第117話 勇者は案外パッとしない

「なあフラン。ヤマトの事どう思ってる?」

「そうですね。嫌いです」


 開口一番に勇者を否定されてしまい、勢い余って机に頭を打ち付けた。


「お、お前なぁ……勇者ハーレムの一角だろ?」

「それとこれとは話が別です」


 勇者ハーレム。それは、勇者を支える為に集められた集団だ。

 勇者に好意を持つ者が集められたはずなのだが、彼女はキッパリとその勇者を否定してしまった。


「何と言うか……ヤマトさんを見て居ると、イライラするんですよねえ」


 ふうとため息を吐き、机に肘を乗せる。


「本人は皆の為に勇者をやっているように見せていますが、私から見れば、ミツクニさんの為だけに勇者をやってるのがバレバレなんですよ」


 フランがもう一度ため息を吐く。


「全く……ミツクニさんは私の物なのに」

「うん、却下な」


 バッサリと否定した俺に対して、フランが不満そうな表情を見せた。


「そう言わずに、私の物になって下さいよ」

「人間というのはさ……誰の物にもならない、とても自由な存在なのだよ」

「そう言うの良いですから」

「ああ、うん。とにかく却下」


 そのやり取りにフランが微笑む。そして、冗談を止めて説明を始めてくれた。


「まあ、私は嫌いですけど、他の勇者ハーレムは、まずまず好きだと思いますよ」


 言った後、フランが机のボタンを押す。

 すると、空中の画面が切り替わり、勇者ハーレムの一覧が浮かび上がって来た。


「これが現在のヤマトさんと、勇者ハーレムの好感度です」


 もう一度ボタンを押すと、勇者ハーレムの名前の横にハートマークが出現する。

 これは、あれだな。

 恋愛ゲームの親友が教えてくれる奴だ。


「ヤマトさんと好感度が高いのは、イリヒメちゃんとポラリスさんですね。特にポラリスさんは、精霊化してヤマトさんの持ち霊になりましたから、常に一緒に居る状態です」

「も、持ち霊……!?」

「ええ。ヤマトさんの精霊魔法。あれ、ポラリスさんを召喚して居るんですよ?」


 全く知らなかった事実を聞き、思わず息を飲む。


「他に仲の良い勇者ハーレムと言えば……サラさんとかヒバリちゃんかなあ。シオリさんとも仲良しだけど、あの人は誰とでも仲良しですから」


 フランの言葉を聞きながら、真っ直ぐにモニターを眺める。

 五段階の好感度メーターで、平均は三前後。正直パッとしないが、思って居た通りの結果だった。


「では、次はミツクニさんと、勇者ハーレムの好感度です」


 フランが画面を切り替える。

 ……つか、俺!?


「好感度が高いのは……」

「要らない! そう言うの要らないから!」

「高いのは、フランさんと、フランさんと、フランさんと……」

「全部お前じゃねえか!」

「頑張ってねつ造しました」

「正直かよ!」


 フランが楽しそうに笑う。


「冗談ですよ」


 そう言って、再びボタンを押す。

 表示されたのは、本物の俺の好感度メーター。


「結局それか!」

「まあまあ、折角なんで分析してみましょうよ」


 まあ、気にならない訳では無いけど……

 いや! ここにはヤマトと勇者ハーレムの仲を取り持つ為に来たんだ! そんなものを見ている場合では……!


「ミツクニさんと特に仲が良いのは……」


 はい、お願いします。


「シオリさん、エリスさん、ザキさん、サラさん、ミフネさん、ミリィさん……」

「ほぼ全員じゃねえか!」

「全員じゃありませんよ! 主に魔法学園の生徒だけです!」


 そういう問題か!?

 それよりも、これ不味くない?

 親友役である俺が勇者ハーレムと仲良くなりすぎると、死ぬかもだよ?


「それで、この中で一番ミツクニさんの事を想って居るのは……」


 ……ごくり。


「……悔しいですけど、シオリさんです」


 思わずガッツポーズをしそうになったけど、何とか我慢しました。


「この好感度メーター、最高評価まで行くと告白出来るというシステムなんですが」

「どんなシステムだよ」

「シオリさんのメーターは、既に振り切れて二週目状態なんですよねえ」

「二週目とか普通無いだろ」

「あ、でも気を付けて下さいよ? 例えメーターがマックスでも、フラグを解除しないと告白は成功しませんから」


 ガチの恋愛シミュレーションじゃねえか!

 それ以前に! 何でお前が親友役の仕事してんだよ!

 勇者ハーレムなんだから、ヤマトとイチャイチャしてれば良いじゃない!


「余談ですけど、現在告白フラグを解除している人間は、ゼロです」

「マジで!?」

「ええ。シオリさんも私も、実はまだ解除されて居ません」


 予想外の言葉に息を飲む。

 そして、飲んだ息を吐き出す。

 いやいやだから、告白出来る状態になったら、死ぬかもなんだって。


「うーん。色々と予想外ではあったけど、ぶっちゃけ今はどうでも良い情報だったな」

「そうですね。今大事なのは、ヤマトさんの好感度ですもんね」


 そうなのですよ。

 そしてフランさんは、最初からそれに気が付いて居たようですね。


「なあフラン。どう思う?」

「そうですねえ……」


 フランが顎に手を当てる。


「ヤマトさんって、ミツクニさんの見て居ない所では、意外ときちんとを勇者やってるんですよね」


 言った後、再びボタンを押す。表示されたのは、過去にヤマトが行って来た、功績の数々。


「世界崩壊の予言回避。魔物と人間の衝突回避。三種の神器発見。悪魔出現時の人類防衛……一般人から見れば、ヤマトさんは間違いなく勇者なんですよ」

「だけど、肝心の勇者ハーレムは、ヤマトを勇者と認め切れて居ない」

「それです」


 フランが俺をピッと指差す。


「その一番の理由は、分かって居ると思いますが、ミツクニさんです」


 残念ながら、その様ですね。


「勇者ハーレムは、ヤマトさんとミツクニさんの内情を知って居ますからね」


 ヤマトは親友役である俺を助ける為に、勇者になった。

 俺は本人から直接そう言われたし、勇者ハーレムもそれを知って居る。

 幾ら世間で勇者と称えられていても、それを分かって居る人間からすれば、本物の勇者とは認められないのだろう。


「所でミツクニさんは、ヤマトさんの仇名を知って居ますか?」

「仇名?」

「ええ。日帰り勇者」


 それを聞いて、苦笑いを見せてしまった。


「それは、勇者ハーレム内の仇名なのか?」

「まさか。一般の方々がそう言ってるだけですよ」


 それを聞いて、内心ほっとする。


「だけど、そういう所が勇者と認められない要因になるのは、ミツクニさんにも分かりますよね?」


 色々と思う所はあるのだが、何も言えない。

 何故ならば、俺がその原因を作って居る張本人だから。


「そう言う事が少しずつ蓄積して、勇者ハーレムとヤマトさんの間に壁が生まれる。そして、それを感じて居るヤマトさんも、勇者ハーレムと距離を空けて居る」


 フランが視線を机に落とす。


「結局、今のヤマトさんは、ミツクニさんに依存するしかないんです」


 悲しそうな表情を見せるフラン。


 分かっている。

 ヤマトの状態も。勇者ハーレムの気持ちも。

 本当はお互いに、何とかしたいと思ってるんだ。


「……だけど、きっかけさえあれば」


 ぽつりと言って、フランが顔を上げる。


「きっかけさえあれば、ヤマトさんも勇者ハーレムも、本当の意味で仲間になれると思うんです」


 ……仲間か。

 その言葉を聞くと、メリエルが言って居た言葉を思い出すな。


(お互いが好きで集まっただけの集団……)


 今の勇者ハーレムで言えば、ただ目的が同じだけの集団か。

 俺が自分の事を何も知らなかった頃は、きちんと皆が『仲間』だったのに。


(親友役……)


 課せられた役割を強く思い、歯を食いしばる。

 別に、その『役』が嫌な訳では無い。

 だけど、それが『役』であるがゆえに、本来人間が自由に作れるはずの絆が、制限されている。


(……それでも、その状態から最善を目指すしかない)


 勇者ハーレムは、俺の大切な仲間。そして、ヤマトは俺が望んだ勇者だ。

 だからこそ、目的が同じなだけの集団には、なって欲しく無い。


(きっかけ……か)


 視線を下げて顎に手を当てる。

 この現状を打開する為のきっかけ。

 今は思い浮かばないが、きっと何処かに存在して居るはずだ。


「大丈夫ですよ」


 その声に視線を上げる。

 視線の先には、俺を見て微笑んで居るフラン。


「ミツクニさんなら、きっと大丈夫です!」


 もう一度言って拳を握る。俺を元気付けようとして居るのがバレバレだ。

 ……だけど。

 俺はフランのそういう所が好きだ。


「まあ、何とかやってみるよ」


 そう言って、微笑みを返す。


 困難な状況でも笑え。余裕を見せろ。

 そうやって、俺は目の前に居る大事な人達を、安心させるんだ。

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