第5.5章-7 陰キャ失格
恥の多い生涯を送って来ました。
自分には、リア充の生活というものが、見当もつかないのです。自分は生粋の陰キャに生れましたので、陽キャをはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。自分は土休日のホリデイを、読書して、家でゴロゴロして、それが仲間と親睦を深めるために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは土休日の余暇を老人の温泉旅みたいに、単純に楽しく、シエスタにするためにのみ、設定せられてあるものだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。ホリデイの読書したりゴロゴロしたりは、自分にはむしろ、ずいぶん垢抜けのした遊戯で、それは日常のイベントの中でも、最も気のきいたイベントの一つだと思っていたのですが、のちにそれはただ友達と都会へ繰り出し遊ぶための頗る一般的な機会に過ぎないことを痛感して、にわかに驚愕しました。
自分は子供の頃から陰キャで、よく引きこもりましたが、寝ながら、ファミレス、町のカラオケ、市営のプールを、つくづく、つまらない施設だと思い、それが存外に陽の者の溜り場だった事を、一五歳ちかくになってわかって、自分のつましさに暗然とし、虚しい思いをしました。
また、自分は、予定被りという事を知りませんでした。いや、それは、自分が予定が同じ期日に重なるという意味を知らなかったのではなく、そんな馬鹿な人間ではなく、自分には「予定被り」という感覚はどんなものだか、さっぱりわからなかったのです。へんな言い方ですが、予定が空いていても、自分でそれに気がつかないのです。小学校、中学校、自分が学校から帰っていると、周囲の子たちが、それ、ゲーセン行こう、太〇の達人の新譜がある、お前から誘ってきた時の戦績は全くひどいからな、ダ〇レボはどう? プリクラも、ア〇カツおじさんもあるよ、などと言って騒ぎますので、自分は持ち前のステルス能力を発揮して、リア充死ね、と呟いて、英単語を百個ばかり脳にほうり込むのですが、充実感とは、どんなものだか、ちっともわかっていやしなかったのです。
自分だって、それは勿論、土日に予定を入れますが、しかし、お友達から、お出かけに誘われた記憶は、まったくありません。神ラノベと思われた作品を読みます。神作と思われた回をループします。また太洋ん家で見せられたものも、無理をしてまで、オールで見ます。そうして、高一の頃の自分にとって、最も至福な時刻は、実に、太洋の家のアニメ鑑賞会の時間でした。
ダブルブッキングしてる~マジ卍~汗、という言葉は、自分の耳には、ただイヤなひけらかしとしか聞こえませんでした。その戯言は、(いまでも自分には、何だか自慢のように思われてならないのですが)しかし、いつも自分に不快と嫌悪を与えました。予定は、ちゃんと確認しとかないと被るから、そのために注意して、約束をしなければならぬ、という言葉ほど自分にとって難解で無用で、そうして現実っぽい響きを感じさせない言葉は、無かったのです。
つまり自分には、ブッキングのヤバみというものが未だに何もわかってない、という事になりそうで……
ここまで、某名作をパロって散々茶番を展開してきたが、結論を言おう。
やばい、日曜の予定被ってら……w
先に予定が入ったのは……しほりんライブのほうだ。しかしこれはしほりんから直接誘われたり、来てとお願いされたわけではない。もしかするとしほりんが亜季乃を誘うためにチケットを送ったけど、お兄様は一応ついでみたいな感じかもしれんし……むしろ同情? 社交辞令? 本当は何のこのこやってきてんの?自分の顔面鏡で見たことある?マジウケるんですけど~って思われてたりして……いや、しほりんに限ってそれはない、ないはず。だったとしたらもう俺は生きていけない。もう一人の方ならあり得るだろうが、いやもう一人の方は歯に衣着せぬ物言いなんで、社交辞令の「しゃ」の字もないわな。
ただ、そのもう一人からはちゃんと最前列で見るようにくぎを刺されているし、亜季乃には朝から物販並べと命令されてるし……これはまあ約束といっても仕方ないだろう。
そして俺が太洋ん家で土日の勉強会(という名のアニメ鑑賞会)を提案したのはその数日後。うん、どう考えても俺が悪い。でも仕方ないじゃん! 今までこんな予定が被るなんてことあり得なかったんだもの! そもそも何かに誘われるという経験が太洋以外にない。皆無である。そんなの、誘われたら即OKしちゃうし、さらに自分に予定が入ってる可能性があるなんて万に一つも考えないはずである。僕悪くない~。
俺が土日と言った以上、いやそうでなくともお互いに休日の予定なんてものは完全に皆無な二人である。通例通り土曜に1期をぶっ続けで上映会して日曜に2期をそのまま上映会という流れであろう。それを土曜だけね? っていうのは明らかにおかしい。絶対怪しまれる。前みたいにおかしいでござるーとか言われちゃうううう。
どのタイミングで切り出せばいいのだろうかと、朝からずっともやもやと考え続けた挙句、某魔法少女アニメの1期の鑑賞が夕方ごろにはもう終わってしまったのだった。切り出すには今しかない、しかしどう言えば……
「すまん南方氏、明日なんでごわすが予定が入ったでござる」
「へ?」
これは予想外の展開だった。
まさに「渡りに船」ということわざにぴったりだった。
おい、朝からの俺の苦悩した時間を返せよ! って天に向かってさけびーたいっ♪したかったけど、これも終わり良ければすべてよし。太洋との友情のクライシス(crisis 危機)は無事過ぎ去ったのであった。
そして今俺はライブ会場の最前列にいる。亜季乃から押し付けられた正装(ハチマキ、Tシャツ、缶バッジ付きの法被、ペンラ)に身を包み、すでに準備万端である。いつでも来い!
やっとライブ編だっ! 長かったぜここまで(本当に長かったw)
照明が消え、歓声が一瞬沸き上がる。そして水を打ったような静寂が訪れた。
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