第7章-9 僕の心のヤバいやつ

「P?」


 Pってなんだ? あのやたら無意味に四角形や三角形の上を動き回る動点Pのことか? 何度こいつに苦しめられてきたことか。


 いや、知ってるよ俺だって。だって俺もPだし。デ〇マスなら〇ーと〇ーと〇とくらちゃん担当P、シャ〇マスなら甘〇とアル〇ト箱推し担当P、最近やってないけどミ〇マスなら星莉〇担当P……うん。


「ヒナちゃんは……そうですね。音楽プロデューサーって感じ? 私たちの楽曲を作ったり調整したりいろいろしてくれてるんです」

「ふうん、そうなんだ……」


 俺は改めてヒナちゃん……に目を向けた。PCに向かって作業?している姿を見ても正直なんの変哲もないただの女子学生にしか思えないんだが。ずっと見てたのがばれたのかヒナちゃんがこっちに気づいて怯えたように画面の陰に隠れてしまった。えーっと、なんかすいません……


「ああ見えてヒナちゃんはすごいんですよ。ピアノも上手くて作曲もできてそれでいて機械にも強くて、なんでもできるんですから。私たちの無茶な要求にもあっさり答えてくれて、もう大黒柱!って感じですね」

「そうなん……」


 じいっ……


「ひいっ」


 視線に気づく。めっちゃ陰から見られてたんだが……怖ぇんだけど、あ、また引っ込んだ。えーと、なんかすいません……そしてヒナちゃん?はしばらくして桜玖良とぼそぼそ話して部屋から出て行ってしまった。本格的にお邪魔してしまったようだ……今度会ったら謝らないと……いやその今度あるのかわからんが。


 狭い事務所には結局もといた人がいなくなり、静寂が訪れた。そうなると本当にどうしていいのかわからない。桜玖良が口を開いた。


「で、どうしますかね~?」


「そうだな……」


 これじゃあ一体俺何しに来たんだか……


 女社長さんに会いに来たのに肝心のその社長がいないんじゃなあ。彼女が前に座っていた椅子をぼーっと眺めながら、さてどうするべきなのか考える。さっきの社長さんの言葉を思い出す。すれ違いざまの「ありがとう」あれはどういう意味だったのだろう。単純にお礼……だったら何のお礼なのか、今回の件でいろいろと頑張ったことに対するものなのか? ただ実際に俺は何もできてないのだ。そしてさっきのあの感じ……本当のところは分からないけれど、社長さんはもうどこか諦めてしまっているような気がする。だって、俺なんかに頼んでくるなんて時点でもう終わっている。きっとそれまでだって色々と手を尽くしてきたはずなんだ。そしてその俺は結局だめだったのだ。じゃあもうどうしようもないではないか。


 そもそも


 社長さんは本気で俺のことを当てにしていたのだろうか? こんなどこの馬の骨ともわからん高校生の分際に本気で期待する大人が果たしているだろうか? 全く期待してないなんてことはないと思いたいが、せいぜいうまくいってくれたら儲けもの、程度だったに違いない。もしそうだったとしたら、俺は体よく使われただけってことになる。そしてその上でその下馬評通りになーんもできなかった俺。なんか、なんだかさぁ……


 無性に腹が立ってきた。


 女社長にも情けない自分自身にもしほりん父にもふざけた大人の事情ってやつにもしほりんをこんな目に合わせやがったクソな現実にもそんな現実に負けそうになってるしほりんにも周りのすべてにも、


 このまま無様に引き下がるしかないのか


 でもこのままじゃ嫌だ。


「お兄さん?」

「は?」

「どうしたんですか? 寝てんのかと思いましたよ」

「あ、ああ」

「なんかトリップしてましたね」

「そう……かな?」

「たまに、いやお兄さんよくやってますよね」

「ノーコメント」


 まあ自覚がないわけではない。どうも俺は集中すると周りが見えなくなる癖があるらしい。しかしそんなことは今どうでもいい。3つあった手の内、女社長の線は潰えたと言ってもいい。そしてしほりん本人の説得も、ここまで気丈に振舞って頑張ってきたしほりんの心が折れてしまった以上もう無理だろう。何より今のあの状態のしほりんをこれ以上苦しめたくない。


 そうなると残りは、しほりん父の説得という線しかない。


 しかし前回すでに決着がついてしまっている、というか俺たちは論破されて引き退がるしかなかった以上、どうすればいいのか皆目見当がつかない。親の愛情を暴力的に振りかざした一方的な正論に歯向かう術があるのか? そもそもあの論法は論破とか説得とかいうものに正面から立ち向かっている物じゃないんだ……親の心配という狂愛ですべての正論を受け流す類のもの。身内でも何でもない部外者の俺たちには本来どうすることもできないものだ。どんな完璧な理屈をこねていったってしほりん父の心を変えることができなければ無意味でしかない。もう一回行ったとしても前回と同じ結果になる未来しか見えない。というかもう一度会ってもらえる保証がない、それに今のままでは多分会ってももらえない……



 まさに八方塞がり



 この状況を打破する……何か、何かないか、


「……ん?」


 何かあるはずだ。きっと、でないと……


「……さん?」


 考えろ考えろ考えろ……


「お兄さん?」


 ダメだ……何も思い浮かばない……


「お兄さんっ!」


 無理だ。もうダメだ。どうすればいいんだ、僕は...


 



 不意に俺は何かあたたかいものに包まれているような感覚を覚えた。


 あたたかくて、ふわふわしていて、いい匂いで、まるで夢の中にいるようなそんな幸せな感覚。


 ああ気持ちがいい、ずっとこうしてたい……嫌なことも何もかも忘れて……


 え?


 はっと目を開けた。


 視界が遮られていて、すぐにはわからなかった。俺の頭が抱え込まれている。これはもしかしなくても……さっきまで目の前に座っていたはずの、桜玖良。


 

 俺は彼女に抱きしめられていた。

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