第123話 勇者に手向ける鉛玉

 万の悪魔に打ち勝った翌日。

 俺は早々に旅の準備を済ませて、自分の部屋から出る。


 中庭に続く長い廊下。

 昨日行われた壮大な祝勝会の影響で、学生や魔物達が雑魚寝をして居る。

 幸せそうな寝顔。

 今再び悪魔が襲って来たら大変だが、恐らくそれは無いだろう。


 長い廊下を抜けて、中庭へと出る。

 昨日祝勝会が行われて居た広い中庭。あれほど盛大に盛り上がったと言うのに、今はいつもの中庭に戻って居た。

 勇者ハーレムが皆の為に、昨日のうちに片付けてくれたのかも知れない。



 ふと脳裏に過る、ヤマトの無邪気な笑顔。



 朝に弱い内気な勇者。

 精霊の森で一緒に過ごして居た時は、いつも俺が起こしてやった。

 だけど、それも今日で終わりだ。

 今後はこの遺跡に居る誰かが、俺の代わりに起こしてくれる。


 親友役として、勇者を導く旅は終わった。

 俺達の関係は次の段階へと進み、お互いの道を歩み出す。

 グッバイ勇者永久に。俺達の固い絆は、いつまでもフォーエバーな関係で……


「気持ち悪い語りが、口から漏れてますよー」


 そんな俺の妄想をかき消す、聞きなれた声。


「皆が寝て居る隙に旅立とうなんて。相変らず分かり安い人ですねえ。まあ、そのおかげで、こうやって待ち伏せ出来たんですけど」


 ゆっくりと視線を上げる。

 中庭の出口で道を塞いで居たのは、魔法学園の勇者ハーレム。

 やはり、真っ直ぐには旅立てなかったか。


「随分と仰々しいなあ」


 小さく微笑み、勇者ハーレムを見渡す。

 全員がフル装備。

 まるで、今から戦場に飛び出すかのようだ。


「もしかして、力で止めるつもりか?」

「そうですねえ。一応それは最終手段って事にしています」


 なるほど、マジで殺る気なのか。

 どうしよう……今俺回復魔法とか効かないのに。


「最終手段って事は、まだ先にやる事があると言う事だよな」

「あれえ? 随分と弱気なんですねえ」

「流石に皆とは戦えないと言うか……」


 これは、断じて言い訳などでは無い。

 仲の良い人達と戦うのは、誰だって嫌でしょ?

 だから、ここは穏便に話し合いで……


「まあ、そう言うと思ったので、こちらも戦闘以外の手段を用意しておきました」


 うむ! それなら大歓迎だ!

 やはり暴力で物事を解決するというのは、良くない事ですよね!


「ヤマトさーん」


 フランが大声で名を叫ぶ。

 それに少し遅れて、後ろから人の気配。

 予想通りではあったが、暴力以外ならば勇者が相手でも大丈夫だろう。

 ……そう思って居たのだが。


(なん……だと……)


 現れたヤマトの姿を見て、絶句する。


「ミ、ミツクニ君……」


 モジモジしながら、恥ずかしそうな表情でこちらを見て居るヤマト。

 何故、彼女が恥ずかしがってるかだって?

 その理由は……


(女子の制服っっ……!!!!)


 そう。

 今まで男と偽り続けて来たヤマトが。

 男子の制服を着続けて居たヤマトが。

 今は女子の制服を着て居るのだ。


「な、何と言う破壊力……!」

「ふっふっふ、流石のミツクニさんも、これには抗えないでしょう」


 くそっ! 勇者ハーレム共め!

 俺の弱点を熟知して居やがる!


「男と偽り続けて居た女子が、突然の女子化。胸なんかもサラシを外したおかげでふっくらして居て、何よりその恥ずかしそうな表情が……」

「言うな! 言うなぁぁぁぁぁぁ!」


 俺の心が全て読まれている!!


「は、恥ずかしいよぉ……」


 スカートの端を持ち、モジモジする。

 やめろ! やめてくれ!

 これ以上俺の心を掻き回さないでくれ!


 地面をのたうち回って居る俺を見て、ヤマトが唇をキュッと締める。

 そして、改めて真っ直ぐに顔を上げて、精一杯の声で言った。


「……行かないで」


 精一杯。

 俺にだけ聞こえる、ギリギリの精一杯。


「行かないで。ミツクニ君……」


 吐き出すように言って、口を紡ぐ。


「……」


 例え仲間が増えたとしても、大切な人と一緒に居たいという気持ちは変わらない。

 それと、もう一つ。


「ミツクニさんの気持ちは、痛いほど分かります」


 後ろから聞こえるフランの声。


「それでも一緒に居たいと思うのは、間違った感情ですか?」


 その声には、一片の曇りも無い。

 分かって居るさ。

 皆が俺を大切に思ってくれて居る事は、分かって居るんだ。


 それでも、俺は。


「ありがとう」


 感謝の言葉だけを口にする。

 決して謝らない。

 それが、皆に対する俺からの答えだ。


「……」


 黙ったまま俯いているヤマト。

 いつもと違う内巻きの髪が、凄く可愛い。


「……行かせない」


 可愛い。


「ミツクニ君を……絶対に行かせない!」


 可愛い勇者が剣を抜く。

 万の悪魔を一瞬で制した、伝説の神器を。


(……そうですか)


 見つめる瞳に偽りは無い。どうやらヤマトは、本気で俺の事を拘束するつもりのようだ。


「なあ、本当にやるのか?」


 ヤマトを無視してフランに尋ねる。


「そうですね。殺ります」


 あっさりとした答えが返って来る。

 なるほどなるほど。

 結局やるのね。


「……まあ、仕方無いか」


 ふうとため息を吐き、腰の銃を手に取る。

 対峙する勇者と親友役。

 ヤマトと対戦するのは、魔法学園で特訓していた時以来か。


(あの時は、全く勝てなかったなあ)


 思い出す楽しい日々。

 あの頃の俺は、勇者ハーレムを集める事に夢中で、こんな事になるとは考えても居なかった。


 しかし、それは過去の出来事。

 俺達は様々な経験を経て、ここへと辿り着いた。


「良いぞ。いつでも来い」


 だからこそ、戦おう。

 お互いの過去を乗り越えて、前へと進む為に。


「はああああああ!」


 神器を振り上げて突進して来るヤマト。俺はそれを防御する為に、シールドを掲げる。

 ……と、言うのはフェイクで。


(フラッシュシールド!)


 シールドから放たれる閃光。光を直視してしまったヤマトが後退する。


「くっ!」


 引き際に放たれる精霊魔法。

 数百の光の玉が、俺めがけて飛んで来る。


(おいおい、マジで殺す気かよ)


 小さく息を付き、シールドを構える。

 そして、突進して来た全ての玉を、全てシールドで受け流した。


「……そんな」


 虚ろな目でこちらを見て居るヤマト。

 まあ、知らないだろうさ。

 俺が精霊の森で、数百の精霊達と受け流しの練習をして居た事は、ずっと隠してたからな。


「こうなったら……!」


 ヤマトが天叢雲剣を高く振り上げる。

 それは、万の悪魔を止めた神器の大技。


「はああああああ!」


 ヤマトが剣を地面に差し込む。

 地面から突き上がる青き刃。

 その刃に殺傷力は無いが、全ての存在を一瞬で拘束する。


(……当たれば、だけどな)


 しかし、当たらない。

 俺は剣が地面に刺さる瞬間に時間を止めて、ヤマトの後ろに回り込んで居た。


「……そんな」


 銃口をヤマトの背中に向けながら、ふうと息を付く。

 五秒。

 時間を止めた分動けなくなると言う事も忘れて、ヤマトはその場に立ち尽くして居た。


「俺が撃って居れば、お前は死んでたな」


 向けて居た銃をホルスターに戻す。


「ヤマト、忘れるなよ」


 ヤマトの肩をポンと叩く。


「勇者だって、相性の悪い相手が居るんだ」


 これは、親友役から勇者への手向け。

 例え勇者とて、無敵では無い。

 誰かの助けを借りなければ、困難には打ち勝てないのだ。


(……さてと)


 勇者を殺した俺は、出口へと歩き出す。

 悲しそうな笑顔で道を開けるハーレム。

 そして、俯いたままのヤマト。


 皆の横を通り抜けて、静かに振り向く。

 そして、言った。


「必ず、また会えるさ」


 その言葉は、決して虚言では無い。

 俺は勇者の親友役であり、皆は勇者の仲間だ。

 再び会うのは、必然だろう。


「それまでは、さよならだ」


 そう言って、笑う。

 笑う。

 皆も笑う。


 信じる事は望む事。

 望んで居れば、必ずまた会える。

 だから俺は、皆に再び会える事を、心から望み続けよう。

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