第121話 王道勇者の勝たせ方

 キズナ遺跡と魔法学園の間にある広い荒野。

 いつもであれば、心地良い風が流れる静かな場所だが、今日は違う。

 頬に吹き付ける生暖かい風。小さく響く振動音。

 そして、視線の彼方に見える黒き軍勢。


 それは、世界を滅ぼす為に現れた、悪魔と呼ばれる敵の軍勢だった。


(ああ……気分が良いなあ)


 そんな強大な敵を前にして、俺の気分は晴れ晴れとして居る。

 その理由は、先程勇者の秘密を皆にばらしてしまった事。

 ずっと我慢して居たのだが、遂に言ってしまったのだ。


「何だろうなあ。肩の荷が下りて、体が軽い気がするよ」

「人は隠し事に背徳感を持つものだ。体が軽くなったという表現は、絶対的な比喩とは言えない」


 ベルゼの説明に大きく頷く。

 そんな会話をして居る、俺達の直ぐ目の前。

 悪魔、一万体。


「一万対千か。一人頭十人と考えると、まあ勝てないだろうな」

「そうだな」

「交流都市で使ったG4爆弾も、距離が近すぎて使えないし」

「うむ」

「遺跡に居る勇者ハーレムも、強いけど範囲攻撃を持って居る奴が少ない」

「的を得ている」


 こういう大規模な戦闘の場合、範囲魔法が大きな力を発揮する。

 勇者ハーレムの中でそれを使える代表格は、エリスとシオリ。

 しかし、どちらも別件で遺跡から出払って居た。


「思ったよりピンチだな」

「ミツクニが思って居るよりも、余程危険と言える」

「ですよね」


 ベルゼがピピッと鳴る。


「だが、ミツクニはそれでも、勝てると思って居るようだ」


 それを言われて、思わず微笑んでしまう。

 何故、微笑んでしまったか。

 それは……


「まあ、今回は勇者達が居るからな」


 後方から駆け抜けて行く澄んだ風。

 やがて、聞こえてくる足音。

 その音に遅れて駆け抜けて行く、白き衣を纏った軍勢。


 それは、世界を守る為に立ち上がった、人類の強者達だった。


「おおおおおおおお!」


 それぞれが己を奮い立たせる為に叫び、一心に悪魔の元へと走る。

 その表情には、一片の曇りも無い。


「ヤマトちゃんは俺達が守るんだ!」

「ヤマト様の為なら死ねる!」

「ヤマト! ヤマト! ヤマトォォォォ!」


 しかし、大いなる邪念はあるようだった。


「……ったくよお、ヤマトが女子だって分かった途端にこれだぜ?」


 ため息交じりに言って俺の横に現れたのは、ザキ=セスタス。


「ミツクニ。お前、いつからヤマトが女だって知ってたんだ?」

「魔法学園から逃げて、帝都に滞在して居た時からかな」

「へえ、思ったより前じゃねえか」


 愛用の木刀を召喚して、肩にとんと乗せる。


「成程なあ。皆が必死に悪魔と戦ってた時に、お前らは精霊の森でイチャコラやってたって訳だ」

「やってない! やってないから!」


 むしろやれないから!

 勇者の親友役として! イチャコラ制限掛かってますから!


「冗談だよ。それよりも……」


 ザキが木刀を振り下ろす。

 その刹那。

 俺の横を高速で駆け抜ける、一陣の風。


 勇者、ヤマト=タケル。


「あいつ、吹っ切れたな」


 一度もこちらに振り向く事無く、悪魔へ向けて真っ直ぐに走る。

 神器の剣を失って弱体化した勇者。

 それでも、誰よりも速く駆け抜けて、悪魔の軍勢に飛び込んで行った。


(ヤマト……)


 万の軍勢を前に、臆せずに戦う勇者の姿。それを見て、更に奮い立つ戦士達。


 これこそが、勇者のあるべき姿。

 強かろうが。弱かろうが。

 その姿は、一緒に戦う者に勇気を与えるのだ。


「よっしゃあああああ!」


 俺の横で声を張り上げるザキ。


「あたい達も行くぞ!」


 愛用の木刀をぶん回しながら、高速で悪魔の軍勢に飛び込んで行く。その後ろ姿を見て、俺は小さく微笑み、双銃を抜いて走り出した。



 荒野の中心で、悪魔と人類が交差する。

 戦力は一万対千。

 序盤は勢いのある人類側が押して居たが、戦いが長引くに連れて、少しずつ悪魔に押され始める。

 単純に人数による不利もあるのだが、人類側にはそれ以上の理由があった。


「危ない!」


 それは、勇者と勇者ハーレムの性格。


「下がって下さい!」


 傷付いた兵士達を気遣い、それを庇う為に戦場を飛び回る、勇者とハーレム達。

 各々が一定の区画を殲滅すれば勝機もあるのだが、どうしてもそれが出来ない。


「ヤマト! 東の区画がヤバい!」

「大丈夫! 僕が行くから!」


 ハーレム達と声を掛け合いながら、勇者が危険な区域に移動する。

 しかし、どうしてもワンテンポ遅れる為、全体の形勢が不利になって行く。


(これは……流石に)


 青いと言えば、それまでなのだろう。

 しかし、俺にその行為を否定する事は出来ない。

 何故ならば……俺もその一人だからだ。


「はっ!」


 怪我をして居る魔法学園の女子。その女子に止めを刺そうとした悪魔に向けて、弾丸を放つ。

 弾が当たりよろめいた悪魔を横目に見ながら、俺は女子の腕を引いた。


「無理するな!」

「だけど、私も……!」

「分かってる! だけど今は後退だ!」


 俺の言葉を受けて、悔しそうに後退する女子。他の人間達も負傷して、次々と後ろに下がって行く。

 戦況は不利になる一方だ。


(くそっ……!)


 歯を食いしばりながら周囲を見渡す。

 人間、魔物、勇者ハーレム。

 いつの間にか誰しもが負傷して、戦う気力を失いかけて居る。


「ミツクニ君!」


 そんな余所見をしていた俺に、悪魔の鋭い一撃が繰り出される。

 一線。

 俺の頭が砕ける前に、ヤマトがその悪魔を真っ二つに切り裂いた。


「大丈夫!?」

「ああ! 大丈夫だ!」


 舞った埃を払いながら、改めて周囲を見渡す。

 悪魔に押され続けて居る人類側。

 その光景に、最早勝機は見えない。


「……して」


 そんな光景を見ながら、ヤマトが言葉を漏らす。


「どうして僕は、神器を……」


 その刹那。

 ヤマトの後方から悪魔の総攻撃。


「ヤマト!」


 咄嗟にヤマトの体を押して、両手のシールドを全開にする。

 連撃。

 悪魔の刃はシールド越しに衝撃波を起こし、俺は派手に吹き飛んでしまった。


「ミツクニ君!」


 悪魔を蹴散らして駆け寄るヤマト。

 俺の体が痺れて、まだ立つ事が出来ない。


「ミツクニ君! ミツクニ君……!」


 俺の体を支えて泣きじゃくるヤマト。

 その頬に、そっと手を添える。


「大丈夫。大丈夫だ」

「でも……!」


 ヤマトが歯を食いしばる。


「僕が弱いから! 神器を置いて来たから! 皆が……!!」


 掌を千切れるほど握るヤマト。

 その手に、優しく触れる。


「ヤマト……」


 ヤマト=タケル。

 時代遅れの王道勇者。

 皆を守る為に戦う、心優しい勇者。


「ヤマトは、神器に認められた勇者だろ?」


 思い出せ。

 剣を置いて来た時に、メリエルが言った言葉を。そして、神器が何の為にあるのかを。

 答えは……その中にある。


「ヤマトが諦めない限り、神器もヤマトを絶対に見捨てない」


 放つ言葉に力を込めて、真っ直ぐにヤマトを見つめる。

 少しの沈黙。

 やがて、ヤマトが目を見開く。


(……そうだよ)


 真剣な表情に変わるヤマト。

 俺から一歩離れて、空に手を掲げる。


 どうやら、答えは見つかったようだ。


「来い!」


 戦場に響く勇者の叫び声。

 青く光る勇者の体。

 その光が空を突き抜けて、暗雲が割れる。


(メリエルは、神器を置いて行けと言った)


 空から降り注ぐ、一筋の光。


(だけど、取り戻すなとは一言も言っていない!)


 勇者の前に降り立つ、青き光を帯びた剣。

 悪魔を穿つ勇者の神器、天叢雲剣。


「ああああああ!」


 勇者が大きく手を振りかぶり、宙に浮いている剣を地面に叩き付ける。

 柄の縁まで地面に突き刺さる刃。

 一瞬の静寂。

 次の瞬間、剣から青い光が迸り、荒野の全てに光の刃が生まれる。


 万の刃。

 戦場に咲いた青き光は、全ての悪魔を一瞬で止めた。


(……ったく、こいつは)


 剣から拳を放して、空を見上げるヤマト。

 彼女に差し込む優しい光。

 まるで、この場所が彼女の為だけに存在しているような、そんな光景だった。


(本当に……強くなったな)


 勇者。

 それは、勇気溢れる者。

 皆に勇気を与える者。


「ヤマト!」


 湧き上がる歓声と共に、皆が勇者の元に集まる。


「ヤマト君!」

「ヤマトさん!」


 皆を守る為に、負けそうになった戦い。

 しかし、だからこそ勝てる。

 皆を守る事こそが、勇者の強さの本質なのだから。

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