第6章-5 悪意

「あんなことって何なんですか!?」


「そうよね……でも話せば長くなるんだけど」


 言いながら女社長は机の方から何かを取り出して、


「これを見てもらった方が早いかしら。まああんまり見せたくはないのだけれど」


 その薄型タブレットを俺におしつけ、きれいな指で映像を再生させた。それは某動画サイトの映像のようだった。

 聞いたことある曲が流れだす。画面の中央で踊ってるのは、そう、しほりんであった。テロップに”超人気アイドルユニットしょこらりのセンター しほりん”と出ている。そのすぐあと、変な被り物とサングラスをした男が現れた。「はーい、今日は、某地方ショッピングモールに来ていまーす。」チャラい喋りが続く。「なんとですねーホント偶然なんだけどーさっき見つけちゃったんですよー超人気アイドルしほりんを! そこで急遽突撃企画を思いついちゃったんで、あんま用意してないんだけど、アタックしちゃおうとおっもいまぁーす」

 ふと動画下のタイトルを見ると”某人気アイドルに突撃サインをねだってみた件”とある。俺は思わず顔を上げて女社長の方を見た。


「これは……?」


「ちょっと前に動画サイトにあげられてたヤツよ。もちろんもう今は削除されてるけどね」


 渋い顔をした女社長が低い声で説明してくれる。


 映像が切り替わり、女性の後ろ姿が映る。そう、しほりんだった。衣装でも制服でもない、私服姿。そういやまだしほりんの私服は見たことがないなあなんて不謹慎なことを考えてしまった。横にいるのは母親だろうか、仲良さげに歩いている。二人は服屋だろうか、お店に入って服を選びあっているようだ。それを離れたところから時々見切れながら撮影されているこの動画…。


「これ、盗撮……ですよね?」


「そうよ。れっきとした盗撮、犯罪よ」


 テロップに”白ワンピを鏡前で合わせる楽しそうなしほりん(激カワ”とか入っているが、正面ではなく背後~横からしほりんが気づかないように隠し撮りされていることは明らかだった。そしてカメラが少しずつ近づいていく。そして、母親の方が場を離れたタイミングを見計らったようにチャラい男が突撃した。「すみません。しょこらりのしほりん、ですよね?」しほりんが振り向く。突然のことに慌てた様子で困惑した表情のまま「え、ええと……」はっきりと答えられず戸惑っているしほりん。今気づいたが画面にしほりんとチャラ男の後頭部が映っている。つまりもう一人スマホかなんかで撮影している奴もいるということだ。「あのう、突然ですみませんけどサインくれませんか?」「え、えーと、そ、その、外でそういう……サインはしちゃダメって言われてて……その、お気持ちはありがたいのですけれど……」そこで一瞬動画がモノクロになって止まり、”さすがアイドルの完璧な模範対応である”のテロップの後、”しかしここで諦めたら試合終了だ、ここから攻める!”とバァーンと文字が映し出される。

 その後しばらく、サインをねだり続けるチャラ男と困惑して断り続けるしほりんの押し問答が続いた。「そこをなんとかー、ほらーここでサインしてくれたらみんなへの宣伝になるしさぁー、ほら今動画撮ってんじゃん? ここで断ったら印象ちょっと悪くね~?」チャラ男の下卑た言い方が本当に鼻につく。おろおろと困り果てたしほりんの表情が痛ましい。今までのしほりんに見たことがない表情だった。おかしい状況に気づいたのかしほりんの母親が戻ってきた。しほりん母(美人)登場のテロップ、母親の方には顔にモザイクがかけられていた。しほりん母も最初は戸惑っていたようだったが、やがて毅然とした態度になって「申し訳ありませんが今日はプライベートですので、規約的にもアイドル活動以外でサインなどの行為は禁止されているんです。申し訳ありませんがお引き取り下さい。あと、動画撮影もご遠慮ください」そう説明すると、失礼しますと言ってしほりんを連れて去っていった。振り向きながら軽く会釈をするしほりんが流石だなーと思わされた、しかしそこで動画はまだ終わらなかった。

「ちくしょーやっぱだめかー」そう悔しそうに頭をかくチャラ男。さすがにあきらめるだろうと思われたその時だった。”ここでこの動画も終わりと思った諸君、甘い、甘すぎる、あっまーーい”のテロップが入り、急にどアップになったチャラ男が「これで勝ったと思うなよ~絶対にサインさせてやるからな~~~(笑」不穏な笑い声が響く。本当に耳障りだった。そしてテロップ



”ここからフェーズ2へ移行、次なる手は人海戦術!” 
















                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     


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