第124話 敵前で美味しくご飯を食べるの巻

 悪魔との戦いを終えて、帝都へ向かう山道。

 俺はバイクをダラダラと走らせながら、大きなあくびをする。

 天気は快晴。風は清風。

 昼寝をするには持って来いの気候だ。


「良い天気だなあ……」


 独り言を言って、もう一度あくびをする。

 周りは岩肌に囲まれて居て、いつ悪魔に襲われてもおかしくないというのに、警戒する気力が沸いて来ない。


「大分疲れているようだな」


 そんな俺を見かねたかのように、ヘルメットに乗って居たベルゼが話し掛けて来た。


「やはり、遺跡での戦いが堪えたか?」

「そうだなあ。確かにちょっとしんどかったかな」


 口から言葉が漏れる。


「何と言うか……真面目にやり過ぎた」


 勇者を覚醒させて、万の悪魔を殲滅した戦い。

 俺自身が敵を倒した訳では無いのだが、勇者を覚醒させる為に王道の戦い方をした。

 結果は最良だったが、それによって大分疲労してしまった。


「ヤマトが王道勇者だから仕方ないけど、あれは俺の戦い方じゃないからなあ」


 俺の戦い方。

 それは、アニメや漫画で得た知識を利用した、異世界と言う環境を利用した戦い方。

 簡単に言えば、異世界バトルのテンプレートを逆手に取る戦法だ。


「俺さあ、王道の戦い方って、あんまり得意じゃないんだよな」

「その割には良い働きをして居たが?」

「そりゃあ、ヤマトが王道勇者だからな。日本の王道バトル漫画を知って居る奴なら、誰でもあれくらいはやるさ」


 そう言った後、再びため息を吐く。

 別にヤマトやこの世界の事を、否定している訳では無い。

 ただ、俺が勇者だったら、さっさと手放した神器を回収して、悪魔を瞬殺していたとは思う。

 言ってしまえば、王道は回りくどいのだ。


「王道が嫌いな訳では無いけど、やっぱり俺には向かないんだよなあ」


 ここに来て、改めて思う。

 勇者では無く親友役で、本当に良かったと。


「あぁ……どこかに面白い事でも落ちてないかな」


 不謹慎だと分かって居ながらも、口から本音が漏れてしまう。

 シリアス展開は、正直お腹一杯です。

 そろそろアホな展開が欲しいのです。


「ミツクニ」


 突然ベルゼの声色が変わる。

 それが警戒の合図だと分かった俺は、静かにブレーキをかけてバイクを止めた。


「悪魔か?」

「うむ。五百メートル前方。高い岩に囲まれた場所に居る」

「数は?」

「一体だ」

「こんな人気の無い場所に、一体だけ?」


 不思議に思ったが、相手は行動原理の分からない悪魔だ。何も分からない状況で対面したら、瞬殺される可能性もある。

 俺達はお互いに頷き、バイクを置いて静かに近付く事にした。



 岩肌を縫うように移動して、悪魔が居る高い岩を静かに登る。

 登り切った場所は、見晴らしの良い平地。

 この場所なら迎え撃つ事も出来ると確信した俺達は、ほふく前進で悪魔の居る岩の下を覗き込む。

 そこに居たのは、黒い毛皮を纏った犬型の悪魔。


(あれは……)


 そして、もう一人。

 黒いフードに赤白髪。魔法学園の制服。腰には紅色の双剣。

 彼女の名前は、姫神雫。

 この異世界に召喚された日本人だ。


(やっぱり、こういう運命なのか……)


 キズナ遺跡で初めて会った時から、何となく感じて居た。敵対して居るとはいえ、彼女には何度も出会う事になるだろうと。


(それで、雫は何をして居るんだ?)


 体制を低くして雫を見守る。

 犬型の悪魔を目の前にして、首にかけた笛を口に当てる雫。

 そして……


『ピー! ピッ!』


 テンポ良く吹く。


『ピッ! ピッ! ピー!』


 テンポに合わせて、走ったり止まったりする犬。

 この状況……俺は知って居るぞ?


(ドックランかよ!!)


 悪魔!

 今まで散々人類を脅かした悪魔だよ!?

 何このホンワカした感じ! こういう存在だっけ!?


「はーい。良く出来たねえ」


 褒められて嬉しそうな表情を見せる犬。雫も嬉しそうに犬の頭を撫でてあげる。


「……ベルゼ」

「うむ、理解しかねる」


 ですよね!

 でもまあ面白いから良いか!


「よし……」


 俺は息を吐き、その場に胡坐をかく。


「俺達はご飯にしようか」

「うむ、理解しかねる」


 ベルゼがクルリと一回転する。

 それに笑顔で頷いた後、俺は便利袋から弁当を取り出した。


「いつの間に弁当を?」

「サラが勝手に入れて居たんだ」


 手に持った弁当を足元に置いた後、今度はベルゼ用のオイルを取り出す。


「なるほど。ミツクニが出て行く事を、初めから予測して居たのだな」

「ああ。しかも、サラだけじゃない。ほら」


 地面に降りたベルゼにオイルを渡した後、再び便利袋に手を突っ込む。

 取り出したのは、一枚の手紙。

 そこに書かれていた内容は、こうだ。


『ミツクニさん。予定通りに旅立ってしまい、非常に残念です』


 その筆跡から、フランが書いたというのは一目瞭然だった。


『でもまあ、最初からそうなるだろうと思っていたので、ミツクニさんが見ていないうちに、皆で色々と仕込んでおきました。そのまま教えても面白く無いので、自分で何が変わって居るかを見つけてくださいね!』


 その文章を見たベルゼが数秒黙る。


「……理解しかねる」

「まあ、彼女達の遊び心だろうな。一応裏面に答えも書いてあるみたいだし」

「その状況から加味するに、試されているとも感じ取れるが」

「感じるも何も、その通りだろ」


 遊び心と、彼女達を置いて旅立った事への、小さな復讐。

 そして、俺にとっては、どれだけ彼女達を分かって居るかの試練。

 手紙の主はあのフランだからな。間違ったら次に会った時に殺される。


「それで、ミツクニは全部分かったのか?」

「ああ、まあね」


 ふうとため息を吐いた後、ゆっくりと右手の人差し指を立てる。

 そして、自分の胸を指差した。


「服が変わったのか?」

「いや」


 自分を指して居た指を上下に振る。


「全部だ」


 その答えに対して、ベルゼが右に傾く。


「……理解しかねる」

「だろうな」


 小さく笑った後、改めて説明する。


「要するに、俺が身に着けている物全部だ」

「それは、そのシャツから靴まで、全てという事か?」

「ああ。そうだ」


 黒のロングTシャツ。厚手のジーンズ。黒革に赤紐のスニーカー。その全てが、勇者ハーレムが作ったオーダーメイドだった。


「しかも、それだけじゃない」


 双銃を納めているホルスターを触る。


「このホルスターも新調されているし、袋に入っていたグレネード系の武器も補充されていた。それと、この世界の詳細な地図と、サラが作った大量の食糧と傷薬……」


 変わった所をひたすら並べて行く。

 全てを話し終わるのに、軽く三分はかかってしまった。


「……とまあ、こんな所だ」

「成程。至れり尽くせりだな」


 その言葉に、思わず苦笑いを見せる。


「どうした? 何か不満でもあるのか?」

「いや、不満という訳では無いんだが……」


 苦笑いのまま、貰った服を眺める。


「この衣服なんだが……恐ろしいほどジャストサイズなんだよ」

「それに、何か問題が?」

「……俺は彼女達に、体のサイズを教えた覚えが無い」


 それを聞いたベルゼが少し黙る。


「……気にしない事を推奨する」

「ああ。俺もそうする事に決めた」


 そう、考えてはいけない。

 考えてしまえば、残念な出来事しか思い浮かんでこないから。


「所で、ヤマトからは何か貰ったのか?」


 おっと、そこに気付きましたか。


「あいつは……まあ、良いんじゃないかな」

「彼女は真面目だが、どこか抜けて居るからな。リアルに忘れたのだろう」

「ベルゼ……物より思い出だよ」


 ゆっくりと頷き、遠い目をする。

 もしかしたら、今頃気が付いてオロオロしているかも知れないな。

 だけど、それだけの為に追いかけて来るとかは、絶対に勘弁して欲しい。

 今再開したらどんな空気になるか……勇者なら分かるよね?


(……分からないかも知れない)


 相手はあのヤマトだからな。

 でも、俺は信じている。

 心から信じているぞ(勇者ハーレムが空気を読んで止めてくれる事を)。


「……ひゃあ!」


 突然女性の声が聞こえて顔を上げる。

 視線の先には、こちらに気付いた雫。


「み、ミツクニさん?」


 目を丸めている雫に対して、平然とした顔で手を振る。

 やっとこちらに気付いてくれたか。

 この話中では、もう気付かないかと思ったよ。


「雫。今からお昼にしようと思うんだけど、一緒にどうだ?」

「どうって……」


 オロオロした表情を見せて居る雫。

 前回の戦いで敵対したから、突き放すとでも思って居たのか?

 残念ながら、そんな事で雫を敵視する程、俺は正義感を持ってないぞ。


「そこの悪魔も一緒に連れて来いよ。犬用のご飯もあるから」

「え? ええ……?」


 食事を便利袋に入れてくれたのは、あのサラだからな。全生物に対する食糧が入っているのは、当然だ。


「皆で食べた方が、ご飯は美味しい。そうだろ?」


 そう言って笑う。

 笑う。

 雫も呆れながら……笑う。


「……それじゃあ、頂きます」


 それで良い。

 ここには勇者もハーレムも居ない。

 俺達が戦う理由など、どこにも無い。

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