第120話 漢が命を張る理由

『黒の軍勢。希望の都を闇に落とす』


 それは、俺が滅びの予言を見て、自分の部屋から中庭に出た時の事だった。


「……マジかよ」

「そんな……」

「信じられねえ……」


 世界を滅ぼす『悪魔』と戦う為に作られたこの遺跡。その中心にある中庭で、誰しもが絶望の表情を見せている。


「ヤマト……本当なのかよ」

「……うん」

「どうして……」


 繰り広げられているのは、勇者であるヤマト=タケルと、悪魔と戦う為に集まった者達の会話。途中から来た俺は、まだ話の内容を掴めていない。

 だが、次に魔法学園の生徒が言ったその言葉で、全てを理解した。


「天叢雲剣を無くしたって……」


 理解した。


「三種の神器だぞ? 普通無くすか?」

「ごめん」

「ヤマト君、嘘なんでしょ? 本当は壊れたとかなんでしょ?」

「……ごめん」


 皆の前で、ひたすら頭を下げている勇者。

 これは、何をやっているんだ?

 この光景は……何だ?


「敵は悪魔の軍勢なんだぞ……」

「確か、一万くらいって言ってたよな」

「それを相手に、神器が無いって……」


 周囲に漂う不穏な空気。

 ある者は俯き、ある者は憤怒し、ある者は涙を流して居る。

 それらの姿は、これから悪魔と戦う戦士の姿には、とても見えなかった。


「で、でも! 僕が頑張るから!」


 そんな中で、ヤマトが声を張り上げる。


「剣は無いけど! 精一杯頑張るから!」


 拳を強く握り締めて、笑顔で答えるヤマト。

 それなのに。

 誰もそれに答えない。


「頑張るから……」


 笑顔が曇るヤマト。

 そんなヤマトから目を逸らして、皆が小声で会話し始める。


「俺達……生き残れるのか?」

「それ以前に、世界は大丈夫なのか!?」

「私、もう戦いたくない……!」


 それぞれが言いたい事を言っている。

 気持ちは分からないでも無い。

 今まであったものが無くなれば、誰だって不安になるものだ。


 だけど、違うだろう。

 そうじゃないだろう。


「俺のせいだよ」


 不穏な空気を切り裂く、男の声。

 その声の主は……


「俺のせいで、ヤマトは剣を失ったんだ」


 勿論、俺。


「ミツクニ……?」

「おい、どういう事だ!」

「説明しろ!」


 全員が一斉にこちらを睨み付ける。

 大勢の人間から向けられる怒りは、それだけで圧迫感がある。

 だけど、今の俺にそんな事は関係無い。


「交流都市で悪魔と戦った時に、俺を助ける為に、ヤマトは剣を失ったんだ」


 どうせ詳細を言っても分からないと思い、漠然とした説明をする。


「違うよ!」


 そんな俺の説明を、ヤマトが真っ先に否定した。


「悪魔と戦ったのはミツクニ君で! 僕は何も出来なくて……!」

「ヤマト」


 必死に説明しようとするヤマトを、言葉と眼力で制する。

 静まり返る学生と魔物達。

 その間を割って歩き、ヤマトの前に立つ。


「どんな結果にせよ、お前が剣を置いてきた理由は、俺の為だろう」


 瞳に涙を溜めて、俺を見上げるヤマト。

 分かって居るさ。

 俺の事を悪く思われない為に、自分のせいにしようとしたんだよな。

 だけど……


(……いや)


 だからこそ……か。

 だからこそ、親友役である俺は、ヤマトを心から助けたいと思えるんだ。


「お前は優しい奴だ。俺なんかの為に、大切な物を平気で捨てる事が出来る」


 今話して居るのは、紛れもない真実だ。断じて周りを納得させる為の、言い訳などでは無い。


「だからさ。俺にそうしてくれたように、皆の事も守ってあげてくれ」


 そう言って、ヤマトに微笑みかける。


 やましい事など、何一つも無い。

 俺が理想とする勇者は、そういう存在であり。

 そして、ヤマトはそういう勇者。

 ただ、それだけの事だ。


(さてと……)


 ヤマトの肩をポンと叩いた後、クルリと振り向いて歩き出す。

 皆は呆気に取られて、まだ動けずに居た。


「お、おい……」


 近くに居た一人の学生が、震える声で言う。


「何処に行くんだよ……」


 勝手に道を開けてくれる皆を無視しながら、前だけを見て口を開く。


「勿論、悪魔の居る所へ」


 その言葉で、皆が我を取り戻す。


「ひ、一人で行くのか?」

「こんな事になったのは、俺のせいだからな」

「お前じゃ何も出来ないだろ!」

「悪魔の一体二体くらいは減らせる」

「そんなんじゃ話にならないんだよ!」


 五月蠅いな。


「大体! 無責任よ!」

「そうだ! これだけの事をしておいて!」

「一言も謝罪してねえじゃねえか!」


 何でお前等なんかに謝罪しなきゃいけないんだよ。


「ヤマト君が可哀想よ!」

「そうだ! お前のせいでヤマトが……!」

「勇者が!」

「ヤマトが!」


 ……

 もう限界だ。

 我慢が出来ない……!


 こいつら……! 本当に……!!


『ヤマトが……!!』


 皆が一斉に声を張り上げた、次の瞬間。

 空から何かが中庭に降り注ぐ。


「……!」


 割れる大地。震える大気。

 その場に居た皆がバランスを失い、地面に這いつくばる。


(余計な事を……)


 ため息を吐いた俺の横で、皆を見下ろす女性。

 愛の伝道者。シスター、ティナ=リナ。


「……黙りなさい」


 青い修道服をはためかせながら、鋭い視線を皆に向ける。

 彼女の体から放たれる圧倒的な覇気。誰一人、彼女に反論する事が出来ない。

 そんな彼女の横で、俺はもう一度ため息を吐き、クルリと振り返った。


「これだけは、皆に言っておく」


 皆を見下ろしながら口を開く。


「皆の言う通り、こんな状況になったのは、俺のせいだと思う」


 同じ事をもう一度だけ言う。

 これだけは、皆の言う通りだから。


「だけどな」


 頭に血が上っていく。


「どうして、ヤマトが責められるんだ?」


 体中の血液が沸騰する。


「神器を手にする前から、ヤマトは皆の為に、ずっと戦って来ただろ」


 怒りで体が震える。


「勇者とかそんなの関係無しに……! 皆の為に戦って来ただろ……!」


 拳を強く握る。

 血が出るほどに、強く。


「勇者ってのはなぁ! 都合の良い盾じゃねえんだよ!!」


 勇者!

 勇者! 勇者! 勇者……!

 どいつもこいつも!!


「それ以前になあぁぁぁぁ!」


 言ってやる!

 言ってやるよ!

 約束なんて! もうどうでも良い!


 これが! 俺の心からの本音なんだ!


「女一人に戦わせてぇぇぇぇ! 偉そうにしてんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 空に向けて思い切り叫ぶ!

 叫ぶ!

 叫ぶ!!


「……」


 木霊する声。

 遠く、遠くまで響き、消える。

 そして、一気に沸き立つ。


『女ぁぁぁぁぁ!?』


 そうだよ!

 ヤマトは女の子だよ!

 ちょっと内気な可愛いJKだっつうのぉぉ!!


(言ってやったぜ……)


 ふっと笑い、再び歩き出す。

 ヤマト、ごめんな。

 お前との約束、守れなかった。


 だけど、俺は後悔してないぞ。

 例え周りからどう思われようが。ヤマト自身にどう思われようが。

 女の子一人に戦わせるなんて、俺には出来ないんだよ。

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