第37話 異世界全力坂
砂漠のオアシスで、一人の淫魔に出会った。
その子は町の外れで、男達が喜ぶ店をやっていたのだが、女達に目を付けられて、火炙りの刑にされようとしている。
それを遠目に見ていた男に話を聞いてみたら、本当は助けたいのだが、『魔物』だから仕方が無いと言う事らしい。
……仕方が無いって、何だ?
「なあ、ヒバリ。もしお前が魔物に助けられたら、お前はどうする?」
「お礼をします」
「それじゃあ、そいつがお前を助けたせいで、殺されそうになったら?」
「助けます」
「だよなあ」
これが、魔法学園で魔物達と一緒に過ごしてきた、俺達の普通の会話。しかし、この世界に住む普通の人間には、この会話が成立しない。
何故ならば、魔物は人間の敵と言うのが、この世界の常識だからだ。
「そういう事だから、助けるぞ」
広場から離れた人気の無い通路で、俺達は作戦会議を始めた。
「それで、助ける方法なんだが、流石に普通に突っ込んだらヤバいだろうな」
「そうですね。あの様子だと、途中で捕まったら死罪。逃げ切っても指名手配でしょう」
「そういう事だから、これだ」
俺は便利袋に手を突っ込む。
取り出したのは、赤いニットの目出し帽。
「これは、俺が開発した(事にしておいた)顔を隠す為のマスクだ」
「なるほど。これなら、顔を見られませんね」
「ああ、今回は仕方ないが、絶対に悪い事には使うなよ」
そう言って、ヒバリに無理やりマスクを被せる。ヒバリはフガフガと鼻を鳴らした後、開いている穴から目と口を出した。
「それで、次は助ける方法だが……」
「マスター」
声が聞こえて空を見上げると、偵察に行っていたベルゼが戻って来た。
「どうだった?」
キュイっと音を鳴らして話し始める。
「広場は相変らず女達に囲まれている。淫魔が繋がれて居る十字架は頑丈で、鎖もかなりの強度だ。切るには時間が掛かるだろう」
「そうか。それは困ったなあ」
少しであれば時間を稼げるが、その時間で鎖を切る道具は持って居ない。そうなると、作戦を成功させるには、高速で鎖を切る何かを調達する必要がある。
「何か良い物があれば良いんだが……」
小さくため息を吐き、ベルゼから貰った便利袋を掻き回す。
すると、俺の腕に何かが巻き付いて来た。
(……んん?)
不思議に思い、そのまま袋から取り出す。
そして、その腕に付いて来たものを見て、俺は言葉を失った。
「みつくに!」
俺の腕に巻き付いて来た者。
ロリっ子魔王、ミント=ルシファー。
「わーいわーい。みつくにだぁー」
無邪気な笑顔で抱き着いて来るミント。
……うむ。感動的な再開だ。
「ベルゼ」
「何だ」
「お前のくれた袋……本当に凄いな」
「喜んでくれたようで嬉しい」
満足そうにベルゼが上下に動く。
言いたい事は沢山あるが、ご都合展開は異世界の常識。ここは何も言わずに、現状を受け止めよう。
「とりあえず、これで鎖を切る問題は解決だな」
ミントの頭を擦りながら頷く。
「後は脱出の方法だけど……」
「それについては、私から提案がある」
ベルゼが解説を始める。
「この広場の先に、上り坂として利用出来るオブジェがある。そこから一定の速度を出して飛べば、町の外へと出る事が出来るだろう」
「なるほど。速度か……」
改めて仲間達の事を見回す。
「それなら、大丈夫そうだな」
俺自身は速く無いが、ベルゼに借りているバイクがある。そして、ここには何よりも、魔法学園最速であるヒバリが居る。
これで、全ての問題は解決だ。
「それじゃあ、準備するか」
俺の言葉に全員が頷き、各々が作戦に向けて準備を始めた。
中心街から少し離れた場所で、俺とヒバリが屈伸運動をする。視線のずっと先には、今にも火炙りが始まりそうな広場。俺達が突入する作戦の舞台だ。
「なあ、ヒバリ」
「何ですか?」
「ごめんな。俺の勝手に巻き込んじまって」
ヒバリがキョトンとした表情を見せる。
「私、別に巻き込まれていませんよ?」
「でも、お前は俺を追って来ただけで、こんな事をする必要は……」
ヒバリが両手で俺の口を塞ぐ。
「先輩がやりたい事は、私のやりたい事です」
そして、ニコリと微笑む。
全く……本当に可愛いなコンチクショウ。
(大丈夫。大丈夫だ……)
胸に手を押し当てて、心を落ち着かせる。
俺は異世界出身の貧弱キモオタだ。途中で妨害されて攻撃を食らえば、即死もあるだろう。
だけど、それでも恐れてはいけない。
心の思うままに、自分のやりたい事を貫くんだ。
「行くぞ!」
掛け声と共にミントがヒバリの背中に貼り付き、姿勢を低くする。それを確認した後、俺はバイクのアクセルを強く回した。
「作戦開始!」
声と同時にバイクが走り出し、それに少し遅れてヒバリも走り出す。
「どけどけぇぇぇぇ!!!!」
中央通路を走りながら大声で叫ぶ。その声とバイクの音に驚いた通行人が場所を開けて、広場へ続く一本道が出来る。
「おおおおおおおおお!」
広場に出た瞬間、俺は腰に巻いて居たスモークグレネードを落として、煙を巻き上げながら高台に続く階段を駆け上がった。
「ヒバリ!」
後ろに居たヒバリが煙の中を駆け抜ける。
高台に辿り着いたヒバリは、背中に背負っていたミントを放り投げ、ミントは空を飛びながら十字架と鎖を切り払った。
「全員走れぇぇぇぇ!」
俺の声と同時に全員が走り出す。
後輩。ロリっ子。捕まって居た淫魔。
坂を上る度に体が上下に揺れ動き、それに合わせて胸も揺れる。
(これが……全力坂か)
目の前の光景を目に焼き付ける。
ある程度堪能した後、俺はバイクのスピードを落として、三人の間に割って入った。
「先輩!」
ヒバリが走って居る淫魔の腕を掴み、こちらに向けて投げる。淫魔はふわりと空を飛ぶと、背中にしがみ付いて来た。
「よぉぉし! ずらかるぞぉぉぉぉ!!」
ヒバリがミントを背負うと同時に、スモークグレネードを落とす。
鬼の形相で追って来る女の軍勢。煙に紛れて坂を上る俺達。
その距離は、どんどん離れて行く。
(行ける! 行けるぞ!)
坂の終わりが見えてくる。
その先は、何も無い綺麗な青空。
(行けるんだけど……! ここから飛んだら、俺死ぬんじゃね!?)
うっかりしていた。
バイクで空は飛べる。
だけど、飛ぶだけで着地は出来ない。
「忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
声と同時に、俺達は町から飛び出す。
頬を抜けて行く温かい風。視線の先に広がる大きな青空。
俺は今日……空を飛んだ。
「飛行モード」
バイクからアナウンスが聞こえて、タイヤが横に変形する。
次の瞬間、車輪から青い光が放たれて、バイクはそのまま空中を駆け抜けた。
「便利過ぎるだろ!」
流石はベルゼが出した秘密道具。異世界特有のご都合主義も、ここまで来れば行き過ぎだ。
「おおおおおおおおおお!」
ゆっくりと下降して、砂の地面が近付く。地面に着地すると同時に、俺はブレーキをかけてその場に停止した。
救出作戦は終わり、皆が俺の周りに集まる。
砂埃でボロボロの五人。
だけど、皆笑顔だった。
「上手く行ったな」
ヒバリが手を差し出して来たので、その手をパチンと鳴らす。
ハイタッチ。どうやらこの異世界にも、その風習はあるようだ。
「あの……」
声が聞こえた方に振り返ると、モジモジしながら俺を見上げる女性が一人。
薄ピンクの髪。黒のビキニスーツ。殺人的な胸。
淫魔、サキュ=バリオン。
「助けて頂いて、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるサキュ。
なるほど。彼女は清楚系の淫魔なのか。
「このご恩は一生忘れません」
「気にしないで下さい。俺達がやりたくてやっただけですから」
「ですが……」
両腕で大きな胸を挟み、モジモジとする。
流石は淫魔。鼻血が出そうです。
「それよりも、サキュさんは行く当てはあるんですな?」
「……」
何も言わずに俯くサキュ。
こんな砂漠で店をやって居たんだ。近くに身寄りなど居ないのだろう。
「ヒバリ」
横で水を飲んで居たヒバリに声を掛ける。
「サキュさんを魔法学園に連れて行ってくれ」
それを聞いたヒバリが、水を吹き出した。
「わ、私がですか!?」
「そうだよ。お前意外に誰が居る?」
「先輩が居るじゃないですか!」
「だから、俺は学園に帰る気は無いんだよ」
しかし、サキュは学園に行かなければならない。
何故ならば、勇者ハーレムの一角だから。
(ったく、ここまで付き纏ってくるかね)
親友役に疲れて学園を飛び出した俺。しかし、どうやら勇者ハーレムを作る宿命からは、逃げられないようだ。
「サキュさんを連れて行けば、リズも納得してくれるから。頼むよ」
「……本当ですか?」
「これだけは間違いない。俺が保証する」
俺が保証した所で、ヒバリが帰ってくれるとは限らない。
それでも、ヒバリは……
「分かりました!」
ニコリと笑って了承してくれた。
旅立つ準備が整い、ミントを後ろに乗せてバイクに跨る。
「ヒバリ、色々とありがとうな」
「いえいえ。先輩の頼みですから」
俺は微笑み、ヒバリの頭をポンと叩く。
ヒバリはふふっと笑った後、口を開いた。
「先輩。今回は私でしたけど、これからも誰かが先輩を追って来ると思います」
「だろうなあ。あのリズが、俺を放って置くとは思えないし」
「いいえ、リズ先輩だけじゃありませんよ」
それを聞いて首を傾げる。
リズだけじゃない?
魔法学園が大変な状況で有りながら、リズ以外に俺を連れ戻したい人間が居るか?
(……深く考えないようにしておこう)
何となくは想像は出来るが、それが当たって居たら怖い。
今はとにかく、旅を続けよう。
「それじゃあ、またな」
ヒバリに挨拶して砂漠を走り出す。
親友役に疲れて、魔法学園を飛び出した。
仲間も一人増えて、楽しい旅は順調だ。
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