第66話 割れる国。戻る仲間
人間側との戦いが終わった翌日。
俺達は戦場が一望出来る高台に登り、ぼうっと景色を眺める。
昨日の戦いでの死者はゼロ。
人間側はスケルトンの軍勢を見て警戒モードに入ったようで、進軍して来ない。
魔物側も穏健派と強硬派が会合して、人間側の進軍に向けて準備を進めている。
この結果は、俺達的には大勝利と言っても良いだろう。
(しかしなあ……)
広い荒野を眺めながら、小さくため息を吐く。
俺達は国王の意志を継いで、人間と魔物を戦わせないように、ここに陣取った。
しかし、それは進軍してくる軍と戦い続けるという事でもあり、今までように色々な場所に行って、外交が出来なくなる。
そうなると、人間と魔物が和平を結ぶのは、難しくなる気がした。
(……困ったなあ)
二度目のため息。
そんな時、連絡用の手帳が鳴った。
「もしもーし」
「あ、ミツクニさん。私です。フランです」
フラン=フランケンシュタイン。魔法学園のマッドサイエンティストで情報通。勇者ハーレムの中でも遠慮せずに話が出来る俺の理解者だ。
「ミツクニさん。とんでもない事をしましたねえ」
「そうか?」
「国境付近にアンデットの軍勢なんて、普通なら考えませんよ?」
「まあ、普通ならそうだろうな」
他愛も無い会話をしながら二人で笑う。
「それで、フランはどうして連絡して来たんだ?」
「昨日の出来事で各陣営がどう動いたかを、報告しておこうと思いまして」
流石はフラン。俺の知りたい事を既に分かっている。
丁度良い機会だし、今の世界情勢を少しまとめておこう。
「それで、何から聞きたいですか?」
「取りあえず、人間側の動きかな」
フランは少し間を空けてから話し始めた。
「まず帝都ですが、商業組合が本格的に軍を立ち上げました」
「まあ、そうなるよな」
「中心に居るのは商業組合会長、レイジ=ヨマモリです」
レイジ=ヨマモリ。姫襲撃事件の裏で、国王を殺そうとした黒幕。
今回起こった魔物による国王暗殺も、彼の手引きで間違い無いだろう。
「レイジは保護という形で王族を王街に閉じ込めて、人間側の軍を牛耳っています。新しい軍の名前は確か……『ラプター』だったかな?」
「随分と洒落た名前だなあ」
「格好良いですよね」
「それは認める」
ラプター。猛禽類を指す言葉だ。魔物を狩る軍隊としては、スタイリッシュな感じが出ていて良い。きっと帝都の若者達も、格好良さに食いついて来る事だろう。
「それと、魔法学園の方なんですが……」
フランが再び間を空ける。
「保護していた魔物達は、ジャンヌに統率して貰って、魔物の隠れ里へと逃がしました」
「うん。良い選択だと思う」
「ですが、移動中を狙われる可能性もあるので、そちらでフォローをお願いします」
「おいおい、簡単に言うなよ」
「でも、出来ますよね?」
別行動をして居たリンクスとベルゼが戻って居るので、出来ない事は無いのだが、あえて無言を返す事にした。
俺達は便利屋じゃないからな。
「それで、魔物を逃がした後に、早速ラプターから申請がありまして……」
そこまで言って口籠るフラン。
「何だ? 何かあるのか?」
「ええと、ですね……」
フランは少し黙った後、ばつが悪そうに言った。
「ラプターの申請で、魔法学園はミツクニさんの討伐をする事になりました」
それを聞いた俺は、声を出して笑ってしまう。
何故ならば、そうなる事を予想していたからだ。
「良いぞ。いつでも掛かって来い」
「良いんですか? こっちには既にヤマトさんとか居ますけど」
「仕方ないだろ。被害を減らすには、こうするしか無かったんだから」
通信手帳の向こうでフランが笑う。
「困ってますよぉ。勇者ハーレムの人達」
「だろうなあ。正直、俺も困る」
勇者ハーレム。それは、個々が一騎当千の力を持つ実力者の集団。
彼女達がまとめて掛かって来たら、俺達でも勝つのは難しいだろう。
「そう言う事だから、攻めて来る時は小出しでお願いしたい」
「ええ、今こちらでも会議して、バランス良く攻めるように計画してますから」
流石と言うか何と言うか。
こういう事に関しては、やはりフランは頼りになるなあ。
「それで、今度は魔物側なのですが……」
フランが再び間を空ける。
「穏健派と強硬派が、和平を結んだそうです」
「もうかよ。早いな」
「片方だけだと、人間側との戦力差があり過ぎますからね。早めの決断は僥倖だと思います」
こんなに早く和平を結べるのなら、最初から喧嘩するなと言いたかったが、状況の変化があったからこその和平だと思い、黙って居る事にした。
「それと、和平を気に入らない魔物が集合して、新しい強硬派が発足されました」
「結局それか」
「こちらは魔物の本隊に比べて小規模なので、攻めて来ても大丈夫だと思います」
「攻められる事も確定かよ」
「でも、魔物の里も攻めるでしょうから、フォローが大変ですねえ」
これも予想していた事なので、特に驚きはしない。どちらかと言えば、勇者ハーレムとの戦いの方が心配だった。
一通りの報告が終えて、俺達は一息つく。
「私からは以上ですけど、他に何か知りたい事はありますか?」
「いや、今は特には無いかな」
「そうですか」
フランが通話の先で喉を鳴らす。
「ミツクニさん、大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「その……仲間と戦う事になって……」
言葉を詰まらせるフラン。
きっと、完全に孤立してしまった俺達の事を、心配してくれて居るのだろう。
「大丈夫では無いけど……まあ、上手くやるさ」
賽は既に投げられた。
俺達はこれから起こる事に、一つずつ対処していくしかない。
そんな事を思っていると、不意にフランが聞いて来た。
「どうしてミツクニさんは、何でも一人でやろうとするんですか?」
その質問に首を傾げる。
「別に一人でやってないぞ? 今もチート過ぎる仲間が集合して居るし……」
「そう言う事じゃなくてですね」
フランが小さくため息を吐く。
「どうして、勇者ハーレムを頼らないんですか?」
その質問に対して、一度黙る。
しかし、隠しても仕方の無い事なので、正直に話す事にした。
「勇者ハーレムは、それぞれに大切な人や家族が居る。俺に味方したら、その人達を人質に取られたりするかも知れないだろ?」
一緒に戦って欲しいという気持ちはある。だけど、今の状態で彼女達の力を借りる訳にはいかない。
「そう言う事ですか」
フランが難しそうな声色で言う。
「まあ、そうですね。今ミツクニさんに味方したら、色々と面倒が起こりそうですね」
「そう言う事。だから俺に構わずに、倒しに来れば良いさ」
「分かりました。それでは、ギッタンギッタンにしますので」
「うん? 頼むから手加減はしてくれよ?」
「嫌です。ミツクニさんとは一度戦ってみたいと思ってましたから」
うんうん。
俺の周りの奴等、そんなのばかりだよ。
でも、マジで手加減してくれないと、俺は簡単に死ぬからね?
「それでは、これで報告を終わりにしたいと思います」
「ああ。ありがとな」
あいさつを終えて、フランとの通信が切れる。
俺は通信手帳を眺めながら、やれやれとため息を吐いた。
赤く染まった山の向こうに、夕日が沈んで行く。
何も無い荒野。そこに佇む五人。
これから俺達は、この場所で多くの相手と戦う事になるだろう。
戦力的には問題は無い。
だけど……
(……寂しいな)
そう思い、俯く。
勇者の親友役として、沢山の仲間達と出会った。
しかし、今度はその仲間達と、戦う事になってしまった。
何でこんな事になってしまったのだろう。
(……俺がしたかった事は、こんな事じゃなかった)
勇者ハーレムの笑顔を思い出して、ゆっくりと瞳を閉じる。
寂しい。
ただ、ひたすらに……寂しい。
「何をしょげているのかしら?」
そんな俺に、ふと懐かしい声が聞こえる。
「何でも難しく考えて、これだからキモオタは駄目なのよ」
そうだな。
リズならば、きっとそう言うだろうな。
「ほら、顔を上げなさい」
そう言われて、ゆっくりと顔を上げる。
視線の先に居たのは、一人の女子。
肩まで伸びた紅黒髪。鋭くとがった赤い瞳。そして、小さな唇。
「……どうして」
突然の出会いに、言葉が浮かばない。
「ラプターの監視を抜けて来たわ」
「でも、家族が……」
「彼女達は王族なのだから、下手な事は出来ないわよ」
「そう……なのかな」
赤い瞳で俺を見て、静かに微笑んでいる、リズ=レインハート。
言葉が全く浮かばない。
言いたい事が山ほどあるのに、言葉にならない。
「ほら」
リズが持っていた物を俺に投げる。
受け取ったのは、パックのリンゴジュース。
彼女の機嫌が良い時にくれる飲み物だ。
(ああ、そうか……)
小さく笑い、辺りを見回す。
岩の上であくびをして居るリンクス。
楽しそうに遊んで居るミントとベルゼ。
俺の方を見て、優しく微笑んで居るメリエル。
俺にはまだ……沢山の仲間達が居る。
「ただいま。ミツクニ」
リズが言う。
その言葉が、俺の心にしみる。
ただいま。
帰って来る場所。
ここは彼女にとって、帰って来る場所だったんだ。
「……おかえり」
だから、笑顔で迎えよう。
例え他の全てが敵になろうとも。
仲間達が俺を信じてくれる限り、俺は下を向かずに、最後まで戦い続けよう。
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