第5話 敵ヒロインとロリ少女

 放課後。いつものように屋上から勇者であるヤマトを監視する。今日は玄関で待って居たサラとシオリと合流して、気まずそうな雰囲気で学生寮へと帰って行った。

 ふっふっふ……ついに修羅場イベントが発生したか。


「勇者様は大変だなぁぁ! そのまま泥沼発展しろやぁぁぁぁ!」

「モテない男の嫉妬は惨めなものね」

「ふははは! 何とでも言うが良い!」


 こちとらリズのせいで、魔法学園内の評判が落ちっぱなしだからな!

 少しくらいは勇者も苦労するが良いさ!


「それにしても、順調すぎて少しつまらないわね」


 それを聞いて、俺は少し不機嫌になる。


「良いじゃ無いか。平和が一番だろ」

「平和は次の戦争の準備期間でしか無いわ」


 どこぞの哲学者が言ったようなセリフに対して、フンと鼻で笑い飛ばす。いつでも冷静なリズらしい発言とも言えるが、俺はそれに共感する事は出来なかった。


「そういう事だから、今度は魔物側のハーレム候補を集めましょうか」

「……はい?」

「だから、魔物側のハーレムを集め魔性」


 ……あ、うん。

 上手い事言ったみたいな顔をして居るが、俺は騙されないぞ?


「魔物は人間の敵じゃないのか!?」

「確かに敵対はしているわ。だけど、リストにはきちんと名前が書いてあるのよ」


 慌てて生徒手帳を手に取り、ハーレム候補のリストを確認する。すると、最後のページに、人間以外の名前がずらりと並んでいた。


「勇者どんだけだよ!」

「本当よね。一体何がしたいのかしら」


 リズが他人事のようにため息を吐く。


「つうか! このリストはリズが作ったんじゃないのか!?」

「そんな訳無いじゃない。古文書をインストールしたら、勝手に出て来たのよ」

「ああああああ! 古文書めぇぇぇぇ!」


 古文書! 神託! 予言!

 いつも唐突に現れて人間を翻弄しやがる!


「こんなの信じられるか!」

「信じなくても良いけれど、真実なら世界が滅ぶのよ?」


 それを言われたら、何も言い返せない。

 例えそれが有り得ない事象だとしても、起こりうる可能性があるのならば、邪険にするのは危険すぎる。


「……よし、やるか」

「潔くて助かるわ」


 異世界に召喚された時点で、親友役である俺の使命は決まっている。予言書なんて無くても、召喚したリズの言う事に従うだけだ。



 授業の一環で学園周辺の警備をする事になり、俺達の班は町外れにあるリンドの森に足を運ぶ。

 この森は学園から近い事もあり、魔物が現れる事は滅多に無いのだが、先程リズが言った言葉が妙に気になり、俺は神経を尖らせていた。


「何か……嫌な雰囲気だな」


 森の奥地に足を運んだ途端、先程までの晴天が曇り、周辺に霧が発生し始める。


「なあリズ。俺は普通の人間だから、魔物に襲われたら簡単に死ぬんだけど?」

「それは大変ね」

「他人事みたいに言うなよ」

「そう言えば、ミツクニは貧弱で魔法も使えないのに、どうしてこの学園を退学になって居ないのかしら?」

「そりゃあ、担任にゴマをすったり、補修を受けたりだな」


 その他にも、学園内や町で奉仕活動を行って単位を補っているのだが、リズにはそれを教えて居ない。

 そんなおかげもあってか、俺は学園の教師や町の人と仲良くなっていた。


「でも、ここは魔物と戦う為の学園だからなあ。どんなに弱くても、いずれ魔物と戦う事になる……」

「前方に魔物五体! 戦闘準備!」


 突然ヤマトが叫んだ。


「本当に来たのかよ!」

「左右から二体ずつ! 正面から一体!」

「私は左をやるわ! リズは右をお願い!」

「お、俺は……!?」

「ほら、これを使いなさい」


 リズが懐から例の物を取り出す。


「また鉄球か……」

「何も無いよりはマシでしょう?」


 一応剣は持っているのだが、所詮は素人剣技。戦力にはならない。

 仕方ないので、ここは皆に任せて、俺は砲丸投げに勤しむとしよう。


「来たわ!」


 シオリの叫び声と共に、茂みの奥から魔物の群れが現れる。

 左右から飛び出して来たのは、黒い甲冑を着た骸骨剣士。動きはそれほど早くないが、連携してシオリとリズに襲い掛かる。

 そして、中央からゆっくりと近付いて来る、もう一体の魔物。

 こいつは、他の魔物とは雰囲気が違った。


(おいおい、マジかよ……)


 黒い軽甲冑に身を包んだ剣士。右手に持っているレイピアには派手な装飾が施されており、骸骨剣士達とは明らかに格が違う。

 つか、ヤバくない? 俺ここで死ぬんじゃない?


「ミツクニ!」


 リズの声で咄嗟に振り返る。すると、別の骸骨剣士が俺に向けて、既に剣を振り上げていた。


「アブねっ!」


 横に飛んで骸骨剣士の攻撃を躱す。


「ミツクニ君! 右!」

「はっ!」

「左!」

「よっ!」

「上上下下左右左右BA!」

「はいはいはいはいぃぃぃぃ!!!!」


 躱す! 躱す! 全て躱す!


「ふはははは……当たらなければ、どうという事は無い!」


 既に三体の骸骨剣士に囲まれているのだが、剣の振りが遅くて当たる気がしない。

 もしかして、ヤマトと早朝トレーニングをしているおかげで、俺も貧弱なりに強くなって居るのか?


「とは言え、攻撃方法が無いぜ!」

「鉄球を投げなさいよ!」

「そうですね!」


 リズから貰った鉄球を振りかぶり、骸骨剣士に向かって思い切り投げつける。骸骨剣士は軽々とその鉄球を受け止めて、俺に優しく投げ返してくれた。


「わーい! キャッチボールだぁ!」

「遊んでるんじゃないわよ!」


 リズの投げた剛速球が俺の腹にめり込み、その場に崩れ落ちる。


「リ、リズ……マジで死ぬて」

「うるさいわね。もう周りの奴は倒したわ」


 ゆっくりと立ち上がり、周りを見渡す。

 リズの言った通り、骸骨剣士達は全員倒されていた。


「残りはアイツね」


 リズとシオリが見ているその先。

 睨み合ったまま微動だにしない、ヤマトと黒剣士。


「明らかにボスって感じだな」

「ええ、ヤマトに任せるしかないと思う」


 俺達はヤマトが強い事を既に知っている。だからこそ、ここは邪魔せずに見ている事にした。


「はっ!」


 黒剣士の懐に飛び込もうとするヤマト。それに反応して黒戦士がレイピアを横に振り、ヤマトの動きを止める。


「こいつ……強いぞ!」

「分かっていない癖に、吠えるんじゃないわよ」


 俺達の漫才を無視して、ヤマト達が切り合いを続ける。

 剣速が速すぎて目で追う事が出来ない。あそこに俺が乱入したら、恐らく即死だろう。

 だけど……何だ?

 二人の動きには、どこか違和感がある。


(……これは、もしかして)


 縦横無尽に動きながら戦うヤマト。それに対して、一方向から動かない黒剣士。

 そして、俺は気付いてしまった。


「ヤマト! そいつ、誰かを守ってるぞ!」


 その声に黒剣士が反応する。そして、その隙をヤマトは見逃さなかった。


「はっ!」


 ヤマトの鋭い斬撃に体勢を崩す黒剣士。畳み込むように攻撃を繰り返し、黒剣士を元居た場所から少しずつ離していく。


「ミツクニ君!」

「任せろ!」


 黒剣士が守らなければいけない魔物。それはつまり、力は弱いが重要な魔物が、後ろに居るという事だ。


「おおおおおお!」


 叫びで己を奮い立たせて、黒剣士の横を全速力で突っ切る!

 そして、ついに黒剣士が守っていた魔物と対面した!


「……ふぇ?」


 そこに居たのは、小さい黒羽を羽ばたかせている、魔物の幼女。


「うわぁ。見つかったぁ」


 見た目は小学生くらい。白色のショートカット。服装はゴスロリ。

 一部のマニアが見たら発狂しそうな、可愛らしい魔物だった。


(……殺るのか?)


 目をキラキラとさせながら、俺の事を見ているロリっ子。

 間違いない。これは、好奇心に満ちた瞳だ。


「だ、駄目だ……! 俺はこの子を殺せない!」

「駄目だよミツクニ君! その子は魔物だよ!」


 日頃優しいシオリも魔物には容赦無いな!


「ここは私が……!」

「駄目だああああああ!」


 魔法を使おうとしたシオリに対して、魔物を背にして庇う。


「例え魔物でも、この子には殺意が無い! つか、可愛いから無理だ!」

「ミツクニ君! 動機が不純だよ!」

「何とでも言え! 俺はこの子を守るんだぁぁ!」


 俺の悲しい叫びが、森の中に木霊する。

 少しの間を置いて、ヤマトと戦っていた黒剣士が剣を収めた。


「やめよう。これ以上やっても、無駄な犠牲を出すだけだ」


 そう言って、黒剣士が兜を脱ぐ。

 艶めく白長髪。青い瞳。整った顔立ち。

 やはり……女だったか。


「魔族第三師団の団長、ジャンヌ=グレイブだ」


 ハーレムリストで調べなくても分かる。

 こいつは絶対にヤマトのハーレム候補だ!


「本来ならば戦わなければならない間柄だが、お互いに事情のある身。ここは黙って退散するべきだと思う」


 それを聞いて、ヤマトが剣を鞘に納める。どうやら納得してくれたようだ。


「ありがとう」


 ジャンヌがヤマトに微笑みかける。

 それを見たヤマトは、恥ずかしそうな表情で頭を掻いた。


(勇者ああぁぁぁぁ!!!!)


 魔物側のヒロインも超絶美人! これが勇者補正と言う奴なのか!?

 異世界召喚されたのは俺なのに! どうして俺が勇者じゃないんだ!!


「醜いわね」

「黙れ。つか、心を読むな」

「良いじゃない。これで魔物側にもフラグが立ったのだから」


 見つめ合っているヤマトとジャンヌを見て、やれやれとため息を吐く。

 まあ確かに。今回は勇者ハーレムの中でも、特に大変そうなフラグが立ってくれた。

 だから、今日はそれで良しとしよう。



 戦いは終わり、お互いに帰る準備が整う。


「それでは、私達は失礼する」


 小さく礼をして帰ろうとするジャンヌ。

 しかし、何故かロリ少女がこちらを見たまま、その場から動こうとしない。


「ミント様?」


 ミントと呼ばれたロリ少女が突然走り出し、俺の胸に飛び込んで来た。


「ミント! このお兄ちゃんと一緒に居る!」

「ミント様、いけません」

「ヤダ! 一緒に居るのぉ!」


 駄目だぜミント。俺達は敵同士だ。だから、一緒に居るのは無理……


「……分かりました」


 良いのかよ!


「それでは、ミント様は彼方にお任せします」


 おい待て。お前はこの子を護衛する為にここに来ていたのだろう? そんな子を簡単に置いて行くんじゃねえよ。

 ……などと考えていたのだが、本当にジャンヌはミントを置いて帰ってしまった。


「これは……良いのか?」

「ハーレムリストには載って居ない子だし、良いんじゃないかしら」


 俺を見て無邪気に微笑むミント。

 ……まあ、リズが良いと言うなら良いか。


「お兄ちゃん! お名前教えて!」

「ミツクニ=ヒノモトだよ」

「私、ミント!」


 うんうん。ミントちゃんかあ。


「ミント=ルシファー!」


 ……

 魔王だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!


「駄目だ! この子は返さないと……!」

「もう誰も居ないわ」

「そんな! シオリ達まで!」


 森に取り残された三人。

 目の前に居る少女は……魔王。


「……これも運命なのか」

「馬鹿言ってないで帰るわよ」


 俺を無視して帰るリズ。

 俺は大きくため息を吐いた後、ミントと手を繋いでリンドの森を後にした。

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