第6章-8 憤怒
そのあとはあっけないものだった。
しほりんの父親と思われる人物が大声をあげながらカメラに突進してきて、画面が大きくぶれると、そのまま撮影は強制終了させられた。
そのあと真っ黒な画面にテロップがいくつか入って、最後に「次こそしほりんのサインをゲット! リベンジにこうご期待!」という字幕で動画は終わった。
手が伸びてきてテーブルの上のタブレットが引っこめられた。
「ま、こんなところかしら」
俺は女社長さんの顔を見上げて、えっと……
「これは……一体どういう?」
「見てのとおりよ?」
「えっと……てことは、この、事件のせいで、お父さんが怒って、しほりんがアイドルやめさせられることになっちゃったってことです……か?」
「そうね、そうなるわね。さっきも言ったけどそれまでもずっと我慢してくれてたみたいなのよね。そこにこんなふざけた事件のせいで、ついにお父さんの堪忍袋の緒が切れちゃったのね。それはもうすごい剣幕で事務所に押しかけてきて……もうアイドルはやめさせるって」
「それはやっぱり……そうなりますかね」
「すごかったわよ。いつも温厚なお父様だったけど、いつかこうなるだろうと思ってた、もう無理だ、もう娘をこんな目に合わせるわけにはいかない、ってもうね……」
俺も同感だ。しほりんがあんな目にあうなんて……嫌だ。さっきだって困っているしほりんは可哀相で見てられなかった。できることならあの動画の野郎をぶん殴ってやりたい。
ただ、想像してみる。確かに買い物先のスーパーでしほりん級のアイドルがいたら俺含めみんなで押し寄せてしまうだろう。あまつさえサインもらえる!ってなるともうそれは全速力でしょこらびゅー♡してしまう自信がある。いや、逆にそんな勇気ないかもなんで陰からひょっこりガン見してるだけかもしれんが、あれ、それストーカー?
そう。みんなしほりんのことが好きなんだ。でもその好きが彼女を逆に苦しめてしまうのなら、それは……
「それに、お母さんの方はそうでもないんだけど、お父さんは元々アイドルにあまり理解がなくてね……そんなもの時間の無駄、将来に何の役にも立たないって。早くしっかり勉強していい大学を出ていい就職、いい結婚をしてほしいって考え方なのよ」
しほりんが結婚、結婚、けっこん……? 俺が父親なら相手の男を問答無用でぶった斬ってやる自信があるぞ。
「まあ普通の親は大体そうかしらね」
わからなくもない。俺ももし自分の娘が……いやそれは想像しにくいが、もし亜季乃がアイドルとか言い出したら、真っ先に反対しそうだ。すまん亜季乃現実を見ろ、と。まあヤツはアイドル追っかけガチオタ一択なんであり得ない話だが。それこそ握手会でだれも列に並ばない悲劇が目に浮かぶw
ただ、その活動が時間の無駄、何の役にも立たないというのはさすがに言い過ぎではないかとも、少し思った。
「しほりが通ってるのは中高一貫の名門女子校でね、高校受験はしなくていいんだけどその代わり高等部に上がるときにクラス分けの進級試験があるの。上位2クラスしかない難関特進クラス、そこまでいかなくても特別進学クラスには入らないと将来が心配だ。もうアイドルなんてやめて、そのための勉強始めなさいって」
しほりんの通ってるとこが名門お嬢様学校だとは知っていたが、正直それ以上のことは何も知らないのである。俺は悲しいかな女子校にも女子校生にも全く接点がない。亜季乃だってお金的にも頭的にも性格的にも素行的にも女子校には全く縁のない人生だろう。だから俺たちしがない一般家庭からはそんなお嬢様の常識は想像すらできなかった。
「でも、もちろんしほりが「はい」と言うことはなかった。彼女はずっとアイドルになりたいと思ってたの。ここまで来るのだって簡単じゃなかったわ。一筋縄ではいかない努力と頑張りや運があって、ようやく今のアイドルとして輝ける環境を手に入れたの。だから今のアイドルとして生きる道を自分から手放すなんてことは絶対にしたくなかった」
勉強会のしほりん、ステージのしほりん、みんなと一緒のしほりん……いつも健気で明るくて一生懸命で……だからこそ今の「しほりん」になれたんだろうことはまだ短い間しかしほりんのことを知らない俺でも容易に想像がついた。
「でもお父さんも頑固だからそれを許すはずもなくてね」
女社長がふっと息をついた。
「だから条件を出したのよ。アイドルを続けられる条件をね」
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