第80話 話の節目に絶対彼女

 ヨシノ=ハルサキの軍と戦った翌日。

 前日に飲んだタルコールのせいで、昼頃にやっと目覚める。

 目の前には真っ白な天井。

 早く起きて考えなくてはいけない事があるのだが、昨日の激闘のせいで体が重く、すんなりと起きる事が出来なかった。


(まあ、今日じゃなくても良いか……)


 たまにはゆっくり休んでも良いだろうと思い、瞳を閉じて寝返りを打つ。

 そんな俺の腕に、柔かい何かが当たった。


(……ん?)


 不思議に思い、ゆっくりと目を開けて見る。

 そんな俺の前に現れた、彼女の寝顔。


「おへっ!?」


 予想外の事態に、変な声が出てしまう。

 目の前に居たのは、ポニーテールを解いたフラン=フランケンシュタインだった。


(な、何でフランがここに……!?)


 魔法学園に戻ったはずのフラン。

 先程奇声を出してしまったせいで、ゆっくりと目を覚ましてしまった。


「……あ、おはようございまぁす」


 半分閉じた目で、ふんわりと笑う。

 非常に可愛いと思ったが、とりあえず現状を把握しなければいけない。


「何でフランがここに居るんだ?」

「それは勿論、ここに来たからですよ」

「いや、そう言う事じゃ無くてだな……」


 聞きたい事は山ほどあったが、前日から残っている疲労のせいで、頭が回らない。


(……まあ、良いか)


 などと考えて、反対側に寝返りを打つ。

 少しの沈黙。

 俺が再び夢の中に入りそうになった所で、フランが声を掛けて来た。


「ミツクニさん。いつもの定期報告でぇす」


 定期報告。予言後に毎回行っていた、情報整理の事だろう。起きるのも面倒だったので、そのまま話を聞く事にした。


「まずぅ、昨日の攻撃の結果を受けてぇ、ラプターが一時進軍を停止しましたぁ」


 それを聞いて、睡魔が少しだけ飛ぶ。


「……どうしてそうなるんだ?」

「人間側最強であるハルサキ軍が、撤退したからでしょうねぇ」

「確かに撤退はしたけど、あれは負けたからじゃないぞ?」

「そうですけどぉ、ヨシノさんは負けたと報告したようですから」


 師匠……俺達の為にそこまでしてくれたのか。

 もうハルサキ家には、足を向けて寝られないな。

 まあ、どの方向にあるのか分からないけど。


「でも、本当に良かったんですかぁ?」

「何がだ?」

「だってミツクニさん、ヨシノさんにネクロミノコン渡しちゃったんでしょ?」


 その通り。

 ヨシノの帰り際、俺はこの戦争のキーアイテムだったネクロミノコンを、彼女に託した。


「ヨシノさんの事だから悪用はしないと思いますけど、流石にあれを渡すのは、不味かったんじゃないですかねぇ」

「良いんだよ。最初からこうする予定だったんだから」

「そうなんですか?」

「ああ。何かしらの戦果が無いと、人間側に居る仲間達が、どうなるか分からないだろ」

「成程ぉ。ネクロミノコンで人的被害を減らしつつ、最終的にはそれを渡して、丸く収める手はずだったんですねぇ」

「そう言う事だ」


 全ては予定通り。それどころか、ヨシノの敗戦報告おかげで、予定以上の結果を得てしまった。


「あれだけ帝都の軍と戦っておいて、人的被害ゼロなんだぞ? 俺達凄くね?」

「そうですねえ。凄い凄ぉい」


 フランが布団の中で手を叩く。


「まあ、全部勇者ハーレムと、ヨシノさんのおかげなんですけどねぇ」


 ……全く持ってその通りです。

 眠いから何も考えずに言っただけです。

 ごめんなさい。


「それでぇ、今度は魔物側なんですけどぉ」


 俺の傲慢を歯牙にも掛けず、フランが淡々と報告を続ける。


「まずー、強硬派の残党は相変らずでーす」


 相変らず。それはつまり、これからもチクチクと攻めて来るという事か。

 人間側程では無かったが、こっそり攻めて来て居たからな。

 まあ、その度にネクロミノコンを使って、追い返して居たのだが。


「それとー、穏健派の魔物達ですけどー」


 穏健派。

 ミントの祖父であるゼン=ルシファーと、リズの父親であるアーサー=サニーホワイトの連合軍。

 これに関しては、既に友好関係を結んでいるから、問題ない……


「今日から本格的にぃ、この遺跡に進軍するそうでーす」


 少しの沈黙。

 しかし、すぐに布団をふっ飛ばして起き上がった。


「何で!?」


 ベッドの上に直立不動した俺に対して、フランは横になったまま、生徒手帳のページをめくる。

 つかこいつ……何でパジャマまで着てるんだよ。


「ヨシノさんの敗戦報告を聞いた、アーサーさんがですねー」


 少ししわの寄った黄色いパジャマ。


「自分も戦ってみたいとか言い出したらしくてー」


 制服姿のフランも可愛いけど、この姿のフランも可愛いなあ。


「それにゼンさんが同意してー」


 俺、さっきまでこんな可愛い子と、一緒に寝ていたのか。


「今日の朝、世界に攻撃の声明が出されました」


 良く考えて見たら、女子と同じ布団で寝るのは初めてだな。

 これって、リズとかにバレたら不味くね?

 ……と、現実逃避はこれくらいにして。


「とんだ戦闘狂共だな!」

「ちなみに声明の内容ですが、『娘と孫を任せられるか試す』だそうです」

「世界の人達キョトンだよ!?」

「ですよねえ。内輪ネタですもんねえ」


 生徒手帳を胸ポケットに閉まい、フランがくすくすと笑い出す。


「でも、この謎の声明のせいで、ミツクニさんは完全に人間側から敵視されました」

「だろうね!」

「ついでに、穏健派の魔物達も、皆やる気満々だそうですよ?」

「何故に!?」

「ミントさんとウィズさん、魔物側で凄く人気があるみたいですから」

「だからって戦争で試すか!?」


 予想外の展開に頭を抱える。

 何でこうなるんだよ。

 これからやらなければいけない事も出来たというのに。


「全く……」


 ため息を吐き、苦い表情で腕を組む。

 ここでやっと、フランが起き上がった。


「そう言う事なので、これからは父の気持ちになった魔物達と、楽しく戦争をする事になります」

「全く楽しくねえ」

「まあまあ。殺伐とした殺し合いになるより、良いじゃないですか」


 それは……まあ、そうかも知れないが。

 しかし、改めて報告を考え直すと、腑に落ちない点が幾つかある。


「なあ、フラン」

「何ですか?」


 せっかくなので、このまま相談してみるか。


「どうしてラプターは、進軍を止めたんだろうな」

「それはさっきも言った通り、ヨシノさんが撤退したからでしょう?」

「でも、ネクロミノコンは回収出来たんだぞ? 攻めるなら今だろ」

「確かにそうですが、ヨシノさんがそれを報告しますかね?」


 ヨシノの事だから、報告はしないだろう。

 しかし、ラプターを指揮しているのは、あのレイジ=ヨマモリだ。

 帝都を牛耳る商業組合の会長が、それを知らない訳が無い。


(それでも、何故か進軍を停止した……)


 まるで、これからの『俺達』の被害を減らすかのように。

 今考えてみると、ラプターの進軍は少しおかしかった。

 この遺跡が人間領と魔物領の間にあるのは確かだが、やろうと思えば迂回して、魔物の領地に攻撃する事が出来たはずだ。

 それなのに、それをやらなかったのは、俺達がその攻撃に必ず介入するだろうと、最初から予測して居たからだろうか。


(うーん……)


 色々と考えてみるが、答えは見つからない。

 今の時点で筋を通せる理由があるとすれば、テトラが来た時に言った、あの言葉。


『ヨマモリは最初から、魔法学園とミツクニ君を本気で戦わせる気が無い』


 つまり、レイジ=ヨマモリは魔法学園だけでは無く、ラプターも最初から本気で戦わせる気が無かったという事か?


(確か、レイジは魔物側にも、武器を卸していると言って居たな)


 そこから考えられる推測。

 レイジはこの戦争を利用して、更に利益を得ようとして居る?


(……推測でしか無いなあ)


 そう思い、思考を停止させる。

 何にせよ、ラプターとの全面戦争は一時凍結された。その事に関してだけは、レイジの判断に感謝しておこう。


「ふふ……」


 笑い声が聞こえてたので、そちらを向く。

 そこに居るのは、ベットの上で女座りをしているフラン。


「ミツクニさん、相変らず苦労をしていますねえ」


 嬉しそうに言ったその言葉に対して、小さくため息を吐く。


「苦労してるというか、考える事が多い」

「もっと私達に相談してくれても良いのに」


 私達。それは、勇者ハーレム全体の事を指しているのだろう。

 そう言えば、シオリも同じような事を言っていたな。

 もしかして、勇者ハーレムは皆そう思ってくれて居るのだろうか。


(……そろそろ相談しても良いのかもな)


 勇者ハーレムと仲良くしてはいけない。この異世界に召喚された時に、リズとそう約束した。

 だけど、彼女達が望んでくれて居るのであれば、もう少し踏み込んで話をしても、良い時期なのかも知れない。


「それじゃあ、早速フランに聞きたい事があるんだけど」

「はい、何でも聞いてください」

「この世界についてなんだけど……」

「ミツクニー! おっはよー!」


 そう思っていた矢先に、入り口の扉が勢い良く開く。

 現れたのは、昨日からこの遺跡に居る、シオリ=ハルサキ。

 全く……最高のタイミングだぜ!


「フ、フラン!? どうしてここに!?」

「定期報告の為に来ました」

「定期報告って……!」


 フランの姿を上から下まで見て、完全に固まってしまうシオリ。

 ……まあ、そうなりますよね。


「ミツクニ……これは、どういう事?」

「い、いやー? 俺も良く分からないんだけど、気付いたら居たんだよ?」

「へえー……そうなんだ」


 いつもの笑顔を見せるシオリ。

 だけど、流石の俺でも分かる。

 この状況は、とても危険だ。


「ええと、これはですね……」

「確かに私はパジャマを着て居ますが、一緒に寝ていた訳ではありませんよ?」


 突然フランが饒舌に話し始める。


「昨日、この遺跡と魔法学園を繋げる転送装置が完成したのですが、夜遅くに完成したので、そのまま研究施設で寝てしまったんです。それで、起きた時に定期報告の事を思い出したから、そのままの恰好でここに来ただけです」


 苦しい! 非常に苦しい!

 でも! シオリが何か難しい表情になって居る!


「……まあ、うん。そうなんだ。分かった」


 押し切った!

 ナイスだフラン! そしてシオリは人が良すぎ!


「でも、定期報告って何?」


 ぐぬっ! そこを突っ込んで来るか!

 でもまあ、別に隠す事でも無いし、シオリには話しておくか。


「フランはさ、世界の情勢が動いた時に、俺に色々と教えてくれて居たんだよ」

「そうなの?」

「ああ」


 簡潔でツッコミ所満載の説明。

 それでも、シオリは……


「それならそうと、早く言ってくれれば良いのに」


 本当はもっと突っ込みたいのだろうが、シオリは黙って受け入れてくれる。

 内助の功と言うか何と言うか……

 この行為で、俺がどれだけ助かっている事か。


「それじゃあ、続きをどうぞ」


 そう言って、シオリが近くにあった椅子に座る。


「……いや、定期報告はもう終わったんだけど」

「でも、まだ何か話そうとしてたよね?」


 流石はシオリ。そういう所は抜け目無いな。

 まあ、シオリには本当に世話になったし、話に参加して貰っても良いか。


「フラン、良いよな?」

「ええ、私は構いませんよ」

「そうか。それじゃあ……」


 俺は入り口の方をちらりと見る。


「リズなら昨日のタルコールのせいでぐっすり眠ってるから、大丈夫だよ」


 その言葉を聞いて、苦笑いを見せる。

 シオリ……ついに俺の心を読むようになってしまったか。

 だけど、それなら遠慮をする必要も無いな。


「よし。話を続けよう」


 そう言って、俺は地べたに胡坐を描く。

 鬼の居ぬ間に内緒話。

 鬼には聞けないこの世界の真実を、彼女達から聞いてみるとしよう。

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