第65話 反則のボーンディフェンス



『光が落ち、世界は影の陰謀に包まれる』



 予言の書かれた手帳をしまい、広い荒野の先を望遠鏡で眺める。

 遠くに見えるのは、人間側の大軍勢。

 その数、おおよそ二千。


「急造にしては、凄い数だな」


 国王暗殺から出陣までに掛かった時間は、たったの三日。その三日でここまで進軍してくるなんて、流石としか言いようが無い。


「ただ今戻りました」


 偵察に行っていたメリエルが戻って来る。


「どうだった?」

「どうやら人間達は、ここに最初の拠点を作るようです」

「だろうなあ。ここ、広くて戦いやすいもんなあ」


 今見えて居る兵士達は先発隊だ。これからここに拠点を作り、本隊が来るのを待つのだろう。


「そう言う事で、ここに拠点を作らせる訳には行かない」

「そこで、私達の出番なのですね?」


 メリエルが俺を見て微笑む。

 そう。

 今から俺達は、三人でこの場所を死守するつもりである。


「それじゃあ、やるか」


 双眼鏡を便利袋にしまい、ベルゼ作の高出力メガホンを取り出す。

 そして、人間側の軍に向けて一人で歩き出した。



 綺麗に整列して進軍して来る人間達。その先から、ゆっくりとそれに近付いて行く俺。

 先頭の兵士が俺の存在に気付き、警鐘を鳴らして皆に知らせる。それを見届けてから、口に高出力メガホンを近付けた。


『あーあー。テストテスト……』


 轟音が響き渡り、兵士達が耳を塞ぐ。

 俺は耳栓を付けているから大丈夫なのだ。


『こんにちは! 俺はミツクニ! 何処にでも居る普通の高校生です!』


 戦場とは思えない軽い挨拶に、兵士達がポカンとする。それを見届けてから続きを話し始める。


『皆さんは今から魔物の討伐に行くそうですが、その前に一つ聞いてくださーい』


 ざわつき始める兵士達。中には武器を構えている者も居る。攻撃が始まると困るので、さっさと要件を言う事にした。


『先日行われた国王の暗殺ですが……』


 これを言った所で、戦争は止まらないだろう。

 だけど、これを言う事には価値がある。

 たとえ小さな石でも、投げられた事に変わりは無いのだから。


『国王暗殺は! 商業組合の陰謀でーす!』


 それを言った瞬間、兵士達のざわつきが大きくなった。


『商業組合は戦争で利益を出す為に、戦況を裏で操っていまーす』


 どこぞの高校生とやらが、人間側の大組織をディスる。誇り高き兵士達ならば、さぞや頭に来る事だろう。

 だからこそ、無視しようとしても出来ない奴が、きっとこう言うのだ。


「ふざけるなぁぁぁぁ!」


 張り裂けんほどの怒号をまき散らして、一人の女子が兵士達の前に現れる。

 金色のボブ。白銀の鎧。煌く大剣。

 さしずめ、王国騎士と言った所か。


「そうやって兵士達の指揮を下げるつもりかも知れないが! そうはいかないぞ!」

『そう言うのは関係ありませーん。事実を言っているだけでーす』


 王国騎士が俺に向かって歩いて来る。

 うーむ、もの凄い美人さんだ。

 間違いなく勇者ハーレムの一角だな。


『そう言う事なので、俺達は亡くなった王が願っていた魔物との和平を守る為に、ここで皆さんの足止めをしまーす』


 それを聞いて、静かになる兵士達。

 少しの沈黙の後、兵士達が声を出して笑い始めた。


「たった三人でか!」

「凄いな! 見せてくれよ!」

「何なら俺一人で戦ってやろうか!?」


 楽しそうに侮辱してくる兵士達。

 女性が強いこの世界だが、やはり戦となると男が多い。俺は女性と戦うのは苦手だったので、正直ほっとした。

 そういう事だから……始めようか。


「ミント。頼む」


 俺の言葉を聞いて、ミントがネクロミノコンを手に取る。

 膨れ上がるミントの魔力。それを吸収するネクロミノコン。

 次の瞬間、周囲の地面から無数のスケルトンが沸き上がった。


(これは……予想以上だな)


 次々と湧き上がるスケルトン。

 やがて、何も無かったはずの荒野は、スケルトンの海となった。


「ミント、何体出したんだ?」

「いちまんだよぉ!」

「……出し過ぎだろ」


 俺達の周りで棒立ちして居るスケルトン。

 ミントが召喚したせいなのか、見た目がポップで恐怖感があまり無い。

 まあ、足止めが目的だから、恐怖感はそれほど必要無いか。


「メリエル」


 俺の言葉にメリエルが微笑む。


「ちょっと出し過ぎな気がするけど、何体くらい操作出来る?」

「全部ですね」

「全部かよ。凄えな」


 やはり、この二人は凄い。

 何で俺なんかと一緒に居るんだろうね?


「それじゃあ、予定通り頼む」

「承りました」


 メリエルはスケルトンを操作する指輪をはめると、フワリと空に舞い上がる。そして、スケルトンの中心まで飛び、指輪に魔力を込め始めた。


『えー。それでは、戦争を開始しまーす』


 緊張感の無い言葉と共に、スケルトンの集団がゆっくりと歩き出す。

 目指す先は……敵の本陣だ。


「さてと……」


 俺はメガホンを便利袋にしまうと、ミントと共に後ろに下がる。

 やがて、スケルトンの軍勢に溶け込むと、上からメリエルが下りて来た。


「ミツクニ。本当に歩かせるだけで良いのですか?」

「ああ。これくらい戦力差があれば、それだけで十分だ」


 スケルトンの軍勢が、人間側の軍勢と交差する。

 適当に動き回るだけのスケルトン。

 真剣に攻撃を繰り返す人間達。

 その戦いで消化されるのは、スケルトンの数と人間側の体力だけ。


「食事をしない。攻撃をしない。ただ無数に湧き出て来るだけの軍勢。消耗戦では最強の艦隊だな」


 これが、俺の考えた作戦。

 人間側の体力と資材を消費させて、死者を出さずに撤退させる。

 名付けて、反則のボーンディフェンスだ!


「しかし……えげつないな」


 人間達に付き纏うスケルトン達。

 その数、人間一人に対しておよそ五体(しかも補充あり)。

 適度に抱き着いて来たりもするので、本当に面倒だろう。


「ミツクニ」

「何だ?」

「暇なので、スケルトン達を踊らせても良いですか?」


 お茶目な提案に無言で答える。

 それを可と判断してしまったメリエルは、スケルトン達を踊らせ始めた。


(いやー……マジで酷いな)


 必死に戦う兵士達に対して、陽気に踊だけのスケルトン。この光景を見ていると、元の世界で見た某アニメを思い出すなあ。


「今日も墓場で運動会だな」

「あら、ムーンウォークの方では無いのですか?」

「……それもある」


 メリエルも俺の世界の事を知っているのか。

 まあ、死の天使だしな。

 たまにはこういうボケも楽しいし、何で知っているのかはスルーしておこう。


「ミツクニィィィィ!」


 怒号と共に空から降って来る大剣の一撃。俺は素早く両腕のシールドを展開して、その攻撃を捌く。


(まあ、そりゃ来るよな)


 俺を睨みながら肩で息をしている女子。

 先程の王国騎士だった。


「お前達! ふざけているのか!」

「はい。ふざけています」


 それを聞いた王国騎士は、大剣を思い切り地面に突き刺した。


「ふざけるな!」


 取って返したような答えに対して、わざとぼんやりとした表情を返す。


「これは人間と魔物の戦争だぞ! お前は魔物に加担するのか!」

「俺はどちらにも加担しません。それより、まだ貴女の名前を聞いていませんが」

「シュバイツ=フロウゲン! 国王直属の親衛隊長だ!」


 はい、こんにちは。

 やっぱり勇者ハーレムでしたか。


「それじゃあ、シバさん。そろそろ軍を引いてくれませんか?」

「シバ……!?」


 シバが顔を真っ赤に染める。


「か! 勝手に名前を省略するな!」

「長いから無理です」

「こ、このぉぉぉぉ!」


 シバが大剣を手に取って攻撃してくる。

 人は怒りで判断を鈍らせる。

 ましてや、そんな大きな剣の振りが、俺に当たるはずも無かった。


「くっ!」


 何度も斬撃を繰り返すシバ。

 しかし、攻撃は当たらない。


「どうして邪魔をする!」

「だから、これは商業組合の陰謀なんですよ」

「うるさい! うるさいうるさい……!」


 鈍くなっていく斬撃。

 遂には剣すら振れなくなり、その場に膝を付いてしまった。


「私は親衛隊長でありながら! 王の事を守れなかった!」


 唇を噛み締めて、拳を強く握る。


「そして! そんな王を殺したのは……! 魔物なんだぞ!!」


 大声で叫び、地面を叩く。

 彼女の言う通り。

 例え商業組合の陰謀でも、実際に王を殺したのは魔物だ。

 だけど……


「それでも王は、魔物との和平を望むと思います」


 ハッキリと言い切る。


「だから俺は、人間と魔物を戦わせない」

「黙れ! 黙れ黙れ……!」


 首を横に振りながら大剣を手に取る。


「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 空高く飛び、振り下ろされる大剣。

 俺は両足で思い切り踏ん張り、その斬撃を正面から受け止める。

 しかし、衝撃に耐え切れなくなり、後ろに吹き飛んでしまった。


 スケルトン達が舞い踊る、賑やかな戦場。

 その端で、俺は巻き上がった砂埃を払い、ゆっくりと立ち上がる。

 大剣を受け止めた両腕は、衝撃でボロボロになって居た。


「俺は……シバさんの気持ちを……全て理解する事は出来ません」


 だらりと落ちた腕をそのままに、シバに近付く。


「だけど……シバさんが王を慕って居たという事は……良く分かります」


 足が上手く動かない。さっきの衝撃で負傷したのだろう。

 だけど、それでも歩く。


「だから、頼みますから……」


 シバの前に辿り着き、膝をつく。

 これ以上は動けない。

 動けないから。


「王の為に……引いて下さい」


 想いだけを、言葉で伝える。

 何も言わないシバ。

 次に攻撃をされたら、間違い無く死ぬだろう。


「お前は……」


 シバが口を開く。


「……いや。やめておこう」


 しかし、何も言わずに身を翻した。

 スケルトンをなぎ倒しながら、シバが人間側の陣地へと戻っていく。

 どうやら、撤退をしてくれるようだ。


「……ふう」


 急に緊張の糸が解けて、怪我の痛みが押し寄せて来る。その激痛に顔を歪めていると、メリエルが現れて傷を癒し始めた。


「お疲れ様でした」


 その一言で、俺の苦労は報われてしまう。


「ごめん、また怪我をした」

「大丈夫です。その為に私が居るのですから」


 ふふっと笑うメリエル。

 きっと彼女は、俺がこんな無茶を続ける事を、分かって居るのだろう。


「ねえ、ミツクニ」

「何?」

「本当に危険そうでしたら、私は何があっても止めますから」


 それは、メリエルからの警告。

 俺が真に危険に晒されたら、例えどんな相手でも、容赦はしないという事だろう。


「……ありがとう」


 俺の答えを聞いて、メリエルが微笑む。


 撤退して行く人間達。

 周りで踊り続けるスケルトン。

 この陽気で意味の無い戦場で、俺達はこれからも戦い続けるんだ。

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