第4章-4 妹の友達が俺にだけウザい

「さくらちゃん!」


 亜希乃が声がした方へ駆けだしていく。そこにいたのは、まあ案の定というかなんというか……


「亜希乃!?」

 

「え、超ラッキー。さくらちゃんにまで会えるなんて」

「え、え? こんなとこでどうしたのよ?」

「いや~物販終わって開場まで暇だからどうしよっかなーって

感じで歩いてたら、研究生たちの群れが……ぐふふ」

「ちょっと亜希乃コワい」

 いつも以上の謎のテンションにさくらたんまでが若干引いている。ましてや、さっきまでアタックされていた研究生の子はさくらたんの後ろに隠れておろおろしている。

「いやーだってみんなきゃわいいんだもん~」

「ほらー、サキだって引いちゃってるじゃん」

「えーと……サラの友達?」

 サキと呼ばれた研究生の子がおずおずと前に出てくる。

「うん。幼稚園の時の友達で、最近また仲良くなったんだ。まあライブ見に来てくれた時に再会して……って感じ」

「そうだったんだ。えーと、歳同い?」

「うん。ちょっとアイドル熱ヤバめだけど、いい娘だから」

「えーと、はじめまして? よろしくお願いします……」

「おねがいしますっ!!!」

 勢いよく手を差し出す亜希乃。サキちゃんの方が「うっ……」となりながらもその手を取る。おい妹よ、お前の交友関係が俺は心配でしかない。


「で、それはおいといて……」


 嫌な予感がした。そう、俺はこの一悶着の間にさっさと離脱するべき(ought to leave)だったのだ。奴の視線がこちらに向けられる。寒い! 寒気がする!


「なんでお兄さんまでいるのよ」


 はぁーやっぱそう来るよなーでも今日は俺悪くない一刻も早く帰りたい帰りたくて仕方がない。


「まー物販要員って感じ? 乗り気じゃないのを無理やり引っ張ってきた感はある」

「あー今日のグッズかー。ペンライト新発売だったもんね。いつもより列やばいねってさっき話してたわ」

「でも裏でスタッフさん達も大変そうだったよ。ゆーこちゃんが走り回っててキレそうになってたし」

「こっちだって大変だよー暑かったし」

「でも、今ここにいるってことは結構早くから並んでたんじゃないの?」

「まあね。でももっと早くから並んどくべきだったなあって、ちょっと危なかったし」

「ってことはちゃんとペンライト買えたんだ?」

「まあね。でも私たちが買ってすぐに売り切れちゃったよ、しほりんのペンラ」

「へー、しほりん推しなんですね」

「そうだよっ! だってしほりん超絶きゃわいいもん! それにしほりん追っかけてたおかげでさくらちゃんにもまた会えたし!」

 そう言ってカバンの中からしほりん色のペンライトを取り出し振り回そうとする始末。

「ちょっと亜希乃、目立つからやめて」

「え~ちょっとぐらいいいじゃん~」

 亜希乃はぶーっとふくれながらもペンライトをしまう。あれ、俺が注意した時より聞き分けよくね?


「ていうかお兄さん?」


 さくらたんが迫ってくる。あれ、気づかれないようにこっそり後退(retreat)してたんだけど、ばれた?


「なんでサキにまでちょっかいかけてんですか?」


「え、え? 俺? なんもしてねえよ!?」

「嘘。サキちゃんに馴れ馴れしくしてたじゃない?」

「してねえよ! むしろそっちの方が……」

 俺はサキちゃんの方に目を向ける。あれ? さっきまでとは違って、しらーっとした白い目で見られてる気がする。

「こちらは……誰?」

「えーっと亜希乃のお兄さん」

 気まずいながらも軽く会釈する。

「……へー、そうだったんですか……」

「サキ? この人普通に変態だからあんまり関わらない方がいいわよ。ひどい目に合うから」

「ちょおっ! 公共の場でそんなこと言うのやめてぇ!? 誤解されんだろ?」

「え……マジ?」

「マジのマジ」

「おい!訂正ぇっ!」

 サキちゃんの方がガチで汚らわしいものを見るような目でこっちを見てくる。


「ていうか、むしろグイグイ来られてたの俺なんだけど……俺被害者よ?」


「でも、そうするよう言われてるし……」

「サキみたいな可愛い子からパンフレット配ってもらって何言ってんの? それにライブ前に宣伝活動は研究生の仕事、新規ファン開拓のためのノルマみたいなもんだから。あれぇ~? もしかして勘違いしちゃった感じ~?」

「いやいや何言って……」

「えぇ……」

 サキちゃんがまた一歩後ずさる。さっきまでの笑顔が嘘のような変わり身の早さ、誰か嘘だと言ってくれ……。

 そしてニヤニヤ顔の野郎ォ……妹の友達が俺にだけウザい。


「でも、元々ライブに来るってわかってたらあんなに一生懸命アピールする必要もなかったんだ~ちょっと損した気分」


 え? そこまで言われちゃう!?

「いや、勝手に勘違いしたのそっちじゃ……」

「だってファンの人はちゃんと服着てますもん?」

「服? ちゃんと着てる……よな?」

「兄貴そうじゃない。真のファンはみんな正装してるの。ライブTにマフラータオルにリストバンドにって感じ」

 そう言って手をフリフリさせる亜希乃の格好は確かにそんな感じだった。よく見ると黒のTシャツにChocoなんたらとか真っピンクの英語で書かれてある。それにあの列にいた奴らはそんな感じの格好の野郎ばかりだった気がする。


「兄貴? 話しかけてもらったお詫びにお金払わなきゃいけないくらいだよ? 具体的には諭吉さん位で」


「いやいやなんだよその理不尽な罰ゲーム! あと額が微妙に生々しい!」

 それに福沢諭吉って言ってもあと数年しか通用しないぞ。確か2024年からは新札発行で一万円札は渋沢栄一になる予定。日本経済の父よ! 転生でも何でもして今の日本経済を救ってほしいものだ。実は色々とすごい功績のある人らしいがあまり知られてはいない。あと髭がないのに選出というのは技術の向上によるものらしい。(かつては偽造防止のためにひげが多いというのが選出条件だった。一度渋沢も候補に挙がったがひげが少ないことから見送られたらしい) 


(福沢の)ひげを剃る そして(その渋沢を)女子中生に貢ぐ


「ちょっとお兄さん、さっきから声が大きいです。スタッフさんに怒られちゃいますから、あんまり目立たないようにいつも以上にモブ化しててください」

「いやいやモブって……おい!」

「兄貴ステイ。いいから大人しくしてて! でないと本当に目つけられちゃうから……」





「なんか揉めてるみたいだけど、大丈夫?」


 後ろから声がした、そして亜希乃が壊れた人形のように動き出した。


「え・え・え……っっっ!?」























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