第6章-13 不穏

 か、感謝……???


「そ、それは、どういう……?」


「本当に君はすごいんだね」

「え、えええ?」


 いやいやいや、どういう展開なんだこれは。


「娘自慢になってしまうが、あの子は昔から何に対しても一生懸命でね。馬鹿がつくほどの真面目っぷりで正直に言って要領はすこぶる悪い。これまでもずっと頑張って勉強してきたけれど、あまり成績はよくなかった。だから、今回もいくら頑張ってもさほど成績は変わらない、そう思っていたんだ」


「は、はい……」

 正直どう答えていいかわからない。ただ、しほりんが一生懸命なのは俺だってもう充分わかってる。でも、でもさ、そんなしほりんの頑張りを無駄みたいな言い方しなくても……そう思ってしまった。



「ところがだ、君が現れた」



 しほりんのお父さんが身を乗り出してきた。


「しほりが頑張ったのもあるだろうが、娘の成績が上がりだしたのは君に勉強を見てもらうようになってからだそうじゃないか。最近は心なしか表情も明るくなって、毎日が充実している様子を見ていて私たちもうれしく思っていたんだ。そして今回のテストで、今迄からじゃ考えられないほどの順位を獲った。これなら目標だった進学クラスどころか、一クラスしかない最難関の特進クラスに高等部から進学できるかもしれない。そうすれば名門女子大にも進めるし、もっと行けば東大京大だって夢じゃない……いや、それはさすがに親バカというか気が早いかね。ははは……」


 嬉しそうに熱っぽく語る様子に、俺たちは言葉を返すタイミングがつかめない。さらにしほりん父は続ける。


「だから君、南方君にお願いしたいんだ。もしよかったらこれからもしほりの勉強を見てあげてくれないかい?」

「へぇっ!?」


 これにはおったまげた。予想外の言葉に思わず声が出そうになる。


「な、何で……」

「アイドルをやめることになったら多分、今までの反動で勉強しなくなっちゃうんじゃないかと心配してるんだ。でも君がついていればそれも防げるんじゃないかと思ってね」


 爽やかな笑顔で微笑むしほりん父。えええ? そんな風に思ってるのかよしほりん父は!


「南方君は教え方がうまいみたいだし、何よりうちの娘とウマが合ってるようだ。君なら今後もしほりのやる気を削がずに、このまま成績を維持させてくれるんじゃないかと思ってね」


 正直びっくりしている。自分の可愛い娘によからぬ男(自分で言っちゃう?)が近づいてたのに何も思わないのか? 勝手に勉強を教えるという名目でこそこそ会ってたんだから嫌われこそすれ、少なくともいい印象は持たれてないと思っていた。ところがどうだろう。予想とは真逆の評価に思考が追い付かない、追い付かないのだが……


「い、いや……お言葉は有難いのですが、それは買いかぶりすぎです。僕は成績だって下の方の、とても大きな声では言えませんが、落ちこぼれ気味の一高生なんです……」


 最後は自分で言ってて情けなくなってきた。いや嘘だな、今は完全に落ちこぼれてるまである。そこまで言わなくてもいいのに……と横で桜玖良がぶつぶつ言ってるのが聞こえてきた。


「成績がいい、のと、教え方が上手い、というのは必ずしも同義じゃないよ。今しほりにつけてる家庭教師だって超名門大卒だ。なのにしほりは君の方がわかりやすいと言ってるんだから。素直に自信を持ちたまえ」

「は、はあ、ありがとうございます……」

「もちろん今と同じくらいの頻度で、無理しない程度で構わない。自分の勉強だって部活だって忙しいだろうからね。高校生だからお金はたくさんあげられないかもしれないが、何かしらお礼はしていくつもりだ。だからこれからも娘のことをよろしくお願いしたい」


 そ、そこまで評価してくれているのか? 正直驚きだった。さっきまでとは違ってしほりのお父さんの顔が優しそうに見えてしまう。いや実際この人は優しいのだ。しかし、


 はっと我に返る。


 俺たちが今日ここに来たのはそんな話をするためじゃなかった。そうだ、このまま相手のペースに乗せられてはいけない。そう思って口を開きかけた時だった。



「お父さん」





 



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