第38話 洞窟と肉と獣耳祭
ミントを便利袋から取り出した俺達は、砂漠を越えて鬱蒼とした森へと入る。
ベルゼの話では、この先に魔物の隠れ里があるらしいのだが、幾ら進んでもそれらしいものは見えてこない。
疲れてしまった俺達は、小さな洞窟を見つけて、そこで休む事にした。
夕食を食べ終わり、たき火を囲んで夜を過ごす。ミントは俺の腿を枕にして、眠ってしまっていた。
「……良い夜だなあ」
ミントの頭を撫でながら、洞窟の先に見える綺麗な星空を見つめる。
「魔法学園に居た時は、こんなに長閑な時間は無かったなあ」
「マスターの近くには、いつもリズが居たからな」
その言葉を聞いて、背筋に寒気が走る。
リズ=レインハート。俺を異世界召喚した、この世界の住人。学園ではいつも一緒で、何かある度に鉄球でツッコミを入れて来た。
「……今思うと、あれだけの鉄球を食らって、良く俺は無事だったよな」
「そうだな。あれほどの鉄球を食らったら、普通は無事では済まない」
それを聞いて、俺は少し考える。
もしかして、リズは鉄球を投げる時に、怪我をしない場所を狙っていたのか?
……だとしても、結局は痛かったのだが。
「まあ、あの鉄球のおかげで、回避スキルは上がったかな」
「リズはそれを計算して、マスターに鉄球を投げて居たのではないだろうか?」
「今考えて見ると、そうかも知れないな」
普段はそっけないが、リズはいつも俺の事を考えてくれていた。
そして、この旅に出ようとした時も、真っ先に俺を引き留めたのは、リズだった。
「……もう少し、リズの話を聞いてから、旅に出るべきだったかな」
「そうすれば、旅には出られなかっただろう」
「……だよなあ」
大きくため息を吐く。
俺にとって、リズはとても大切な存在だ。
だけど、彼女と一緒に居ては、彼女に甘えてばかりで成長出来ない。そう思ったからこそ、俺は旅に出る事に決めたんだ。
(そんな事を思って居ながらも、今はベルゼとミントに世話になって居るんだけど……)
鼻提灯を膨らませるミントを見ながら、再びため息を吐く。
結局、何処に行っても、俺は誰かの世話になって居る。
成長する為に旅に出たはずなのに、これでは学園に居る時と、あまり変わらないではないか。
(でもなあ……一人だと俺、貧弱だからなあ)
異世界。魔物と魔法のファンタジー。
俺の住んで居た場所に比べると、死は直ぐ近くに存在している。
(結局は、俺の覚悟が足りないだけ……)
そう思った時、洞窟の入り口でガサリと音がした。
「マスター」
「ああ」
小さく深呼吸をして、懐からスタングレネードを取り出す。
しかし、すぐには動かない。
(ミントが起きないって事は、相手に攻撃の意志が無いって事だ)
攻撃の意志が無いのならば、話し合いが出来るかもしれない。そして、何よりも、こんな狭い場所で戦うのは避けたい。
「誰か居るのか?」
恐る恐る、声を掛けてみる。
すると、ゆっくりとした足取りで、洞窟に人が入って来た。
「……水」
汚れた茶色いドレスを着た、一人の女子。
茶色の長髪。金の瞳。口の端に見える八重歯。
そして……狼耳にフサフサの尻尾!
(狼娘だぁぁぁぁ!)
心の中で叫び、ガッツポーズを決める。
「み、水? 君は喉が渇いて居るのかな?」
「……うん」
「それじゃあ、この水を分けてあげよう」
置いていた水筒を手に取り、狼娘に差し出す。
しかし、狼娘は微動だにしない。
(……そうか。狼だもんな)
狼は猫や兎より警戒心が強い。俺の手から直接受け取る事は無いだろう。
「ほら」
狼娘の近くに水筒を投げる。すると、狼娘はそれを手に取り、色々確認してから水を飲み始めた。
「お前、腹は減ってないか?」
続けて声を掛けると、狼娘の尻尾が左右に動く。それを見た俺は、便利袋から肉を取り出し、串に刺してたき火に当てた。
「少し待ってろよ」
それだけ言って、肉を丁寧に炙る。
やがて、丁度良い焼け具合になったので、たき火から肉を離した。
「ほら」
狼娘に向けて肉を差し出す。
しかし、やはり狼娘は動かない。
「衛生的に良くないから、これは投げられない。何もしないから受け取れよ」
俺を黙って見つめる狼娘。
やがて警戒を解いたようで、俺の横に座って肉を食べ始めた。
「美味いか?」
何も言わずに食べ続ける狼娘。
洞窟。たき火。狼。
ロマン溢れるファンタジーですなあ。
「もっと食うか?」
黙って頷く狼娘。それを確認した俺は、再び袋から肉を取り出して炙る。三度ほどそれが続いた後、次の肉を待って居た狼娘が口を開いた。
「……ヴォルフ=ベルガー」
それだけ言って、尻尾を左右に振る。
なるほど。それが君の名前ですか。
まあ、予想通りではあったがな。
(はーい、勇者ハーレムでーす)
肉をクルリと回して肩を落とす。
大丈夫。もう分かっているさ。
どうせ、この旅で出会う女子も、全員勇者ハーレムなんだろう?
「ほら、焼けたぞ。食え」
例え勇者ハーレムの一角だったとしても、今はただの腹減り狼。だから、それ以上考えずに、黙って肉を焼き続けた。
狼娘のヴォルフを手懐ける為に、黙々と肉を焼き続けている俺。
便利袋のストックを半分ほど焼いた時、ヴォルフの尻尾がピンと逆立つ。
それに合わせて、洞窟の入り口から声が聞こえて来た。
「あれれー?」
聞き覚えのある声に、嫌な予感が過る。
「あー! ミツクニだニャー!」
元気な声と共に現れた女子。
勇者ハーレム、猫娘のテト=キャッツ。
「パル! ミツクニにゃ! ミツクニが居たのにゃ!」
テトの声を聞いて、ゆっくり現れた兎娘。
パル=バニー。勿論、彼女も勇者ハーレムだ。
「ミツクニ! どうしてここに居るにゃ?」
「色々あってな。魔法学園から逃げて来た」
「はは! そうなのかニャー!」
ケラケラと笑いながら近付いて来るテト達。俺が旅に出た事は、知らなかったようだ。
「お前達は、どうしてここに居るんだ?」
尋ねて見ると、パルとテトが当たり前のように、俺の横に座る。
「この近くに魔物の隠れ里があってにゃ。用事があって来たにゃん」
「用事?」
「そうだぴょん」
話に割り込んで来るパル。
それにしても……ぴょん?
パルって、こんな話し方だったか?
「魔物の隠れ里に、強硬派の魔物が攻めて来たと聞いて、助けに来たぴょん」
そう言えば、初めて会った時は、あまり話さなかったからなあ。
だけど、何だろう。物凄く違和感を感じるのだが。
「パル、まさかお前……存在感をアピールしてるのか?」
「そんな事は無いぴょん」
「うん。中々苦しいな」
無表情で見つめて来るパル。
謎の圧力を感じたので、それ以上は追及しない事にした。
「それで、その強硬派ってのは、どれくらい来てるんだ?」
「五百人くらいだがる」
ヴォルフが話に割り込む。
……つか、がる?
「ヴォルフ、お前も……」
「何の事だがる?」
「……いや。良いけど」
ため息を吐き、話を戻す。
「どうしてヴォルフがそれを知ってるんだ?」
「我は隠れ里の偵察隊がる。相手の軍勢を調べて来て、疲れて戻って来たら、お前達を見つけたがる」
「へえ、そうなのか」
結構緊迫した話な気もするが、彼女達の語尾のせいで、それを感じる事が出来ない。
語尾って凄えな。
「それで、どうするんだ?」
「勿論、隠れ里を守るにゃ」
「隠れ里には何人くらい魔物が居るんだ?」
「五十人くらいだにゃ」
「それで勝てるのか?」
「勝てないぴょん」
ですよね。
でも、語尾って便利だなあ。
誰が話して居るのか、目を閉じても分かるぞ。
「そういう事で、子作りをするぴょん」
「おいおい。この話はR15だが、ストレートなのはいけないな」
「滅ぼされる前に増やすぴょん」
「パルが年中繁殖期なのは知っているが、それは今は置いておけ」
俺を無視して、パルが寄り添ってくる。
やめてくれないか。俺は女子に寄り添われるのに慣れて居ないんだ。
「じゃあ! 私もにゃ!」
「我もがる」
三匹娘が寄り添ってくる。
君達……いい加減にしないと、俺が死にますよ?
お前等全員勇者ハーレムだからな!!
「やれやれ、相変らずだねえ」
再び聞き覚えのある声が聞こえて、洞窟の入り口に視線を送る。
そこに居たのは、俺が心から敬愛する、白と茶色のサイベリアン。
全てを見通す猫、リンクス。
「師匠。お久しぶりです」
「長生きの私からすれば、そうでも無いさ」
ゆっくりと近付いて来るリンクス。それに合わせて、三匹娘が俺の側から離れる。
流石は猫族の長。威厳は健在のようだ。
「ミツクニ、リズがカンカンだよ」
「でしょうね。だから、絶対に帰りません」
「はっ! 分かってるじゃないか」
鼻を鳴らして正面に座るリンクス。そして、黄色い目を細めて、真っ直ぐに俺の事を見つめて来た。
「隠れ里の防衛、手伝ってくれるだろう?」
「ええ、勿論です」
リンクスには学園で色々と世話になった。その恩を返す為ならば、例え相手が何百人居ようとも、俺は出向くだろう。
「はっ! 少し骨が折れるかと思って居たが、こいつは楽勝だねえ」
「そうなのかにゃ?」
首を傾げるテトに対して、リンクスが鼻で笑って見せた。
「とにかく、戦いは明日だ。忙しくなるから、今日はもう休むよ」
そう言って、リンクスは丸くなって寝てしまう。他の三人も肉を食べ終わり、各々が眠りに着いた。
肉の残骸を全て片付け終わった後、俺はベルゼに向かって口を開く。
「……なあ、ベルゼ」
「何だ?」
「やっている事が、学園に居た時と変わらない気がするんだが」
「そうだな」
それだけ言って、お互いに黙る。
パチパチと音を立てるたき火。周りで寝息を立てる獣娘達。
色々と思う所はあったが、旅に出たという結果だけを見つめて、それ以上の事は深く考えない事にしよう。
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