第41話 シスターと猫師匠の倫理講座

 勇者の親友役として異世界召喚された俺。

 親友役として勇者ハーレムを集めながら、そのハーレム達の可愛さに魅了されて、勇者に嫉妬し続けて来た。

 きっと、親友役で居る限り、勇者の事を嫉妬し続けるのだろう。

 そう思っていたのに……


(まさか、こんな事になるとは……)


 魔物と人間の国境をバイクで走りながら、小さくため息を吐く。


 昨日、俺はウィズという女性と出会った。

 その女性は、恩人であるリズの双子の姉で、とても綺麗な女性だった。

 そんな彼女が、モブである俺の事を、好きだと言ってくれた。


「いや、俺も好きだよ。好きだけどさ……」


 頭に浮かんだ言葉が声に出てしまう。


「それは何と言うか、リズの面影があって、それに対してのギャップもあるからで、会ったばかりで何も知らない状態で、恋人同士ってのもどうかと思うし……」


 ハッキリ言って、これは言い訳だ。だけど、言わずには居られない。


「大体、俺にはリズという許嫁が……まあ、偽だけど。つか、偽なんだよな。べ、別にあいつの事が好きって訳じゃ無いし? それ以前に、今の状況はヤマトと同じじゃないか? そうなると、俺もヤマトと同じで……」

「前見な! 死ぬよ!」


 リンクスの言葉で我に返る。すると、目の前に突然崖が現れた。


「おおおおおおおお!」


 バイクを横に滑らせながら、両足で無理やりブレーキを掛ける。バイクは崖ギリギリの所で、何とか止まってくれた。


「あ、危なかった……」

「色ボケしてるんじゃないよ、全く」


 リンクスがため息を吐き、荷台から地面へと降りる。俺もバイクを戻して止めると、崖の前にゆっくりと座った。

 大きく深呼吸をして、頭の中にある色恋沙汰を、空の彼方へと吹き飛ばす。

 そんな時、誰かの声が耳に入って来た。


「……さーい」


 下の方から声が聞こえたので、恐る恐る崖の下を覗き込む。


「助けて下さーい」


 視線の先に見える一人の女性。

 崖の中腹辺りに貼り付いて居て、今にも落ちそうな状態だった。

 

「だ、大丈夫ですかぁぁぁぁ!?」

「大丈夫でーす。でも、助けて下さーい」


 便利袋からロープを出して腰に巻き、それをバイクに引っ掻けて崖を降りる。中腹まで辿り着くと、壁に張り付いていた女性が、こちらを見てにこりと微笑んだ。


「済みません。お手数をお掛けします」

「いや……良いですけど」


 冷静に謝罪の言葉を言ってきた女性。

 青い修道服。胸に光る十字架。慈愛に満ちた優しい笑顔。

 これは……シスターという奴ですね。


「とりあえず、俺にしがみ付いてください」

「申し訳ありません」


 お辞儀をして捕まるシスター。状況が状況だというのに、何故か平然としている。


「それじゃあ、登りますよ」

「はい、お願いします」


 シスターの腰にもロープを巻き付けて、ゆっくりと崖を登る。崖を登り切って地面に腰を下ろすと、シスターも横に座った。


「はあ、助かりました」


 相変らず微笑んで居るシスター。

 俺はロープを袋にしまった後、シスターの前に座り直す。


「俺はミツクニ=ヒノモトと言います。貴女は?」

「私は旅をしながらシスターをやっている、ティナ=リナと申します」


 頭を下げて来たので、頭を下げ返す。


「それで、ティナさんはどうして崖下に?」

「はい。それが……」


 ティナが笑顔で頭を掻く。


「この崖から景色を見て居ましたら、急に崖を降りたくなりまして」

「自爆かよ!」

「行けると思ったのですが」

「行けねえよ! 普通死ぬだろ!」

「私、力には自信があるんです。ほら」


 ティナが横にあった岩に触れる。

 次の瞬間、ティナの握力で岩が木っ端みじんに砕け散った。


「お、おう……」


 その光景を見て絶句する。


「ですが、握力だけでは、崖は降りられないのですね」

「そ、そうですね。気を付けてください」


 そう言いながら、彼女に苦笑いを見せる。

 どうやら彼女は、シスターなのに超強いという、伝統的なテンプレ女性のようだ。


「それで、ティナさんは何教のシスターなんですか?」

「何教?」

「はい。キリ何とか、仏何とか……」

「我流です」

「我流!?」

「はい。特に信仰している神は居ません」


 意味が分からずに混乱してしまう。


「ええと。つまり、どういう事なんでしょうか?」


 首を傾げながら聞くと、ティナが十字架を握り締めて語り始める。


「私は、人間と魔物の争いを止める為に、シスターになりました」

「なるほど。争いが間違っているという事を、教えて周って居る訳ですね?」

「はい。時に言葉で、概ね腕力で」

「力ずくかい!」


 この御方。綺麗な容姿をしていながら、とんでもない事を言って居るぞ?

 しかも、先ほどの岩砕きが、言っている言葉が冗談では無い事を物語っている。

 ……これは、関わらない方が良いか。


「ミツクニ、丁度良いじゃないか」


 そう思っていたのに、リンクスが勝手に話を進めてしまった。


「お前、恋愛で悩んで居るんだろう? シスターに相談すれば良い」

「いや! 彼女に相談するのは、色々と危険が危なくて……!」

「まあ! 懺悔ですか!」


 ティナの瞳が嬉しそうに輝く。

 駄目だ! この人に話したら、俺が腕力でねじ伏せられてしまう!


「さあ、お話し下さい!」

「しかし! ティナさんは魔物と人間の争いを諭す為に……!」

「恋愛は別腹です!」


 どんな別腹だよ!

 これはあれか!? 人の恋愛に興味津々な女子のあれなのか!?


「さあさあさあ!」


 ティナが近くの岩を粉砕する。どうやら、完全に逃げ場は失われたようだ。


「……分かりました」


 仕方なく、渋々了承する。

 シスターが正座をしたので、俺も一緒に正座をする。岩の地面だったので足が痛かったが、そうしないと危険な気がしたので、諦めて彼女に合わせた。


「それでは、お話しください」


 俺は息を飲んだ後、頭の中を整理しながら話し始める。


「ええと……実は俺、昨日女子に告白されまして」

「まあまあまあ!」


 その反応、近所のおばちゃんか。


「それで、その人の事が嫌いでは無かったんですが、他にも気になる人が居て、答えを保留にしたんです」

「あらあらあら!」


 口に手を当てて、ニヤニヤして居るティナ。

 お前……絶対に楽しんで居るだろ。


「そういう事で、今は膠着状態なんですけれど、男として結論を出さないと、相手に失礼だろうと思って居るんですが」

「なるほどなるほど」


 腕を組んで大きく頷く。どうやら、きちんと考えてくれては居るようだ。

 やがて、ティナがポンと手を叩き、俺を真っ直ぐに見る。


「ミツクニさん」


 とても真剣な表情。もしかしたら、素晴らしい言葉を言ってくれるのかも知れない。


「どちらとも付き合ってしまえば良いと思います」


 はい。残念な答えが返って来ました。


「あ、あれえ? シスター?」

「男が女を求めるのは必然です。好きなら手籠めにするべきです」

「シスターが手籠めとか言うな!」

「男は狼なのです!」

「それを理性で抑えられるからこその! 人間なんだろうが!」

「何を言って居るんですか!」


 ティナが立ち上がる。


「好きなら良いじゃない! 好き同士ならより良いじゃない!」

「倫理! 倫理はどこに行った!?」

「大体! どうして一人を選ばなくてはいけないのですか!」

「どうしてって! それが紳士なお付き合いってもんでしょうが!」

「そんなもの! ケルベロスにでも食わせておきなさい!」

「身も蓋も無え!」


 力強く言い切ったシスターを見て、思い切りため息を吐く。

 すると、リンクスがぽつりと言った。


「ミツクニ。この世界では、恋愛は自由なんだよ」


 それを聞いて、首を傾げて見せる。


「お前の所と違って、好きな奴は何人居ても良いって事さ」


 それを聞いて、更に首を傾げて見せる。

 それは、要するに……


「……どういう事ですか?」

「お互いに納得して居るのなら、何人と付き合っても良いって事さ」


 それは、俺の世界でも同じですよ?

 でも、世間がそれを許さない訳であって。


「……もしかして、俺の世界に比べて、この世界は恋愛がラフって事ですか?」

「そういう事さ。ま、リズ達のように、頑なな女も居るけどねえ」


 リンクスがハッと笑う。

 そう言えば、リズだけではなく、勇者ハーレムもそんな感じだな。

 それなら、俺がウィズと付き合っても……


「いやいやいや!」


 首を大きく横に振る。

 冷静に考えろ! リズの言葉を思い出せ!

 優柔不断は女子に嫌われるんだ!


「俺は紳士! ジャパニーズ紳士なのだ!」

「全く、難儀な性格だねえ」


 リンクスがため息を吐く。


「お前、このままじゃあ、どっち付かずで全てを失うよ」

「耳が痛い!」

「簡単です! どちらも手籠めにすれば良いんです!」

「お前は少し黙れ!」


 そこまで言った所で、急に冷静になる。

 良く考えたらこの話、リズとウィズを前提に話して居るよな。

 ……やっぱり俺、リズの事が好きなのか?


「……まあ、うん」


 自分の気持ちが何となく分かり、急に恥ずかしくなる。


「何も解決していない気がするけど、参考にはなったかな」

「やはり手籠めに……!」

「お前もう手籠めって言いたいだけだろ!」


 そう言って、ため息を吐く。

 勇者ハーレムを作るつもりが、いつの間にか俺もラブコメをしている。そう考えると、少し面白くて笑ってしまった。


「どうやら、結論は出たようですね」

「……まあ、そうですね」


 俺はゆっくりと立ち上がる。

 そして、ティナに向かって言った。


「とりあえず、ティナさんは魔法学園に行ってください」

 ティナ=リナ。勇者ハーレムの一角。

 俺の恋愛と関係無い人は、早くヤマトに合流してください。

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