第40話 ギャップは卑怯だと思う

 魔物の隠れ里を救った俺達は、リンクスを仲間にしてバイクで旅を続ける。

 次に訪れたのは、魔物と人間の過ごす場所の国境線。

 ここでは、中立を保っている魔物と人間が、共同で小さな町を作っていた。


 宿屋で交渉して厨房を借りた俺達は、道中で狩った獲物を使って料理を作る。

 路銀があれば宿屋で食事も取れたのだが、砂漠で後輩に会った時に奢りまくってしまったので、節約をする事にした。

 料理が出来上がり、それを持って宿屋の食堂に行くと、端の席が一つだけ空いていたので、そこで食事にする事にする。


「いただきます」


 両手を合わせて掛け声を言った後、肉にかぶりつく。

 久しぶりの机での食事。心なしか美味く感じる。リンクスとベルゼも、各々にミルクやオイルを補給していた。


「それにしても、ここは凄いな」


 ぽつりと言って、周りを見渡す。

 人間、獣人、亜人、ゴーレム、スライム……相容れないはずの種族達が、各々にテーブルを囲んで食事している。


「生きている限り、食事は必要だからねえ。戦が始まれば各々の領地に戻るが、ここでは誰も争おうとしないのさ」

「へえ、やっぱり最前線には、最前線の事情があるんだなあ」


 感心しながら肉をかじる。

 ここは、俺が思っている理想の場所に、とても近い気がする。

 流石に各陣営が同じテーブルを囲んで居る事は無いが、いつかここに居る全員が、笑って食事出来るようになれば良いと思った。


 食事が終わり、食器を洗って食堂へ戻る。

 今日は食後のデザートに、豪華な果物の盛り合わせを用意してある。

 それは、魔物の隠れ里を助けた時に、お礼として貰った品だった。


「うん、とても美味しそうだ」


 舌なめずりをして、果物に手を伸ばそうとする。しかし、周りの視線に気が付き、一度手を止めた。

 

(……もしかして、皆も食べたいのか?)


 チラチラとこちらを見ている魔物達。やはり、この果物に興味があるようだ。

 それならば、俺の取る行動は一つだ。


「皆で食おうぜぇぇぇぇぇ!!」


 俺の言葉を聞いて、周りが静かになる。


(おっと? 頑張り過ぎたか?)


 冷たい視線を向けて来る魔物達。

 やばいです。殺されるかもしれないです。


「ええと……俺達だけじゃ食べきれないし、皆で食べた方が美味しいから……!」


 苦しい言い訳だ!

 だけど、押し切らないと殺られる!


「だから! 皆で……!」


 続けて言おうとした、その時だった。

 食堂の入り口から一人の女子が現れて、ゆっくりとこちらに向かって来る。

 そして、俺達の机の前でピタリと止まり、言った。


「食べても良いのか?」

「……ああ、どうぞ」

「そうか。では、頂こう」


 女子がリンゴを一つ取って頬張る。


(この人は……)


 肩まで伸びた青白髪。深紅の瞳。小さな唇。戦場で出会った、リズにそっくりな女子だった。


「うむ、毒は入って居ないようだな」


 白リズがそう言うと同時に、魔物達が集まって果物を食べ始める。それに合わせて人間達も果物を食べ始めて、食堂は一気に果物パーティーと化した。

 どんどん減っていく果物に気分を良くした俺は、袋に入れていた食料やジュースを出しまくり、皆に振る舞う。

 食堂全体に食べ物が行き渡った所で、俺はやっと一息付いた。


「ふう……」


 部屋の端にある椅子に座り、沸き立つ食堂を眺める。

 種族に関係無く、振る舞った物を美味そうに食べて居る、魔物や人間達。

 これこそ、俺の望んで居た光景だった。


(やっぱり、出来るじゃないか)


 世界に蔓延る人間と魔物の対立。魔法学園に居た時は、誰しもが和解は難しいと言って居た。

 だけど、実際はどうだ?

 俺は食べ物一つで、ここに居る人達の仲を緩和させる事が出来たぞ。

 方法なんて、探せば幾らでもあるんだ。


「賑やかになったな」


 横に座り、緑茶をすする女子。俺は小さく笑った後、彼女に声を掛ける。


「貴女がきっかけを作ってくれたおかげだ。ありがとう」

「気にする事は無い。それより……」


 緑茶の入ったカップを机に置き、赤い目で俺を見上げる。


「お前は、隠れ里侵攻の時に居た男だな」


 そう言って、真っ直ぐに見つめて来る。やはり、あの距離でも俺に気付いて居たのか。


「どうしてあの時、私を攻撃しなかったのだ?」


 彼女は強硬派の人間だ。情報を提供すると、今後不都合が起こる可能性もある。

 それでも、俺は正直に話す事にした。


「君が俺の知っている人に似ていたからだ」

「それは、リズ=レインハートの事か?」


 その名前が出るとは思わなかったので、目を丸めてしまう。


「……リズと知り合いなのか?」

「知り合いも何も、リズは私の双子で妹だ」


 あっさりと言われてしまい、言葉を失う。


「私の名は、ウィズ=サニーホワイト。強硬派の領主の娘だ」


 丁寧に挨拶をするウィズ。

 それを聞いた俺は、一つの事に気が付いてしまった。


「リズも魔物と人間のハーフって事か?」

「そうだ。サニーホワイト家の領主と人間の間に出来た、忌子だ」


 衝撃の事実。

 あまりの衝撃に、苦笑いを返す事しか出来なくなってしまった。


「所で、君の名前は?」

「……あ、ああ。俺はミツクニ。ミツクニ=ヒノモトだ」


 ウィズが大きく目を見開く。


「ミツクニ=ヒノモト……」

「俺の事を知っているのか?」

「ああ。数カ月前に、魔法学園に侵入した強硬派の子供が、無傷で帰って来てな」


 それを聞いて、その時の事を思い出す。

 第二次世界崩壊。その最中で、俺は強硬派の魔物に背中を刺されたのだが、捕らえずに国に返した。


「そうか……お前がそのミツクニなのか」

「もしかして、俺は強硬派で有名人?」

「うむ、自分が刺されておきながら、捕虜を無償で返した大馬鹿野郎と評判だ」

「こっちでも不評かい!」


 残念な事実を知り、ガクリと肩を落とす。それを見たウィズは、ふっと笑って緑茶を一口飲んだ。


「まあ、そうだな。無償で捕虜を返し、戦場では敵を簡単に逃がし、ここでは自分達の食事を無償で振る舞っている。普通に考えれば、馬鹿としか言いようが無い」

「ああ。そうだよ。俺は大馬鹿なんだ」


 言った後、やれやれとため息を吐く。


「だけどな、俺は後悔してないぞ。ほら、見ろよ」


 ウィズが首を傾げて周りを見る。いつの間にか、人間と魔物達が同じテーブルを囲んで、楽しそうに話をしていた。


「魔物も人間も、一緒に楽しくなれるんだ。それを違う種族だからっていがみ合うのは、どうしても許せない」


 その言葉に対して、ウィズが鼻で笑った。


「ミツクニの言っている事は、偽善だな」

「偽善じゃねえよ」


 俺が望む事。俺がやりたい事。それは、偽善なんて優しい言葉じゃない。


「ただの我儘だ」


 そう。俺がそうしたいだけ。

 世界がどうあろうかなんて、知った事じゃない。


「文句あるか?」


 真剣な表情でウィズを睨み付ける。

 少しの沈黙。

 やがて、ウィズの口元が緩む。


「ふふ……」


 口元がゆっくりと上がり、小さな口がぽっかりと開いた。


「あはははは……」


 まるで子供のように、無邪気に笑う。

 リズと同じ顔で無邪気とか……あり得ないだろ。


「ミツクニは……面白いな……」


 大体な、最初から思ってたんだよ!

 リズと同じ顔で真面目だったり、可愛く笑ったり……ギャップ萌えだろうが!


「はあ……笑ったぁ」


 良かったね。楽しくて。

 俺も貴女の可愛い笑顔を見て、今にも萌え死にそうです。


「なあ、ミツクニとリズは、どういう関係なんだ?」


 それを聞いて、腕を組んで考える。


「同じクラスで主従関係で許嫁で……」

「良く分からないな」

「ああ。正直、俺も良く分からない」

「だが、それなら問題なさそうだな」


 それを聞いて首を傾げる。

 すると、ウィズはフフッと笑ってから、満面の笑みで言った。


「私の恋人になってくれ」


 言った。

 ……

 ちょっと待て。


「ここここ恋人!?」

「ああ。お前に惚れた」

「そんなストレートに言われても……」

「何でだ? 気に入ったら付き合いたいと思うのは、当然だろう?」

「それはそうだけど……」


 そこで、俺はハッとする。

 もしかして、このパターンは……


(ウィズも勇者ハーレムの一角……)


 高鳴る鼓動を押し殺し、震える手でハーレムリストを確認する。

 ほらな。やっぱりリストに……


「名前が無い!」

「何だ? そのリストは?」


 ウィズが身を寄せてリストを覗き込む。

 やめなさい! ドキドキしちゃうから!


「う、ウィズさん……何でも無いので、少し離れて頂けないでしょうか」

「さん付けなんて、つれないな。呼び捨てで呼んでくれよ」

「し、しかしですね。俺達はまだ、会って間もない訳でありまして……」

「関係無い。これは、運命だ」


 ウィズが俺の腰に手を回す。

 ああ……とても良い香りがします。

 でも、何故だろう。

 彼女に触れられる度に、リズの怒った顔が頭の中に浮かんで来るよ?


「と、とりあえず、離れてくれ」


 ウィズの手を握って腰から離す。

 ウィズは素直に座り直すと、改めて無邪気な笑顔を向けて来た。


(ああああああ! 死ぬ! 理性が死ぬ!)


 可愛い! リストに名前が無い! 俺に好意を持ってくれている!

 つまり、恋人同士になっても大丈夫!

 だけど! それなのに……!


「……ごめん、ウィズ」


 ポツリと言って、視線を落とす。


「ウィズの事が嫌いな訳じゃない。どちらかと言えば、好きだと思う。だけど、今はまだ、答えを出す事が出来ない」


 正直な気持ちをウィズに伝える。すると、ウィズは小さく頷いてくれた。


「分かった。今は我慢する」

「ごめん」

「でも、好きなのは変わらない」


 ウィズが立ち上がる。


「私は、ミツクニの事をもっと知りたい。だから、必ず生きてまた会おう」


 不意打ちで頬に口づけをして、食堂から出て行くウィズ。その凛とした姿は、追いかけたくなるほどに綺麗だった。

 人間と魔物が楽しく食事をしている中で、俺は一人で時間を失う。

 

「……師匠」

「なんだい」

「俺、どうすれば良いんでしょうか」


 リンクスがはっと笑う。


「あっちが惚れてんだ。好きにすれば良い」

「でも、倫理とか、周りの目とか……」

「おや、お前は周りの目を気にするような奴だったのかい?」


 そう言えばそうだ。

 俺は周りの目なんて気にせずに、やりたい事をやって居る。


「お前があの娘を大切に想えたのなら、それで良いんだよ」


 それだけ言って、リンクスはいつものように鼻を鳴らした。

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