異世界放浪編

第36話 後輩とオアシスの淫魔

 勇者ハーレム集めに疲れて、魔法学園を飛び出してから三日。俺はベルゼの用意してくれたバイクに乗って、ひたすら道を走り続けた。

 そのお陰で、俺達は魔法学園から大きく距離を空ける事に成功して、追手を差し向けられても、当分追い付けない場所まで辿り着く事が出来た。

 しかし……


(これは……)


 目の前に広がる景色を見て、言葉を失う。

 照り付ける太陽。サラサラと揺れる砂。生物の気配が感じられない環境。

 そう。ここは……砂漠だ。


「なあベルゼ。これ、まずくないか?」

「そうだな。このまま闇雲に進んでも、飢え死にするだけだろう」

「だよなあ。食料のストックも少ないし」


 背負って居たバックを下ろして食料を確認する。

 中に残っていたのは、燻製肉の欠片と少々の野草のみ。これから砂漠を渡るには、余りにも乏しい内容だった。


「とは言え、戻るのは危険だしなあ」


 追手が来て居るとは限らないが、もし来て居たら距離を一気に詰められる。そして、俺は貧弱なので、一度捕まったら逃げられない。

 まさに、八方塞がりの状態とはこの事だ。


「ベルゼ、何とかならないかな?」

「何でも人に頼るのは良くない」

「それはそうだが、俺はまだ捕まりたくないんだ」


 俺の困った表情を見て、ベルゼが上下に動く。


「仕方無い」


 そう言って、ベルゼが一回転する。

 次の瞬間、俺の前にバスケットボールくらいの大きさの袋が現れた。


「これは、容量に関係無く物が入れられる、とても便利な袋だ」

「ロールプレイングゲームとかのあれか!」

「こんな事もあるのではと思い、魔法学園に居る間に、食糧を集めて入れて置いた」

「お前本当に凄いな!」


 どこかの便利ロボットを思わせるベルゼ。何はともあれ、これで当面の食糧難は回避出来たようだ。


「それじゃあ、砂漠越えと行きますか」


 貰った便利袋をバイクの後部に括り、駆動スイッチを入れようとする。

 その時だった。


「……ぱーい」


 どこからか、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「……せんぱーい」

「俺には聞こえない。聞こえないぞ」

「せんぱーい……!」

「これは幻聴。砂漠の幻聴だ」

「せんぱーい!」


 すさまじい勢いで大きくなる声。

 その声は、上の方から聞こえていた。


「マスター。その位置は少し不味い」

「だな。バイクを動かしておこう」


 駆動スイッチを入れて、五メートルほど前方にバイクを動かす。


「先輩!!!!」


 着地と同時に砂埃。辺りが見えなくなる。

 やがて、全ての砂煙が消えた時、その中心に見覚えのある女子が立って居た。


「やっと見つけました!」


 赤色ショートカット。小麦色の肌。健康的な足。

 魔法強化人間後輩、ヒバリ=タケミヤ。


「ヒバリ……誰の差し金だ?」

「リズさんに頼まれました!」


 やはりリズか。素晴らしい人選だ。バイクのスピードに生身で追いつける人間なんて、魔法学園では彼女くらいだろう。


「さあ先輩! 帰りましょう!」


 笑顔で言って、俺を拘束しようする。

 しかし、ヒバリはそのままバランスを崩して、砂の上に倒れてしまった。


「大丈夫か!」


 慌てて抱えると、ヒバリが震える手で天を仰ぐ。


「み、三日間走り続けて来たので……お腹が減りました……」

「そりゃそうだろ」

「それと……体が重いです……」


 その症状に心当たりがある俺は、ヒバリのおでこに手を触れる。

 どうやら、少し熱があるようだ。


「ったく……無理すんじゃねえよ」

「すみません。でも、どうしても先輩に会いたくて……」


 へへっと笑うヒバリに対して、俺は大きなため息を吐く。

 全く……可愛い後輩だぜ!


「ベルゼ。近くに町は?」

「砂漠の中央にオアシスがある。学園と距離を空けるのにも、丁度良いだろう」

「そうか。それじゃあ、そこに行こう」


 俺はヒバリを背中に巻き付けると、バイクに跨がり砂漠を走り出した。



 オアシスの入り口に辿り着き、バイクから降りてヒバリをおんぶする。

 オアシスに入って辺りを見回すと、近くに食堂があったので、そこで食事を取る事にした。

 テラスの席に座って待って居ると、メイドのような制服を着た店員が現れる。


「ご注文は?」

「パスタとハンバーグとサラダとアイスと……!」


 俺を無視して注文しまくるヒバリ。

 ……熱があるんじゃなかったのか?


「……で、お願いします!」

「かしこまりました」


 注文を聞き終えたウエイターが、店の奥へと引っ込む。少しすると、次々に料理が運はれて来て、ヒバリは我を忘れてそれを食べ始めた。


(この小さい体のどこに入ってるんだ?)


 飲み物のように、腹の中に納まって行く食事。きっと彼女の腹にはブラックホールがあって、それを利用して体中に栄養を運んでいるのだろう。

 全ての食事を食べ終わると、ヒバリが満足そうにお腹をさすった。


「はあ……お腹いっぱいです」

「それは良いけど、会計は誰がやるんだ?」

「ごちそうまでーす!」

「やっぱり俺か!」


 色々と言いたい事はあったが、ヒバリもリズに命令されて俺を追い掛けて来たので、大人しく食事代を全て出すことにした。

 食事が終わった俺達は、元気になったヒバリを引き連れて、オアシスの中心街を歩く。

 道中には様々な屋台があり、見ているだけで飽きの来ない町並みだった。


「先輩! 凄いですね!」

「ああ、凄いな。こんな賑やかな場所は初めてだ」

「私もです!」


 嬉しそうにはしゃぐヒバリ。そんな彼女の姿を見て、少しだけ緊張する。

 何かこれ、デートみたいじゃない?


「何かデートしてるみたいですね」


 考えて居た事をヒバリに言われてしまい、思わずせき込んでしまった。


「……あ、あのなあ。俺は今逃亡中で、お前は追手なんだぞ」

「あ、そうでしたね!」


 そう言うと、ヒバリがクルリと回って、俺の前に立ちふさがる。


「それじゃあ、帰りましょう!」

「待て待て。お前は俺の金で回復したんだぞ? 恩は無いのか?」

「恩はありますが、先輩を逃がしたら、リズさんに殺されます!」

「そうだな。それは否めない」


 恩を返す為とは言え、リズとの約束を破るのは、俺でも怖くて出来ない。


「まあ、俺がどんなに頑張った所で、元気になったヒバリからは逃げられないんだから、少し町を散策してから帰ろうぜ」

「そうですね! そうしましょう!」


 ハッキリと言い切られて悔しかったが、事実は事実だ。完全回復した彼女を撒くのは、絶対に無理だろう。だから俺は、ゆっくりと時間を掛けて、彼女の隙を作る事にした。



 オアシスの中央通路を抜けると、目の前に大きな広場が現れる。

 そこには沢山の人が集まっていて、何やら行事が行われて居るようだ。

 不思議に思ってその中心を凝視すると、そこには不穏な光景が広がっていた。


(あれは……)


 中央に設置された十字架に、磔にされている人間。そして、その下にくべられている薪。

 その光景は、どう見ても魔女の火あぶりだった。


「ショッキングな場面に出くわしてしまったな」

「あ! 磔にされてる魔物! あれ淫魔ですよ!」


 何! 淫魔だと!?

 それは、人間の精気を吸ったりする、あのエッチな魔物か!?


「よし、もう少し近付いてみよう」


 浮付いた気持ちを低い声で隠した後、ヒバリと共に高台へと近付く。高台の下に辿り着くと、上に居た司祭らしき人物が話し始めた。


「今からこの淫魔について、裁判を始める!」


 司祭の大声を聞き、静かになる広場。


「淫魔、サキュ=バリオン! 彼女は町の端に淫猥な店を作り、男達から精気を吸い取っていた! そのせいで町の労働力は落ち、発展の大きな妨げとなった! よって、この場で判決を下す!」


 広場に居た人間達が声を上げる。


「死刑! 死刑! 死刑……!」


 地を揺らす程の黄色い声。

 良く見たらこれ、女ばかりじゃないか?


「静粛に!」


 司祭の声で再び静かになる。


「刑は決まった! 広場に集う者達の判決により! 彼女は火炙りの刑とする!」


 それを聞いて、広場に黄色い歓声が上がる。

 皆とても嬉しそうだな。

 だけど、何だろう。この光景には大きな違和感があるぞ?


「なあ、ヒバリ」

「何でしょうか」

「この町の男達は、どこに居るんだ?」

「え? 居ますよ。ほら、広場の端に」


 言われるままに端を見ると、通路の陰に男達の影が見える。気になったので、俺はその男達に話を聞いてみる事にした。

 広場の端に辿り着き、座って居た若い男に声を掛けてみる。


「なあ、少し話を聞きたいんだけど」

「……何だ?」

「あのサキュって淫魔。そんなに悪い事をして居たのか?」


 尋ねてみると、男が俺達を通路の陰に誘い、小声で話し始めた。


「サキュはな。砂漠と言う何も無い場所で、俺達に安らぎを与えてくれて居たんだ。悪い事なんて何もしてねえよ」

「でも、死刑になりそうだけど」

「ああ、女達が気に入らないみたいでな。本当は助けてやりたいんだが、あれだけ集まられちゃあ、どうにもなんねえよ」


 男がため息を吐く。


「ま、あいつも魔物だからな。仕方ねえ」


 その言葉を聞いて、俺の鼓動が大きく鳴る。

 魔物だから……だと?


「教えてくれてありがとう」


 湧き上がる怒りを抑えながら、通路を抜けて広場へと戻る。

 目の前に広がるのは、狂気に身を任せて叫ぶ女達と、抱え挙げられて恍惚とした表情を浮かべている司祭。

 はっきり言って、見て居て気分が悪い。


「マスター、どうする?」

「助ける」

「了解」


 短い会話。

 だけど、俺達の覚悟は既に決まっていた。


「ヒバリ。お前はどうする?」

「先輩がやる気なら手伝いますけど、助けたらこの町の女子が全員敵になりますよ?」

「大丈夫。上手くやるから」


 それを聞いて、黙って頷くヒバリ。


「それじゃあ、行くか」


 広場を後にして、俺達は歩き出す。

 魔物だから仕方ない。それが、この世界の人間と魔物の関係。

 しかし、そんな事は、異世界人の俺には関係の無い事だ。

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