第42話 精霊王と死の天使

 精霊。それは、超自然的な存在。

 俺がそれに出会ったのは、シスターティナと別れて、魔物領と人間領の狭間にある、鬱蒼とした森に入った時だった。

 最初、俺には精霊の姿が見えなかったが、森を進むにつれて声が聞こえ出して、やがて姿が見えるようになる。

 そして、現在。

 いつの間にか、俺は沢山の精霊達に囲まれてしまって居た。


「コロス! コロス!」


 ゴルフボールくらいの光が周囲を飛び回り、物騒な言葉を告げて来る。

 殺されたくはなかったが、この状態では何も出来ないので、精霊達の会話を黙って聞き流す事しか出来なかった。


「ココ、セイイキ! シンニュウシャ! ブッコロス!」


 成程。どうやらこの森は、資格の無い者が侵入してはいけない場所だったようだ。


「師匠。ここが聖域って知ってましたか?」

「ああ、知っていたよ」

「それじゃあ、何で止めなかったんですか……」

「面白そうだったからさ」


 はっと笑うリンクス。

 確かに面白い事になったようだけれど、このままでは俺は死にますよ?


「コロス! ナントナクコロス!」

「待て待て。何となくで殺すのは駄目だろ」


 精霊の面白トークに、思わずツッコミを入れてしまう。すると、精霊達の動きが急に活発になった。


「コロス! ソレナリニコロス!」

「どれなりだよ」

「ヤンワリトコロス!」

「優しいな!」

「ソンザイヲコロス!」

「それはもう死んでるから大丈夫だな」

「コロス! コロス!」


 輪になって楽しそうに飛び回る精霊達。どうやら和解が成立したようだ。


「サッソクコロス!」

「成立して無かった!」


 精霊達がエネルギーを生成し始める。

 やがて、そのエネルギーは凝縮されて、鉄球ほどの大きさになった。


「フレタラシヌ! ヨケロ!」

「避けて良いのかよ!」


 何を考えて居るのかは分からないが、とりあえずあれを食らったら死ぬらしい。

 仕方ない。避けてやろうじゃないか。


「ホーレ!」


 精霊達が虹色に輝く玉を放り投げる。

 高速で迫り来る虹球。

 その球を、俺は軽々と躱した。


「ヤルナ!」


 続けて放られる虹球。

 躱す! 躱す! 全て躱ぁぁぁぁぁぁす!


「馬鹿め! こんなもの! リズの鉄球に比べたら児戯に等しいわ!」


 高笑いをしながら虹球を避けまくる。その間にも、精霊達が虹球をどんどん作る。

 その数は、既に十を超えていた。


「ガンバレガンバレ!」

「はっ! よっ!」

「ガンバッテシネ!」

「容赦ねえな! つか! 何で師匠達は狙われないんですか!」

「ミツクニが目立つからだろう?」

「それかぁぁぁぁぁぁ!」


 叫びながら虹球を躱しまくる。

 止まったら死ぬ! 一瞬で死ぬ!


「ぬうおおおおおおおお!」

「中々やるじゃないか」

「ありがとうございます! ですが! もう少しで死にそうです!」

「悪いねえ。私じゃあ、どうにも出来ないんだよ」

「死が! 死が迫りくるぜぇぇぇぇぇぇ!」


 面白そうに見えますが、そろそろ本当に死にそうです。

 こんな事なら、ウィズの告白を受けておけば良かった……


(……ああ、もう駄目だぁ)


 足が震えて思うように動かない。

 それを察したかのように、一塊になって俺を襲う虹球。

 そして、俺の脳裏に走馬灯が走り出す。


(うん、中々面白い異世界生活だったなあ)


 そう思い、静かに目を閉じようとする。

 その時だった。

 突然空から閃光が走り、俺に向かって飛んで来ていた虹玉を一瞬で掻き消した。


(な、何だ……?)


 訳が分からずに、辺りを見回す。

 すると、上の方から声が聞こえて来る。


「避けないで下さーい」


 聞き覚えのある声。しかも、今回は避けないでくれと来た。


「はいはい。避けませんよ」


 ふうとため息を吐き、両腕を広げる。

 鬱蒼と茂る木々をすり抜けて、ゆっくりと降りて来る天使。

 やがて、俺の上でフワリと舞い、静かに腕の中へと収まった。


「こんな所で会えるなんて、偶然ですね」

「ああ。その偶然で、今日も何とか生き残ったよ」


 生きるか死ぬかの状況で現れてくれた仲間に、素直に感謝する。


「それで、メリエルは何しに来たんだ?」


 聞きながら地面に降ろすと、メリエルは翼を大きく広げて言った。


「精霊王を殺しに来ました」


 その言葉を聞いて硬直する。


「……精霊王って言うのは、今周りを飛んでる奴等の長?」

「そうです」

「うん。遠慮が無いな」

「そんな事はありません。これは、必然なのですから」


 笑顔で言うメリエル。

 改めて辺りを窺うと、精霊達はいつの間にか整列して、光の道を作っていた。


「なるほど。そう言うものなのか」

「そうです。宜しければ、ミツクニも一緒にいらっしゃいますか?」

「良いの?」

「はい。精霊王の死に立ち会えるなんて、人間では初ですよ?」


 そう言うイベントは、勇者の仕事じゃないのか?

 ……まあ、良いか。

 今はその勇者が居ないので、親友役である俺が代わりに行ってみる事にしよう。



 精霊達に導かれて森を抜けると、中央に巨大な大樹が現れる。

 どうやら、これが精霊王の居城らしい。

 幹の間から中に入り、細い通路を抜けて行くと、広い空間の中心に木のベッドが置いてある部屋に辿り着いた。


「うむ、テンプレだな」


 ゆっくりベッドに近付いて見ると、老人が眠っている姿が見える。

 驚いた事に、それは普通の人間の姿だった。


「お迎えが来たか……」


 髭で見えない口元を動かす長老。


「それにしても、驚いたのお。まさかあのメリエルが、従者を連れて来るとは」

「従者ではありません。彼は……」


 少しの間を空けて、メリエルが頬を赤らめる。


「……ミツクニです」

「そのままかい」

「あら? 彼氏の方が良かったですか?」

「そう言うのは良いから、師匠達の紹介もしろよ」


 俺に言われるままに、メリエルがリンクス達の事を紹介する。

 それにしても彼氏って……最近はそれを言うのが流行っているのか?


「それでは早速殺しますけど、何か言い残す事はありますか?」


 怒涛の展開に思わず吹き出す。


「おいおい。幾らなんでも突然過ぎるだろ」

「そんな事はありません。死は何時でも、突然に訪れるものです」


 それを言われて、何も言えなくなる。

 確かにその通りだ。

 強い者にも。弱い者にも。生きている者全てに、死は等しく訪れる。


「そうじゃのー。何かあったかのー」


 微笑みながら考え事をしている長老。

 この異世界は、俺が居た世界よりも、死が身近に存在する。

 もし、本当に命の危機が迫った時、俺は彼のように、笑って居られるだろうか。


「そうじゃのお。そこの彼氏さんに、女を紹介してやろうかの」

「ここでまた色恋沙汰かよ!」


 思わずツッコミを入れてしまうと、長老が楽しそうに笑った。


「なあに。お前さんは魔力が無いようじゃからの。女の精霊を付けて、サポートしてやろうって事じゃよ」


 そう言って、長老が首をクイッと動かす。

 すると、俺達が来た別側の通路から、一人の女の子が現れた。


「紹介しよう。孫のポラリスじゃ」


 薄緑の長い髪。人間より少し大きめの瞳。花のドレス。

 流石は精霊王の孫娘。人間の感性で見ても綺麗だ。

 しかし……


「お爺様」

「何じゃ?」

「このお見合い。お断りします」


 おおっと! 一瞬で振られたぜ!?

 でも良いのだ!

 俺も彼女とは一緒に居られないからな!


「あの、長老様」

「何じゃ?」

「この子なんですけど、他に紹介したい人が居ます」

「ほほう」


 懐から生徒手帳を取り出して、ヤマトの画像を映し出す。その瞬間、ポラリスの目がハートマークになった。


「ヤマト=タケル。俺の親友です」

「はい。お付き合いします」


 即決のポラリス。こいつはありがたい。

 彼女は勇者ハーレムの一角だからな。


「ヤマトは魔法学園に居るから、行って俺の名前を言えば会えるはずだ」

「分かりました。すぐに行きます」


 高速で部屋から出て行くポラリス。本当に一瞬の出会いだったが、俺の関係者では無いのだから、そんなものだろう。

 部屋に静寂が訪れると、長老が楽しそうな表情で俺を見る。


「見事に振られたのう」

「ええ、残念です」

「そんな顔には見えないが?」


 それを聞いて、小さく微笑んでしまう。それに合わせて、長老も大きな声で笑った。


「……全く、面白い男じゃのう」


 そう言った後、長老が静かに目を閉じる。


「誰よりも弱く、誰よりも儚い。しかし、誰よりも強い想いを持って、誰かを助けようと努力している。わしゃあ、お前さんの事が好きになったよ」


 それを聞いた途端、急に目頭が熱くなり、慌てて瞳を閉じる。

 俺はこの異世界に、親友役として召喚された。

 それなのに、この人は親友役としての俺では無く、素の俺を評価してくれている。

 それが、とても嬉しかった。


「ほれ」


 短く言って、長老が何かを投げて来る。

 目を閉じていた俺は、飛んで来たそれを慌てて受け取った。


「それを付けて居なさい。きっとお前さんの力になってくれるはずじゃ」


 渡されたのは、木製のペンダント。丸い器に色の違う四つの宝石が埋め込まれていて、温かみを感じる物だった。


「さて、そろそろ休むとするかのう」


 それだけ言って、長老が静かに目を閉じる。

 閉じる。

 ……もう、動かない。


「……逝ったのか」

「はい」

「命を刈り取ったりは……しないんだな」


 小さく頷き、メリエルが長老に掛かっていた葉布団を直してあげる。

 その行為こそが、死の天使の仕事と言わんばかりに。


「ここに来られて、本当に良かった」


 持っていたペンダントを首にかけて、メリエル達と外に出る。

 いつの間にか暗くなっていた外。

 そんな中で、幾千もの精霊が大樹を照らし、長老の魂を天に誘って居る。

 俺はその光を眺めながら、ただゆっくりと、瞳を閉じた。

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