第4章-11 スターライト伝説 

 え?


 俺は一瞬何が起きてるのかわからなかった。


 妹が泣いている……


 しかしその理由がわからない。


 そして亜希乃に尋ねようにも、さっきまでの会場の熱狂が嘘のように静まりかえっているため、小声を出すことすらはばかられた。さっきまでの楽しいライブではあり得ない、アイドルには一見似つかわしくないような静かな、バラード曲だった。こんな曲もあるのか……。周りの人達も微動だにしないでただステージ上の二人に目を奪われていた。


 スポットライトの下、静かに彼女たちは歌う。背中合わせのまま後ろ手に一本のマイクを渡し合って。流れるような動きでマイクは二人の間を行ったり来たり、お互い目も合わせることなく。まるで彼女達が二人で一つであるかのような、そんな錯覚すら覚える。


 そして曲がサビの部分までくる。二人はくるっと反転して一瞬向かい合ったかと思うと、二人で一本のマイクを握りあって、そして顔を少しずつ近づけていって、そしてユニゾン。俺はこの瞬間、何とも言えない波のような衝撃がこちらに襲い掛かってくるのを、感じた。会場中がただ無言で、その感動に打ち震えているような。なおも二人の声はきれいな旋律となって響き渡る。清らかなその姿は、まるで静かに祈りを捧げる聖女達のようだった。


 彼女たちはそっと目を閉じ、最後のフレーズを静かに歌いきる。綺麗なハモりだった。その響きはいつまでも耳の奥に残って離れなかった。



 曲の後が大変だった。しんと静まり返っていたからこそ余計に、これまでもヤバいくらいだった歓声を遥かに超える大歓声が沸き上がり、横の妹は何言ってんのかわからん感じで発狂しながら叫びまくっていた、そして同じような奴がたくさんいた。むしろ俺だけが浮いているって感じの盛り上がりだった。


「おい、亜希乃? 大丈夫なのか?」


 何遍呼んでも反応ない亜希乃。返事がない、でも屍ではないようだ。



「みなさん、お聞きいただいてありがとうございました」


 綺麗な声で語りだすステージ上の彼女。沸き起こる歓声。


「みんなーっ、この曲覚えてるーっっ!?」


 覚えてるー! とか 伝説ー! とかいろいろ声が上がってて、すっごい盛り上がっている。

「そうですね。これは2年前のあのライブの時の、ですね」

「そうそうーっ。、伝説のライブのやつでーっす。もっかい★で・ん・せ・つ☆ヤッちゃいましたーーーっ!!!○ 。゚+.(*`・∀・´*)゚!!!」


 わああああああああああああ ガチで歓声ヤバイ。


「いやぁー本当はこれ、予定になかったんですけどねー、ちょっとスタッフさんたちに無理言ってお願いして、なんとかアンコールにねじ込んでもらったんですよぉ」

「ほんとそれ。mikiちゃん、急にこれやりたいって言いだすんだもん。しかもリハ終わった後だったし。もう何ふざけたこと言ってるの?って思ったw」

 ファンからどっと大きな笑いが起きる。

「えへへへーーー。私も、ちょっと無理かもって思ったけど、急にどうしてもやりたくなっちゃってーーーてへぺろっ☆彡」

「フリとかもう忘れてるって思ってたけど、意外と大丈夫でびっくりしました」

「そうそう~hiroったらー、絶対覚えてないないー私無理ーとか言いながら、歌詞もフリも全然忘れてないんだよ? 逆にこっちが「mikiちゃん、それ違う。こうじゃない?」みたいにダメ出しされて教えられる始末~~>。</」

「ちょっと? 私そんな嫌な子な感じに言ってなくない?」

「みきちゅわぁん、そおこはぁこうやるのぉよぉっ?」

「それ誰の物真似?」

 さっきまでの緊張と静寂が嘘のような笑いの渦。そして気づいたけど、片方の子は妹に悪絡みしてたミキしゃまじゃないか! 歌ってる時と喋ってる時の様子が全然違い過ぎてギャップで気づかんわ!


「前の時はマイクが壊れちゃって、慌てて一つのマイクを一緒に使うって感じに機転を利かせてホント頑張ったけど、今日はそれをもう一度再現しようとして、むしろ大変でした」

「そうそう、でも今回も”The ☆ 緊急★”って感じだったからぁ結構アドリブ的な感じにガンバリましたぁーっ」

「誰のせい!???」

「まーまーそれはぁ、おぃとぃてーーーwww」

 ミキしゃまの変な動きと二人の軽妙なトークに会場も大盛り上がり。いいよーとか最高―とか楽しそうな声があふれている。


「でもmiki? 何で急にやろうって言いだしたの? 別に今日じゃなくてもよかったんじゃ……」


 その問いに、それまで笑いたっぷりのにぎやかな雰囲気が、ふっと変わる。


「実はね……最近ちょっと思うところがあって、落ち込んでたりもしたんだけど……」


 そう言ってミキ様はこっちの方を向いて


「あるファンの女の子がね、言ってくれたんだ。私のことを、大好きだって」


 いや、はっきりとこっちを向いている。ヤツは気づいている。偶然じゃない。


「私ってさぁ、結構ウザ絡みしちゃうというか空気読めない読まないところがあってさ、自分でも自分のことダメだなーって思うことが多くて」


 ソンナコトナイヨーとかだいじょうぶだヨ~の声が飛ぶ。しかしそんな声すら聞こえていないかのような


「だからさ……その子がね? そんな私のこと大好きだって。すっごくたくさん好きなトコ言ってくれてさ……それがめっっちゃうれしかったの! 勇気づけられたっていうかさー」


 隣の亜希乃を見る。口を手で押さえて目を見開いて、体はふるふると震えていた。


「でね、今日はそのお礼がしたかったの。私を元気づけてくれたその子に……」


 そう言って一瞬目を閉じ、そして顔をあげて微笑んだ。完全にこっち、いや違う。俺の隣にいるうちの妹を、亜希乃だけを見ている。


「みきしゃま……」


 まるでステージ上のmikiと亜希乃だけが今ここに存在しているかのような、そんな時間だった。


「そしてもちろん、いつも支えて応援してくれるみんなにも、ねっ?」


 わああああああああああ 今日一の大歓声。

 そして、ミキしゃまは小さくウィンクをして、

「みんなーいつもごめんねー。でも、そんな私をこれからもよろしくーーーっ!」

 ぱあっとはじける笑顔。鳴りやまない歓声。

「みぎしゃまあああああああ」

 隣の亜希乃はもう号泣だった。

「それじゃあまだまだいっくよー次の曲っ!」

 わああああああああああ

 アンコールはまだまだ終わらない。そして完全に涙腺崩壊しきった亜希乃の後処理がガチで面倒だったことは言うまでもないだろう。(Needless to say もしくは

It goes without saying that) 


 




 ミキはトンデモナイものを盗んでいきました。亜希乃の心ですw

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