第81話 単純な事程聞きにくい事もある
この異世界に来てから、ずっと気になって居た事がある。
それは、傍から見たら『今更それかよ』と思うような内容。
しかし、別の世界から来た俺にとって、この世界の情報を収集するのは困難であり、それを普通に聞いて良いのかという疑心感もあった事から、聞けない状況にあった。
だからこそ、今あえて聞こう。
「この国の名前って何?」
その質問に、フランとシオリが凍り付く。
「……は?」
「だから、この国の名前を教えて欲しいんだけど」
単純な質問をしたはずなのに、何故か二人が難しい表情を見せる。
そうなのだ。
俺は異世界の事を『世界』と呼んで居るが、それ以上の事は何も知らないのだ。
「ええと……ミツクニさんは、何を言っているんですか?」
「だから、この国というか大陸にも、きちんと名前があるんだろ?」
「あるも何も……」
フランが疑問の表情のまま口を開く。
「世界は世界ですよ」
「いや、そうじゃなくてさ」
「……?」
当たり前の切り返しをしたはずなのに、何故かフランが首を傾げて来る。
俺は不思議に思ったが、もう一度分かり安く質問してみる事にした。
「世界って言うのは、星全体の事だろ?」
「星?」
「ああ」
「この星の名前は地球と言います」
「うん。色々と突っ込みたいが今は置いておこう」
「そして、この大陸は世界と言います」
「なるほど、そうなのか」
話の流れで、理解して居ないのに返事をしてしまう。
しかし、すぐに言った事の意味が分かり、驚きで立ち上がってしまった。
「ああぁぁ! そう言う事か!」
突然の奇行に、不審な表情を見せる二人。
完全に理解して満足する俺。
要するに、予言に書いてあった『世界』とは、この大陸の事を指していたのだ。
(成程なあ。それなら納得だ)
ずっと疑問に思っていた。
世界を救うにしては、自分達のしている事は小さ過ぎるのではないかと。
しかし、それは勘違いだったようだ。
「何だろうなあ。この晴れ晴れとした気持ちは」
「ミツクニさん。何か分かったですか?」
「ああ、気にしないでくれ。それよりも、もう少しこの世界の事を、詳しく教えてくれないかな」
相変らず疑問の表情を見せているフラン。
しかし、すぐに気持ちを切り替えて、説明を始めてくれた。
「この世界は大きく三つに分かれていて、人間の住む土地を『人間領』、魔物の住む土地を『魔物領』、精霊の住む森を『精霊領』と呼んでいます」
「そのままだな」
「ええ、そのままです」
しかし、この世界の住人にとってはこれが普通。異世界人である俺とこの世界の住人とでは、そもそも『常識』が違うのだ。
「それで、続きですけど、この三つの領地には統治者が存在して、各々がその領地を治めています」
「ああ、王達の事か」
「ミツクニさんは、その三人の王に会ったんですよね?」
「そうだな。精霊王以外は、近所に住むおっさんだったよ」
「おっさんって……」
フランがくすっと笑う。
「ミツクニさん。言っておきますけど、三人の王に会った事がある人間なんて、前代未聞ですよ?」
「そうなのか?」
「ええ。特に精霊王は、各国の要人でも会った事が無いと思います」
その精霊王は寿命を迎えて、俺達の前で死の天使に看取られて亡くなった。
何も出来ない俺を褒めてくれた、心優しい王。
そう言えば、精霊王が亡くなった今、精霊領を治めて居るのは誰なのだろうか。
「なあ、フラン。精霊領と人間領の王は亡くなってしまったけど、今は誰が統治して居るんだ?」
「え? 精霊王、亡くなったんですか?」
「ああ。知らなかったのか?」
「知る訳無いじゃないですか。会った事すらないんですから」
「そう言えばそうか」
もしかして俺、この世界の重要な場面に出くわして居る?
でもまあ、それで何かが変わる訳でも無いし、ここはスルーしておこう。
「それで、どうなんだ? 分かる範囲で教えて欲しいんだけど」
「そうですねえ。精霊領の事は分かりませんが、魔物領は相変らずゼン=ルシファー様が統治しています。人間領の方は……」
フランが少しだけ間を空ける。
「……人間領の方は、少し複雑な状況になって居ますねえ」
その間に違和感を覚えたので、首を傾げる。
「どういう事だ?」
「これに関しては、科学者である私よりも、王の側近であるハルサキ家の娘である、シオリさんの方が詳しいと思うのですが……」
そう言って、フランがシオリを見る。
俺も見ると、シオリは何故か困ったような表情をして居た。
「何だ? 聞くと不味いのか?」
「そうだね。本来であれば、一般の人に説明するのは不味いんだけど……」
「じゃあいいや」
「え? ヤダヤダ! 説明する! 説明するから!」
急に食い下がるシオリ。
不味いと言った割には簡単に折れたな。
「ええとね! まず、王が亡くなって、現在は統治者が不在です!」
意気揚々と説明を始めるシオリ。
何か必死だなあ。
もしかして、話に置いて行かれるとでも思ったのだろうか。
俺達がそんな事をするはずも無いのだが、都合が良いのでこのまま話して貰おう。
「それでね! 本来なら次の王は王家長女のソフィア様なんだけど! ソフィア様は旅に出ていて居ないから! 次の候補はエルザ様なんだけど……!」
「よーし、ちょっと待とうか」
あまりにも速い展開だったので、とりあえず話を止めた。
「ミツクニ、どうかしたの?」
「うん。どうやらその話を理解するには、少し質問をしなければいけないようだ」
その言葉にシオリが頷く。
「まず、ソフィア様って誰だっけ?」
「ソフィア様は、王の子供の長女だよ」
それを聞いて、俺はクラウと王の話を思い出す。
『国王には三人の子供が居て、私は長男であるゾルディ=レインハートの娘です。そして、リズは次女のエルザ=レインハートの娘です』
『ゾルディの奴は頭堅いし、エルザは国動かすのに興味無いし、ソフィアは出て行くし……どうしてワシの子供達はこうなんじゃろうなあ』
ああ! そのソフィア様か!
改めて考えると、確かに長女はそのソフィア様って事になるな!
だけど、少しおかしくないか?
「王は長男が継ぐものじゃないのか?」
「違うよ。本来なら女性が継ぐものだよ」
「それじゃあ、どうして今まで、男が王をやって居たんだ?」
「それは、王の血筋の女性が、全員即位を拒否したからだね」
意味が分からずに小さく唸る。シオリはそれに気付いたらしく、改めて説明を始めてくれた。
「王は元女王であるパフィ=レインハート様の旦那様なんだけれど、パフィ様は三人の子供を産んだ後に、亡くなってしまったの。それで、その時に他に女王候補が居なかったから、王が臨時で即位したって訳」
話が複雑になって来たなあ。
それ以前に、これって世界を救うのに必要な情報なのだろうか。
でも、シオリが頑張って説明してくれているから、こっちも頑張って理解してみるか。
「それで、娘達が成人するまで、臨時で王をしていたのだけれど、長女のソフィア様は成人前に旅に出て、次女のエルザ様はアーサー様と結婚して即位を拒否。それで、王は仕方なく、そのまま即位して居たの」
うむ、何となく分かって来たぞ。
とにかく、人間領のトップは本来女性だという事だ。
それで、その女性候補達が居ない今、人間領は誰が統治するんですか?
「現在は王が亡くなって、ソフィア様は相変らず行方不明。エルザ様も即位を拒否。そうなると、残って居るのは……」
そこまで言って、間を空けるシオリ。
そして、間を空けた事によって、俺は気は付いてしまった。
「ま、まさか、次の女王候補は……」
「……うん」
とても長く、面倒な前振り。
正直、俺も聞くのが少し億劫だった。
だけど、その長い前振りのおかげで、この答えの衝撃度が増す。
「……女王候補は、次女エルザ様の長女である、ウィズ=レインハート」
「だけど、ウィズさんは今魔物側に居るから……」
「……」
もう、言葉にする必要も無い。
だがしかし、あえて俺の口から言わせて貰おう。
「リズが次の女王じゃねえか!」
「そうなんだよね」
シオリが苦笑い見せる。
「あいつが次期女王とか! 絶対にヤバいだろ!」
「それなんだけど、側近や国民の一部も『魔族の血を引く者を女王にするのは不適格』って言って、長男のご息女であるクラウディア様を、次の女王にしようとして居るみたい」
「そうですね! 俺もそう思います!」
「でも、王を深く慕っていた人達は、『魔物との親交を深める為に、今こそ混血の女王を誕生させるべきだ』って言っていて……」
「駄目だ! それだけは絶対に駄目!」
全力で首を横に振る。
「アイツ! 暴力スゴイ! それに、いつも偉そうで強引で……!」
リズが女王なんてありえない!
「でも、たまに優しくて! 意外と面倒見も良くて! 頭の回転も速くて……!」
あいつに女王の資質なんて……!
「どこか気品があって、何故か皆に人気があったりして……」
資質なん……て?
「……意外と資質がある気がするのは、俺の気のせいだろうか」
「うん。実は私もそう思ってたりして」
シオリが再び笑う。
「でも、リズはああいう性格だから、自分から女王にはならないと思う」
「だろうな」
そうなると、やはり本命はクラウか。
「まあ、クラウなら皆も納得するんじゃないか?」
「そうだね。実際に今王務を行っているのも、クラウ様だし」
長々と続いた話だったが、おかげで各領地の事は理解出来た。
人間領のトップはクラウディア=レインハート。
魔族領はゼン=ルシファー。
精霊領は不在……と。
「でも、私としては、ソフィア様が即位して欲しかったなあ」
シオリさん? まだその話を続けるんですか?
「ソフィア様は凄いんだよ! 十二歳で精霊王に認められて、この世界で唯一精霊魔法を使える人間として……!」
まだまだ続くシオリの話。
俺は行方不明の人間の話を聞いても仕方ないと思い、その話を聞き流す。
「……って、ミツクニ君、聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ。それより、俺には凄く気になる事があるんだが」
「何?」
俺が気になって居た、もう一つの事。
それは、誰しもが違和感を覚えて居たと思われる、あの事だ。
「人間領の王様の名前って、結局何だ?」
「……え?」
「王の名前だよ」
そう、それだ。
王って位の名前だろう?
きちんとした名前を教えてくれよ。
「王の名前は……」
この世界の将来を想い、魔物と人間を繋げようとしていた、偉大なる王。
今こそ、その名前を深く心に刻み付けようじゃないか。
「……王だよ?」
なるほどね!
王の名前は王!
「そのまんまじゃねえか!」
「そうなんだよね。ビックリだよね」
楽しそうな表情をして居るシオリ。どうやら冗談では無いようだ。
「不思議だよね。王って『王』って言う一文字の名前なの。初めて聞いた時には皆も驚いてた」
そりゃあそうだろうよ。
この世界の人間は、全員が片仮名の名前なのに、それが漢字一文字って……
(……?)
引っかかる。
漢字一文字?
この世界でただ一人、漢字の名前?
(もしかして……)
これは、ただの推測。
だけど、そう考えると辻褄は合う。
(王は……異世界人?)
全身から冷汗が吹き出る。
俺以外にも異世界人が居た?
だけど、そう考えても筋は通る。
何故ならば、異世界人である俺を召喚したのは、この世界の女王の血族である、リズ=レインハートなのだから。
(だけど、それが真実だった所で……)
何も変わらない。
その事実が世界を救う鍵になるとは、今の所は思えない。
それでも、この世界の真実に近付いたかも知れないと思い、今聞いた事の全てを心に刻み付けた。
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