第39話 白髪のリズ
洞窟の中で一夜を過ごした俺達は、魔物の隠れ里を攻めて来る強硬派に対抗する為に、作戦会議を始める。
ヴォルフが昨日調べて来た強硬派の配置図を石の上に置くと、各々が周りに集まって、作戦の内容を考え始めた。
「今回の作戦は、スナイピングを推奨する」
最初に口を開いたのは、ベルゼ。
「敵は強硬派の集団だが、この動きを見るに、統率が取れて居ると思われる。そういう部隊は、将が負傷すれば撤退する」
「そうだねえ。こちらの戦力も少ないし、それが良いだろうね」
リンクスが同意した事により、獣娘達も黙ってそれに頷いた。
「それで、スナイピングは誰がやるんだ?」
軽い気持ちで尋ねると、全員がこちらを見る。
……まさか、俺ですか?
「確かに俺は、ベルゼにスナイピングを教わったが、動く標的を狙った事は無いぞ?」
「そこは、私がサポートしよう」
「サポートでどうなるものじゃないだろ。それに、テトやパルのように、超感覚を持ってる奴が居るんだから、そいつらに任せた方が良くないか?」
「それは出来ない。何故ならば、彼女達は銃火器を使えないからだ」
それを聞いて、テトを見る。
「じゅうかき? お菓子かにゃ?」
「済みませんでした。俺がやります」
どうやら、最初から選択肢は無かったようだ。
「それじゃあ、スナイピングは俺がやるとして、他の奴らは何をやるんだ?」
「私が率いて、強硬派のかく乱かねえ」
そう言って、リンクスが鼻を鳴らす。
「師匠、隠れ里に味方が居ると言っても、五百人が相手では、厳しくありませんか?」
「何を言ってるんだい? かく乱するのは、ここに居る五人だよ」
その言葉を聞いて、一瞬言葉を失う。
「いや、流石にそれは……」
「隠れ里の奴らは戦闘に慣れて居ないからね。居るだけ邪魔なのさ」
「そこまで言い切りますか……」
そうは言っても、相手は五百人だ。流石のリンクス達でも、百倍の戦力を相手にかく乱など……
「わーい。お祭りだあ」
「楽しみだにゃ!」
「頑張るぴょん」
「お腹減ったがる」
「喉が鳴るねえ」
……関係無いか。魔王とか猫族の長とか居るし。
それ以前に、彼女達がその気になれば、スナイピングとか要らない気もするのだけれど。
「それじゃあ、その作戦で行こう」
色々と突っ込み所があった気もするが、リンクスが大丈夫と言っているので、大丈夫なのだろう。
大まかな作戦が決まったので、話は細かい部分へと進む。
「それで、手順はどうする?」
「そうさねえ……」
リンクスが思いにふけっている横で、ベルゼが上下に動く。
「リンクス達が先んじて奇襲。その隙に我々がスナイピングポイントに移動して、大将を狙撃。それでどうだろうか?」
「悪くは無いが、それだと相手の獣人に、スナイピングを悟られる可能性があるねえ」
「それなのだが……」
ベルゼが便利袋にアームを伸ばし、何かを取り出す。
それは、今までに見た事の無い、青色のグレネードだった。
「昨日皆が寝た後に、特殊な音波が出るグレネードを作成して置いた」
「なるほど、感覚遮断かい。それなら問題なさそうだねえ」
その言葉に対して、首を傾げて見せる。
「感覚遮断したら、師匠達も困るのでは?」
「それはそうだが、それを知って居る者と知らない者では、効き目が違うからねえ」
なるほど。知って居れば、突然感覚を遮断されても、混乱しないという訳か。
だけど、淡々と話すリンクスに対して、他の獣娘達は青ざめて居るぞ?
「テト。不安があるのなら、早めに言っておいた方が良いぞ」
「だ、大丈夫なんだにゃー」
苦笑いで答えるテト。
そうか……相手は猫族の長だもんな。
そりゃあ、反論出来ないよな。
「分かった。じゃあ、それで行こう」
そんなテト達の不安を、俺はバッサリと切り捨てた。
作戦が決まり、各々が洞窟の外へと歩き出す。俺も便利袋からスナイパーライフルを取り出して、ベルゼと一緒に洞窟を出た。
目標の場所に辿り着いた俺達は、地面に寝そべってスナイパーライフルを構える。
視線の先には、強硬派の魔物の軍勢。
くぼんだ通路に広く構えて、ゆっくりと進軍して居るのが見えた。
「まだ少し遠いな」
スコープから目を離して、水を一口飲む。
ここに着いてからそれほど時間は立っていないというのに、とにかく喉が渇く。恐らく緊張から来るものだろう。
「マスター。大丈夫か?」
「大丈夫……では無いかな」
覚悟を決めてここに来たものの、生きて居る相手に銃を向けるのは初めてだ。自分を落ち着かせようと努力はして居るのだが、どうしても手が震えてしまう。
「ベルゼ。こういう時に、何を考えればリラックス出来ると思う?」
「そうだな……」
ベルゼがキュイっと鳴る。
「マスターの性格から考えると、ネガティブな事を考えるのが良いかと思われる」
「残念な提案だけど、適格だな」
「どうだろう。ここは、元の世界に居た時の事を、考えてみては」
「ベルゼ。お前……」
「気にするな。それがベストだと判断しただけだ」
流石は機械。容赦ねえな。
しかし、それは確かに有効かもしれない。
やってみようじゃないか。
(ええと……)
学校。女子からはキモオタ扱いされて、昼食はいつも一人。
街。人混みに紛れて一人。事故にでも遭えば、注目されるかも知れない。
家。家族から冷たい目で見られながら、部屋で楽しく恋愛ゲーム。
(うーむ。来たぜぇ……)
散歩。休日に外に出ると、近所の人に珍しがられる。
買い物。本屋かゲームショップのみ。基本はネット。
運動。下剋上を夢見て部屋で筋トレ。団体戦は苦手で空回り。
「無敵……俺は無敵だ」
「マスター。心なしか存在感が薄くなってきたぞ」
「ふふふ……分かるか? これがジャパニーズぼっちに伝わる遁術だ」
「遁術? 何かの技か?」
「ああ。母国に伝わる身隠しの技だ」
「ふむ、確かにそのような雰囲気を感じる」
そう。あくまでも雰囲気だ。
決して忍者が使う本物の遁術と、同じ扱いにしてはいけない。
「マスター。来たぞ」
ベルゼの声が聞こえて、改めてスコープを覗き込む。それに少し遅れてキーンという高音が辺りに鳴り響き、リンクス達が強硬派の軍勢に飛び込んで行った。
突然の襲撃に混乱する強硬派の軍勢。それを確認しながら、ゆっくりと引き金に指を掛ける。
「マスター。右に三センチ、上に二ミリ」
言われるままに、感覚で腕を動かす。
「三、二、一、アタック」
声と同時に引き金を引く。
高速で撃ち出された弾丸は、スコープの奥に居たミノタウロスの肩を軽々と貫いた。
「次、左二センチ、下一センチ……三、二、一、アタック」
言われるままに銃を動かして、何度も引き金を引く。引き金を引く度に、その弾は相手の駆動部を壊していった。
「ベルゼは俺の感覚を読んで、わざとセンチ単位で誘導してるのか?」
「そうだ」
「凄いな。ドンピシャで狙った所に当たるぞ」
「マスターも良い腕だ。全くブレが無い」
それを聞いて、無表情で微笑む。
「今は神経が死んで居るからな」
「なるほど。良く分からないが、スナイピングには最適のようだ」
「そういう事だから、続きカモーンだ」
「了承した」
俺の壊れたテンションを無視して、ベルゼが淡々と指示をする。
「左三センチ。三、二、一、アタック」
「ばすーん」
「右二センチ、上一センチ。三、二、一、アタック」
「どすーん」
当たる当たる。とにかく当たる。
だけど、神経が死んで居るから、何を撃っているかも分からねえ。
「次、右一センチ、下一センチ」
言われるままに銃を動かす。
「三、二、一、アタック」
声と同時に引き金を引く。
……はずだった。
「……マスター?」
今の状況を忘れて、無言でスコープを覗き込む。
その先に見えて居たのは、こちらを真っ直ぐに見詰めて居る、一人の女子。
肩まで伸びた青白髪。深紅の瞳。小さな唇。
その女子は、俺の良く知っている女子と、全く同じ容姿をしていた。
「リズ……?」
俺の声を聞いて、ベルゼが左右に動く。
「似ているのか?」
「ああ。そっくりだ」
予想外の出来事に、引き金から手を引く。
それに少し遅れて、強硬派が白髪のリズの指揮で統制を取り戻し、撤退して行った。
戦いが終わり、俺達は高台に集まる。
獣娘達は戦いの勝利で浮かれて居たが、俺は戦場で見た白髪のリズの事が気になって、浮かれる事は出来なかった。
「ミツクニ、どうしたんだい?」
リンクスの声で我を取り戻す。
「何でも無い。それより、リンクス達はこれからどうするんだ?」
尋ねると、テトが話に割り込んで来る。
「ヤマトが学園の傍に魔物の村を作ってるから、そこに隠れ里の皆を連れてくにゃ」
「へえ、ヤマトが……」
すっかり忘れて居たが、どうやらヤマトも勇者として色々動いているようだ。
自分から動くようになってくれて、俺は本当に嬉しいぞ。
「それと、さっきヤマトと連絡を取った時に聞いたんにゃが、ジャンヌがミントが消えたのに驚いて、捜索隊を結成して居るらしいのにゃ」
それを聞いて、ゴクリと息を飲む。
(……そうだよなあ。いきなり消えたら、そりゃあ驚くよなあ)
とは言え、これは困ったぞ?
ジャンヌの捜索隊に見つかったら、下手をすれば俺も一緒に連行されてしまう。
「……ミント」
「なーに?」
「リズの事が心配になってきたから、一度学園に帰って貰って良い?」
「うん。分かった!」
うむ。我ながら上手い言い訳だ。
後は、テト達がミントを連れて学園に帰れば……
「またねー」
そう言って、ミントが自ら便利袋に入って行く。
……そういう使い方も出来るのか。
「ベルゼ。あの袋、マジで凄えな」
「いや。あれはミントだから出来るのだろう」
「まあ、そうだろうな」
袋を見詰めながら苦笑いをする。
「それじゃあ、俺達もそろそろ行くか」
ミントの入った袋を背負い、高台の端に置いてあったバイクに乗る。
すると、バイクの荷台に、リンクスがひょいと飛び乗った。
「師匠?」
「ミントが帰ったのなら、次は私の番って事だろう?」
はっと笑うリンクス。
……全く、頼もしい仲間達だよ。
「そういう事だから、後は頼んだよ」
リンクスの言葉を聞いて、テト達が敬礼をする。俺は笑顔でテト達に敬礼を返した後、アクセルを強く回した。
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