第118話 嫌われ者の境地

 ヤマトと勇者ハーレムの絆を再構築する為に、行動を開始した俺。

 きっかけが無いかと遺跡内を歩き回って居て、思い出した事がある。

 それは……


「おい……」

「ああ、ミツクニだ……」


 虫を殺すような目で俺を見て、内緒話をして居る学生達。


「あいつ、いつの間にここに来たんだ?」

「確かヤマトと一緒に来たぜ」

「マジかよ。まだ引っ付いてんのか」


 そう。

 俺自身もすっかり忘れて居たのだが、俺は魔法学園の学生達に、もの凄く嫌われて居たのだ。


「あいつ、いつもヤマトにベッタリだよな」

「何でヤマトもあいつと一緒に居るんだ?」


 いやー懐かしいなあ。

 皆に白い目で見られ続ける日々。

 まさか今頃になって、再びこの状態を拝めるとは思わなかったよ。


(久々だと少しヘコむなあ)


 そう思い、小さくため息を吐く。


 さて。

 何故俺が魔法学園の生徒に、これ程に嫌われているのか。

 その理由は……これだ。


「ミツクニさーん」


 後ろから声が聞こえて足を止める。

 ゆっくりと振り向いたその先に居た女性。

 家庭的ヒロイン、サラ=シルバーライト。


「やっと追いつきました」


 緑色の髪をサラリと揺らして、ニコリと微笑む。

 あえて言おう。

 可愛い、と。


「ミツクニさん、お腹空いていませんか?」

「え? ああ、ちょっと空いてるかな」

「そうですか。それでは、これを」


 左腕に掛けていたバスケットから取り出された、小さな包み。

 ……この後の展開、何となく分かるぞ。


「先ほど焼いたクッキーです」


 ほら来たー!

 家庭的ヒロインの模範的行動だー!


「貰って良いの?」

「ええ、是非」


 差し出された包みを両手で受け取る。

 緑色の包み紙にピンク色のリボン。沢山の人に配る為に、綺麗に包装したんだろうな。


「では、失礼します」


 小さく頭を下げて、小走りで去るサラ。その間に、何人かの学生の横を横切る。

 そして、そんな彼らに、サラはクッキーを渡さなかった。


「何であいつだけ……」

「仕方ねえよ。あれでもヤマトの親友なんだから」

「おこぼれって奴か。でも羨ましい!」


 これですよ。

 勇者の親友であるが故の、勇者ハーレムとの絡み。これのおかげで、俺は魔法学園に居た時から、常に嫌われ者でした。


(まあ、仕方ないよなあ)


 幾ら勇者ハーレムを作る為とは言え、モブが可愛い女子達と仲良くしている所を見たら、誰だって気分を悪くするだろう。

 ……しかもだ。


「ミツクニー」


 再び名前を呼ばれて振り返る。

 その先に居たのは、ヤンデレ(ヤンキーデレの方)ヒロインのザキ=セスタス。


「ヤマトを見なかったか?」

「いや、今日は見てないな」

「そうか。折角喧嘩売ろうとしてたのに」


 残念そうに舌を鳴らすザキ。

 勇者に喧嘩を売ろうとするとは……中々の豪気ですなあ。


「仕方ねえ。今日はミツクニと喧嘩すっか」

「どうしてそうなるかな」

「だってよー。久々に会ったら、強くなったか見てえだろ?」

「先に言っとくけど、俺はやらないからな」

「ええー? どうしてだよ」

「こう見えて、色々とやる事があるんだよ」


 そう言うと、ザキが俺の肩に手を回す。

 脇腹から伝わって来る柔らかい感触。

 当たってる! 当たってるよザキさん!


「そう言わずにさあ。喧嘩しようぜ?」

「いや、その……」


 何食わぬ顔をしているザキを見て、思わず硬直してしまう。


「あ? どうした?」

「……ええと、ザキの胸がだな」

「……!」


 現状に気付き、顔を真っ赤にするザキ。咄嗟に腕を剥がして一歩下がった。


「わ、悪い……」

「いや、良いんだ」


 恥ずかしがって居るザキに追撃をする。


「むしろ、ありがとうございます」


 正拳!

 腹が! 腹がぁぁぁぁ……!


「ば、馬鹿! 何言ってんだ!」

「……いや、何と言うか」


 必死に呼吸を整えて口を開く。


「例えハプニングでも、男としてはやっぱり嬉しいだろ」


 正拳!

 ヤバいて! 俺今回復魔法効かないから!


「お前! そんな事ばっか言いやがって……!」


 確かに。魔法学園に居た時も、彼女を茶化すような発言はして居た。

 だけど、これが俺の作って来たキャラなのだから、今更変える訳にもいかないのですよ。


「き、気分が乗らねえから! アタイはもう行くからな!」


 顔を真っ赤にして走り去るザキ。その小さな背中を、目を細くしながら見つめる。


(ニヤニヤしてはいけない)


 俺は紳士だ。エロハプニングごときで浮かれる訳にはいかない。

 そうやって、常に冷静を保って居るはずなのに。


「あいつ……ふざけやがって」

「ザキ様……どうしてあんな男の事を」

「喧嘩なら俺がしてやるっつうの」


 これですわ。

 ですが、考えてみてください。

 可愛い女の子が寄り添って来るのに、平然としている男。俺でも見て居て気分が悪くなりますよ。


(しかしだなあ……)


 俺は勇者の親友役だから、勇者ハーレムと必要以上に仲良くなる訳にもいかない訳で。

 そうなると、結局こうやって、平然としているしか無い訳で。


(……そりゃあ嫌われるよなあ)


 心の中で何度も頷く。

 これは、仕方の無い事なのだと。


(無だ。無になるのだ……)


 抗う事の出来ない親友役の宿命に対して、俺が取れる対策はこれだけ。何も考えなければ、へこむ事も無い。

 そんな事を考えて居た俺の視線の先に、見慣れた顔が現れた。


「ヤマト!」


 誰にも気兼ねする事無く、この状況でも自由に話せる唯一の存在。

 そんなヤマトは少し遅れて俺に気が付き、視線だけを向けて来た。


「ああ。ミツクニ君」

「今ザキがお前の事を探してたぞ!」

「え? ああ、そうなんだ」


 少しだけ笑い、視線を下げるヤマト。

 ……あれ? 何かいつもと雰囲気が違うな。


「……ヤマト?」

「ごめん。僕、用事があるんだった」


 それだけ言って立ち去るヤマト。その背中を見つめる俺に、冷たい風が吹き付ける。


(これは……)


 精霊の森で精神を鍛えたお陰で、相手の感情を読み取れるようになった俺。

 この状態は……あれだ。


(本当は仲良くしたいけど、僕は勇者になったから、皆の前ではちょっと距離を置いておこう)


 流石だよ。

 お前は勇者の鏡だよ。

 そして、その結果がこれです。


「おい、今ヤマトに避けられてたぜ?」

「ざまあみろだな」

「むしろ、これが当然だろ」


 そうなりますよね!

 この状況で! どうやってヤマトと勇者ハーレムの仲を取り持てと!?

 全てが裏目ですよ!


(いやあ……厳しいなあ)


 ガックリと肩を落とす。

 ヤマトと勇者ハーレムに悪意は無い。

 周りの学生達だって、当然の反応を見せている。

 こうなる事は、必然なのだ。


(でも、やるしかないんだよなあ)


 小さく息を付き、空を見上げる。

 雲一つ無い晴れ晴れとした晴天。こんなに晴れたのは、いつぶりだろうか。

 この空のように、皆が晴れ晴れしく仲良くられたら良いのに。


(しかし、そうもいかないのが人間関係な訳で)


 異世界であろうが何であろうが、そこに複数の人間が居る限り、このような因果は必ず起こる。

 結局の所、人はそれに順応して、対応するしかないのだ。


(まあ、頑張るか)


 ヤマトは勇者として、皆の期待に応える為に頑張って居る。だからこそ、親友である俺が、頑張らない訳にはいかない。


「よし」


 小声で言って、自分を奮い立たせる。

 とにかく、今は周りを観察して、きっかけを見つける。

 そして、そのきっかけを上手く掴み、ヤマトと勇者ハーレムが再び仲良くなるように……


(……ん?)


 そんな事を思っていた、俺の視線の先。

 中庭のベンチに座る、一人の女子。


「ベルゼ。あれって……」


 俺の上を飛んで居たベルゼが、ふわりと肩の横に移動する。


「ミツクニ、分かるのか?」

「いや。何か他の人と感覚が違うから」

「うむ、その通りだ」


 ベルゼがクルリと宙を回る。


「彼女からは、魔力が感じられない」


 魔力。

 それは、この異世界に住む者の生命の源。

 それが無いという事は、つまり……


「ミツクニ、接触するのか?」

「ああ」

「必ずしも安全とは言えない」

「分かってる」


 彼女に向けて歩き出す。

 ここは悪魔と人間が戦う、最前線の砦。

 不確定要素は勇者の親友として、取り除いておかなければいけない。

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