第122話 戦いは終わり、俺達はただ笑う

 一万対千。

 その圧倒的な戦力差を、一撃でひっくり返した女子が居る。

 その名は、ヤマト=タケル。

 最初は魔力が高いだけの高校生だったが、様々な経験を経て、世界が誇る勇者へと成長した。

 そして、そのカリスマで人類を先導して、自分達の十倍居た悪魔を殲滅した。


 彼女が勇者である事を疑う者は、もう居ない。


 魔法学園の生徒達も。

 人間と敵対して居た魔物達も。

 そして、ヤマトの元に集まった勇者ハーレムも。


 誰しもが彼女を勇者と認めて、そこに集う。

 俺は親友役として、遂に皆に認められる勇者を完成させたのだ。


(……やったな)


 ヤマトを遠目に眺めながら、小さく鼻をすする。

 内気で自分から行動する事が苦手だった勇者。魔法学園で一緒に特訓して居た日々が、今は懐かしくさえ思える。


「ミツクニの懸念は消えたようだな」


 横でキュイっと鳴るベルゼ。


「ヤマトは自ら奮い立ち、皆を勝利に導いた。これからはミツクニに頼らずとも、己で皆を先導し、世界を救って行くだろう」


 その言葉を聞いて、小さく頷く。


「少しだけ……寂しいかな」


 皆と勝利を分かち合っている勇者を見ながら、静かに微笑む。

 親友役の仕事は、勇者を一人前に育てる事だけでは無い。これからも、勇者が親友役を必要とする事はあるだろう。


 でもそれは、今までほどでは無い。

 今のヤマトには、喜びや悲しみを分かち合える、沢山の仲間達が居る。そんな皆と苦楽を共にする事で、勇者と皆の絆は、更に深まって行くんだ。


「さて、ベルゼさんよ」


 硬い地面にゴロリと寝転がり、空を見上げる。


「俺達は、これから何をしようか」


 親友役の仕事は一段落。

 これから俺は、今まで以上に自分の事が出来るだろう。

 正直、やりたい事が山ほどある。


「まずは帝都に行くべきだろう」

「ああ、シオリとリズには、絶対に会わなきゃいけない」

「それと、チョーカーも早急に何とかするべきだ」

「そうだなあ。これを外さないと、いつかマジで死ぬだろうし」


 昔に比べて戦闘力は向上したが、防御力は大して変わって居ない。

 今回の戦いでもそれなりに怪我をしたし、回復魔法が効かないのは致命的だ。

 それでも、まずは帝都に行く事が優先だが……


「ヤマト!」


 そんな俺の耳に、学生の声が木霊する。


「悪魔を拘束している刃が……!」


 ざわつく周囲。

 何事かと思い、悪魔の方を見る。


 悪魔の周囲を高速で駆け抜ける何か。

 その何かが通り抜ける度に、悪魔の拘束刃が弾けて、生気を取り戻す。


(……これは)


 ゆっくりと腰を起こす。

 それに少し遅れて、ヤマトが叫んだ。


「僕がもう一度拘束する! 皆は悪魔の殲滅を!」


 剣を地面に刺して、再び悪魔を拘束するヤマト。それに学生や魔物達が続き、近くに居る悪魔から殲滅して行く。


「どうなってるんだ!?」

「分からない! でも! 何かが近付いて来る!」


 悪魔の隙間を縫って近付く黒い影。

 やがて、悪魔の軍団を全て抜けると、フワリと空に舞い上がる。

 その先に居たのは、勇者ヤマト=タケル。


「くっ!」


 咄嗟に剣を翻して、黒い影の一撃を止める。

 紅色の双剣。

 数回刃を交わした後、黒い影はクルリと身を翻して、ヤマトの前にストンと降りた。


「この……!」


 咄嗟に攻撃魔法を繰り出す学生。

 しかし、攻撃魔法は黒い影の目の前で弾けて、宙へとかき消された。


「なっ……!?」


 間髪入れずに、黒い影が学生を襲う。


「危ない!」


 咄嗟に学生の前に回り込むヤマト。

 交差する一撃。

 今度は守りに入ったヤマトが打ち負けて、学生と共に吹き飛んだ。


(……ああ、そうか)


 中央で静かに立ち尽くす黒い影。

 それは、黒いローブを纏っている人間。

 ローブの隙間から見えた服装は……魔法学園の学生服。


(まあ、異世界だもんな……)


 何となく、こうなるのでは無いかと思って居た。

 だけど、その予感を信じたくは無かった。

 信じてしまえば、それが現実になってしまうと思ったから。


(……)


 だけど、そんな俺の想いなどに関係無く、現実は目の前に現れる。


(……ちくしょう)


 とても冷たく、悲しい現実が。


(ちくしょう……!)


 歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。

 こちらに向く黒ローブの人間。

 その動きと同時に、フードから見える赤白髪。



 その髪色の女子を……俺は知って居た。



「ちっくしょおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 空に向かって叫ぶ。

 怒りの感情を吐き出す為に。

 悲しみの感情を隠す為に。


「ああああああああ!」


 叫んで。

 叫んで。

 彼女に向かって走る。


「はああああああ!」


 両腕のシールドを全開にして、思い切り彼女に突撃する。

 激突。

 タックルの衝撃が双剣に吸収されて、お互いがその場に踏み留まった。


「……」


 硬直。

 俺も彼女も……動かない。


「……よう」


 そんな中で、俺は彼女に挨拶をする。

 とても短い、内容の無い挨拶を。


「こんにちは」


 彼女も挨拶を返す。

 とても短い、内容の無い挨拶。

 だけど、それだけで、お互いの気持ちが分かってしまった。


「ミツクニさんは……笑って居ますか?」


 フードを深く被り、俯いて居る彼女。

 そんな彼女を静かに見下ろして、口を開く。


「ああ」


 笑って居る。

 約束だからな。

 作り笑いなのは勘弁してくれ。


「私も……笑ってますよ?」


 そう言って、口元を見せて来る彼女。

 確かに、笑っては居る。

 ……口元だけは。


(……全く)


 彼女の頬からポツリと落ちる、小さな雫。

 そう、雫だ。


「理由を教えてくれよ」


 全ての意味を込めて、短く言葉を吐く。


「言っても、何も変わりません」


 その全て理解して、彼女が言葉を返す。


「変わるさ。俺が変える」

「変わりませんよ。それでも」

「日本に住んで居たのなら、分かるだろ」


 シールドを解除して一歩下がる。


「話さないから、事は悪い方に進むんだ」


 日本のアニメや漫画が好きな人間ならば、分かるはずだ。

 理由を話さないから仲を違える。

 お互いの事が大切だからとか、そんな気遣いは返って障害になるだけなんだよ。


「話してくれ。頼むから」

「……」


 双剣をゆっくりと降ろして、口を紡ぐ彼女。

 彼女の肩は、小さく震えて居る。


 戦えない。

 俺は……彼女とは戦えない。


 そんな、俺の後ろから。


「はああああああ!」


 ヤマトが剣を振り上げて、彼女に飛び込む。

 交差する刃。

 同時に砂埃が巻き起こり、周囲が見えなくなる。


 ゆっくりと晴れて行く砂煙。

 煙が晴れたその場所に、彼女の姿は無かった。


「……やった」


 学生の一人が声を上げる。


「やった! ヤマトがやったぞ!」


 次々と湧き上がる歓声。ヤマトは剣を納めると、ゆっくりとこちらに振り向く。

 そんなヤマトの目が語って居た。

 彼女は、まだ倒せて無いと。


(まあ、そうだろうな)


 それでも、俺は笑顔で頷いて見せる。

 一緒に微笑むヤマト。

 それで良い。

 皆は勝利を喜んで居る。

 だから、今はそれで良いんだ。


「さあ! 残りの悪魔を倒そう!」


 ヤマトの声に続いて皆が動き出す。

 次々と殲滅されて行く悪魔達。

 それを遠目に見ながら、地べたにドサリと座り、静かに瞳を閉じる。


 終わらない。

 どんなに親友役として頑張っても、俺の悪夢は……終わらない。

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