第2章-2 初ライヴデジャヴフォーリンラヴ
「兄貴遅い! もっと走って!」
「おい、なんで、そんなに 走ってんだよ? 14時からなんだろ? 余裕だろ?」
「何言ってんの!? 早く行かなきゃ前のほうで見れないじゃん! 今日は主要メンバー勢揃いだからやばいのっ!」
聞いてねえよ。んなこと。
「ちゃんとついてきてよ? 女の子一人だったら結構ナンパとかされちゃうんだから」
なんだとっ?
これだから三次元は手に負えないんだ。低俗な野郎共め!
だがふと疑問に思う。可愛いアイドル共を見に来た三次元オタク共は、果たしてこんな一般人三次元ゴリラに興味などあるのか? いやないだろ。解せぬ。
「護ってね、兄貴」
「……自己責任で」
「ひっどーい。冷たーい」
「息あがんだから、はあっ、喋らすな」
実際もう既に肩で息をしている俺。
駅からずっと走ってやっとこさの思いでたどり着いた公園の噴水広場、のどかな自然の中におよそ不釣り合いな謎の建造物が鎮座している。前来た時にはあんなのなかったぞ。そしてその周辺に黒山の人だかり。げ、なんか場違いなとこに来ちまったぞ。
「はあ。何とか間に合ったみたいね」
これで? すでに結構な数の人がごみのようになっていて、ちらほら変な格好の奇人変人がうろうろしているのが見える。めっちゃド派手なはっぴ、名前がでかでかと書かれたうちわ、赤やピンクのはちまき。うげっ、気持ち悪い。ところがあろうことかうちの妹がそのおかしな集団に向かって突進していく。おいちょっと待て。
「なに止まってんの? 早く行くよ兄貴」
おい、まじかよ……
もう十分に寿司詰まっている人だかりの隙間を縫って亜希乃がするすると進んでいく。図々しいな、おい。俺はそんな逞しさは持ち合わせてないぞ生憎。
「なにのろのろしてんの? 仕方ないなぁもう」
亜希乃は俺のショルダーバッグのベルトをひっつかむと再び前進を始めた。いやいやいやちょっと待て、強引すぎだろお前。そして最終的にステージ?の前から数列目くらいのところまで来てしまったのだ。末恐ろしいなわが妹よ。
「もう無理ね。ここから前はガチ勢だから」
「ガチ勢?」
「夜明け前から、下手すると昨日から並んでる人たちよ。さすがに前を譲ってはくれないわ」
「昨日からって……」
一体何考えてんの? この三次元共。
「言っとくけど兄貴たちも一緒だからね。新作ゲームの発売日とかに2、3日前から店の前で泊まり込んで待ってるのと変わんないから。いやうちらよりひどいか、さすがに3日前からは並ぶんはないわー」
「一緒にすんなし」
「いーや違わないね。この際だからはっきり言わせてもらうけど、実在しない女の子の絵を追っかけてる二次オタのほうがよっぽどキモイから」
「はあ何言ってんのお前。腐った三次元女なんかと一緒にすんなよ、二次元女子に謝れやおら!」
「謝れ? はぁ? ホント馬鹿じゃん? 実在しないのにどうやって謝れっての? その点こっちはちゃんと〝いる〟んだから、むしろ腐ったとか言ってる発言を謝ってよ!」
「二次元の女の子はなあ? 純粋なんだよピュアなんだよピュアっピュアなんだよ!裏でだらだらぐろぐろどろどろしてる三次元女子と違って夢を見せてくれんだよ!」
「女はみんなどろどろしてるもんなの! 二次元女だって裏ではどす黒い修羅場とかやってんじゃないの? 兄貴が知らないだけで!」
「そんな設定はねえ! 二次元女子はなぁ、みんな優しいんだよ! 現実世界で傷つき疲れ切った俺たちの心を癒してくれんだよ、認めてくれんだよ、受け入れてくれるんだよ!」
「そんなの兄貴たちが勝手に思い込んでるだけじゃない。何も努力してないクズがありのままを受け入れてもらえるわけないでしょ!? どーせ画面の裏では〝キモッ〟とか言っちゃってるからマジで」
「そういうお前らとは違って心底純粋にピュアなんだよ! 裏なんかねえんだよっ! てか画面の裏ってなんだよおい」
「画面の裏では裏の顔ってことよ! あらやだ、うまい……」
「うまいこと言ったつもりかこの野郎!」
「何よ! そっちこ
突然妹の声が聞こえなくなった。俺たちも結構なトーンで喧嘩していただろうに。ものすごく大きな音がして、続いてそれをはるかに上回る大きな罵声、いや歓声が俺たちの周りから一気に湧きあがった。
「来た来たキターーーーっ」
そして妹までがさっきよりもはるかに大きな素っ頓狂な声を出した。何が来たんだよ? と思ったが、ステージの端から一人、また一人と次々出てくる。顔は後ろを向いていてよく見えないが、全員がフリフリふわふわと膨らんだ衣装で、ずらーっとステージ上後ろを向いて並んだ、次の瞬間
ステージのライトが一斉にカッと開いて目が眩んだ、と同時に音が鳴りだした。逆光のシルエットのまま全員が動き出す。ますます大きくなる歓声。正面からの閃光と全方位からの轟音に体が宙に浮いていくようなそんな錯覚を覚える。
目の前のライトがパッと反転して、ステージの上が一斉に照らされて、大音量で音楽が流れ出す。なんだなんだなんだ……? 真ん中の女の子がマイクを持って歌いだした。みんな踊りながら歌っている。何の歌かはさっぱりわからんが、最近テレビでよく聞くような感じの……いや、なんか聞き覚えがあるぞ? いや、みんな同じような歌か? ステージ上をマイクを持った女の子たちが所狭しと動き回って入れ代わり立ち代わり真ん中でポーズを決めながら歌っては、また別のが出てきて、そしてそれに合わせて野郎どもがわけのわからんことを叫びまくってる、決して聞きたいわけではないけど歌のほうが聴こえねえじゃん、と思いきやなんだこの整った掛け声は。まるで軍隊のような、曲に合わせて名前と思しきものをみんなで叫び、手を、光っている棒みたいなものを振り上げ、こぶしを突き上げる。ステージの子が手を振るのに合わせて同じように手を振り、同じくジャンプするのに合わせて一斉にこちら側もみんなでジャンプする。何だこの集団は!
長い長い時間が経過し、ようやく曲が終わって彼女たちがポーズを決めると、耳がちぎれんばかりの今日一番の歓声、ああうるせえものすごくうるせえ。そして隣の妹の金切声もきんきんうるせえ。
「ねえ、すごいでしょ?」
「……ああ、いろんな意味でな」
「ねえねえセンターの子すっごくかっこ可愛いでしょっ?」
真ん中でこちらに向かってキラキラ笑顔を振りまいてる。まあ確かに、顔は可愛いと思う。いや、普通に可愛い。
「でねっ、あの右から三番目にいるのがワタシの今一推しのしほりんなのっ! しほりーんっ」
「3番目……?」
それが、俺が初めて天使と出会った瞬間だった。
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