしょうね。例の条件だってしほりが予想外にものすごく抵抗したから仕方なく出したってだけかもね。お父さん的にはもう絶対アイドルはやめさせるで決定済みって勢いだったし」


「でも、そうかもしれないけど、約束は約束ですよね!? 50位以内だったらアイドル続けられるって! そんなのおかしいでしょ!」



「そうよ、おかしいわよ!」



 急に大きくなった社長の声にびっくりして思わずのけぞった。


「でもあのお父さんは頑固だし発言も絶対だから誰も逆らえないのよ。それにあんな事件の後で娘のことが心配だって言う気持ちも痛いほどわかる。もちろんしほりも必死に抵抗したけど、とても何とかなる雰囲気じゃなかったわ。私が何とか頼み込んで、このままやめたらファンから暴動がおこるからせめてちゃんと引退発表して、引退公演をする了承をもらうまでがやっとだった……」


 そこまで言って社長は目を伏せた。


「でもっ、それはやっぱり約束破りじゃないですかっ! しほりんはその約束のためにあれだけ必死に頑張ったのに! それをすべて無にするようなそんなっ……」

 

 だめだ。もっと言いたいことがいっぱいあるのに、頭も口もうまく回らない。どうしてこんなことになってしまうんだ?


「あなたの言う通りよ。私たちもおかしいって思ってるけど。でも未成年を雇ってる以上本人よりも親の意向が強いのは当然のことだから。今までも何度もこんな思いはしてきたわ。本人は続けたくても、ここに入りたくても、親が絶対ダメだって反対する家はいっぱいあるから」


 社長は立ち上がって後ろを向いた。


「でも今回みたいに、本人が親の出した条件をクリアしたのにそれでもダメってのもひどいわ。しほりが今まで頑張ってたのをずっと見てきたからこそ余計にね」


 ちくしょう! やっぱりそんなのおかしい。もし50位以内がクリアできなかったとしても、そんな親の都合で自分のやりたいことができないのはおかしい。ましてや今回しほりんは頑張ってその無茶な条件をクリアしたんだよ、圧倒的に良い成績を獲って! あんなに頑張って頑張って……


「教えてください……」


「何を? かしら」

「しほりんの家の住所です。お父さんに会わせてください!」

「会ってどうするのよ?」


「お父さんを説得します!」


 しばらく何の返答も帰ってこなかった。あとからあれ? 俺暴走してる? って思い始めたけど、引っ込みがつかなくなってしまった以上、撤回できないしする気もない。会ってどうするのと言われても何も答えられないけど、とにかく、このままではダメだ。社長が一つ溜息を吐いた。そして桜玖良の方を向いてふっと笑った。


「本当あなたの言うとおりね。桜玖良」

「別に……ここまでとは思いませんでしたけど」


 へ? 一体何を話してるの? この二人。


「話が早くて助かるわ」

「へ?」

「あなたを今日ここに呼んだのは、まさにそれが目的よ。まさか自分から申し出てくれるとは思わなかったけどね」

「へ?」


「どうかしほりのお父さんを説得してきてください。お願いします」


 へぇ!!!?

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