第4.5章-2 しほり(ってちゃんと名前で呼んでくださいっ)

 散々罵声を浴びせた後、さくらたん改め桜玖良は部屋を出ていった。(おそらくお手洗いを借りる的なことを言ってた気もするが、アイドルはお手洗いには行かないらしいので、きっとそうではないのだろう)はぁ……ため息が出ちゃう。だって〇の子だもんっ♪


「大変ですね、お兄様」


 真横に座っているしほりんが、はにかむように笑いかけてきた。ああ、本当にこの子は癒しだわあ……ステージではわからんけど本当に同じアイドルというものをやっているとは思えない。しほりん最高!

「ほんとだよ……困っちゃうよね。なんで今日はいつもより機嫌悪いんだろうね?」

 何気なく発した一言ではあったのだが、しほりんの返答は意外なものだった。


「本当にそう思ってます?」


「え? そりゃもう当然……って、機嫌悪いでしょ?」

「お兄様? あれが、照れ隠しってやつですよ」


「テレカクシ?」


「はい。さくらちゃんは照れちゃってるんですよ、お兄様に」

 はい?

 ちょっと何言ってるのかよくわかんないなオイ


「その様子では何もわかってない感じですね」


 あれ? なんかにこやかな表情と口調のせいですぐにはわからんかったけど、あれ? 俺しほりんにまで罵倒されてる???

「あまり説明しちゃうのもさくらちゃんに悪いかなあって思うけど、あまりにお兄様が不甲斐無いので言っちゃいますけど……」

 え、ガチで罵倒されてない? しほりんにまで責められたら俺マジで生きていける自信ないわ、いやそれもご褒美なのかっ!!? 


「要は、この前の握手会で列に来てくれたのがうれしかったんですよ」


「え、誰が?」

「はぁ……きっと、そういうとこなんでしょうね(笑)」

「いや、だって……だってさっきも文句ばっか言われて……」

「だから、それが照れ隠しなんですってば」

 しほりんがさっきより優しい口調になる。

「初めての握手会デビューで不安ばかりで誰も並んでくれなかったところを、お兄様が並んでくれて、きっとすっごく安心したというか、うれしかったんでしょうね。だけどそれをお兄様に言えるわけないし素直になれなくて、あんな困ったちゃんな感じになってるんですよw」

 いやいやいやいや

「さすがにそれは、考え過ぎじゃない?」

 うん、それはご都合主義すぎるってとこだろう。


「さくらちゃんの名誉のために言っておきますが……」


 はあっと一つため息をついて、

「本当はさくらちゃんは大人気なんですからね。まだ研究生だから知名度がそこまでっていうのと、この前の握手会はシステムがちょっと特殊だったんです」


「特殊?」


「はい、いつもの握手会は時間制限が厳しくなくて、券もCDとか買ったら何度も並びなおせるので何回も何人とも握手できるのですが、会場の閉場時間の関係で、有り体に言うと実質一人一回しか握手できない感じだったんです。入場券に付属している券が優先で、それ以外の券は列に並んだとしても時間切れなら使えない。だからみんな一推しの子にしか並べなかったんです。そもそもまだCD出してないからさくらちゃんの個別握手券は存在してなかったですし」

 

 へ、へぇ~。そんな複雑な仕組みを説明されても正直しほりんの声がきれいすぎて集中できなくて、半分も理解出来ていない自分。


「だからあの日、急遽握手会に参加することになったsaraちゃんと握手するには、自分が並んでる推しとの握手を諦めて、その列を抜け出して入場券付属の白い優先券を使う、その一択だったんです」


 しほりんの声のトーンが上がっていく。


「もしそうじゃなかったら期待の新人saraちゃんのデビュー握手会だったのでみんな列に殺到してたでしょうね。そしてあの日、普通なら絶対にできないアリエナイ行動をとった人が一人いるんです」


 え、まさかそれって……



「だからお兄様は、その記念すべきデビュー握手会がまさかの0人になっちゃうかもしれない危機を救ったヒーロー、いや、さくらちゃんの王子様なんですよ」



 またまたそんな……と思ったが、しほりんの目が笑ってなくて、そんな茶化せるような雰囲気ではなかった。

「そ、そうなのかな……」

「そうですよ。狙ってないのにさくらちゃんの好感度爆上がりです。本当にお兄様は罪な人ですね」

「は、ははは?」

「まあ、ですからあの態度も許してあげてくださいね」

「は、はあ……」

 まあよくわからんけど、まあしほりんが言うなら、まあそうなんだろう。しほりんの中ではな!




「そしてお兄様、私の顔を見て何か思いませんか?」




 急に険しいような表情を浮かべてしほりんはこっちを見てくる。

 え?


「私は、ちょっと怒ってます」


 え、え? しほりんに怒? そんな感情あったの? 四字熟語も「喜癒哀楽」って感じになっちゃいそうないつもにこやか癒し系のしほりんに? でもなんで???


「もちろん頭ではわかっていますよ。お兄様のしたことはとっても勇気の要ることで、素晴らしいことです。私がさくらちゃんだったらうっかりお兄様を大好きになっちゃうだろうなぁって」

 え? 大好き? ダイスキ? Daisuki? からだぢゅ~が……って叫ぶの♪の方の見た目後輩中身ストーカー写真部の先輩がOPで歌ってる方のダイスキ? それともfriendがcorpse(死体)になっちゃう方?(いやもう既になってたあの衝撃? め〇姉~! あと窓ガラス)もしくはブラック〇ャックのEDで大〇愛が歌ってた黒毛焼肉〇円の方? いや待て待て落ち着け今日は妄想じゃないはず! そうだifだ! もしも~だったら って言ってんじゃん! 勘違いすんな俺!



「じゃあ私は……?」



 しほりんの声が一瞬上ずって聞こえた。


「せっかく握手できると思って楽しみにしていたのに、目の前でその人がいなくなってしまったアイドルの気持ちは、どうなるんですかっ⁉」


 そう言うなり顔を伏せてしまったしほりん。え、え、え……今何が起こってる、えええええ? ど、どどうすれb


「私……お兄様が列に並んでくれてて、本当にうれしかったのに……握手……したかったのに……」


 すすり泣くような痛々しい彼女の声を初めて聞いた。


「お兄様の……バカ……」


 俺は、一体こういう時何といえば……I don't know what to say.


「し、しほりん……だ大丈b?」




「な~んちゃって♪」



 そう言ってぺろっと舌を出すしほりん、え、え、えだいじょうぶなの?絵え江……


「お兄様ごめんなさい。ちょっと意地悪しちゃいました。半分冗談です」


え、え得柄枝……ままjkぁよよかったああああ、ほっ……ホントヤバいかと思った、あああahhhh……


「はあああああ、びっくりさせないでよもう……」

「でも怒ってるのは本当ですよ。目の前で自分の列から抜けられて悲しくないアイドルなんていませんからねっ!」

「はい、っ本当にすみません……」

 俺は土下座する勢いで頭を下げる。いやむしろ土下座った方がいいか? しかしあの時は奴のことに必死で、しほりんの気持ちにまで思い至らなかった。

「本当にごめん」

「もうっ、いいですよ、そこまで謝らなくて。何も悪いことはしてないんですから」

「で、でも……」


「代わりにじゃないですけど、では一つお願いを聞いてもらえますか?」


「え?……うん、俺にできることならなんでも」

「言いましたね。女の子に何でもって簡単に言っちゃいけないんですよ?」

 えええ?

「そうですね。じゃあ……こんなのどうですか?」

 そう言ってしほりんはくるっと立ち上がって、ほんの少しだけ頬を赤らめながら、




「これから私のこと、”しほり”ってちゃんと名前で呼んでください」




 え? そんだけ? 俺は拍子抜けした。何か買わされたりとか考えちゃったからだ。でも亜希乃じゃないんだから……大天使しほりん様に失礼だったわ。


「え、そんなのでいいの?」

「お兄様? そんなのじゃないです。女の子にとってはとっても大事なことです」

「そ、そうなんだ……まあしほりんがそう言うなら」

「あ、お兄様ダメですよ。今しほりんって言いましたね。し・ほ・り ですよ。ちゃんと言い直してください」

「ええっ?」(マ〇オさん風に)

 なんかここまでムキになるしほりんも貴重である、仕方ない、しほりんのために俺も腹を括るしかない!


「じゃ、じゃあ……し、しほり…………ん」


 速報:ヘタレ俺


「ああっ! なんで「ん」付けちゃったんですかぁっ⁉」

「いやいや思ったよりハードル高いよこれ恥ずかしいわっ!」

「お兄様! もっかいもう一回っ、今度はちゃんとやってください!」

「いやいや無理っ、そんなしほりん様に向かって呼び捨てなんてっ」

「ああっ、また「ん」がついたぁっ……やり直しですっお兄様っ!」



「ねえ、何いちゃついてんのよ?」

 

 戻ってきた奴(改め桜玖良)のジト目の圧力に、その後の勉強会は再び氷期へと突入したのであった。

(短い間氷期であった 補足 氷河期は氷期と間氷期の繰り返し)

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