第43話 攻戦の青月

 精霊王との別れを惜しみながら、俺達は国境にある町へと戻る。

 町に着いて辺りを見回すと、前来た時よりも人が少ない事に気が付く。

 不思議に思って宿屋の店主に話を聞くと、店主は小さくため息を吐いて、ばつが悪そうに呟いた。


「……戦争だよ」


 それを聞いて、ゆっくりと空を見上げる。

 薄い雲に覆われた先に見える、丸い光。

 青月。

 それは、新しい予言を告げる合図だった。



 宿屋の食堂に仲間達が集まり、一つのテーブルを囲む。

 各々が神妙な面持ちをしている中、俺はポケットから生徒手帳を取り出して、予言の欄を確認する。

 そこに記されていた、新たな予言。



『魔が己を食い合う時、人は魔を洗い流す』



 それは、今までに見て来た予言とは違って、明確に分かる内容だった。

 机に地図を開き、全員でそれを眺める。

 最初に口を開いたのは、ベルゼ。


「店主の話だと、穏健派と強硬派の戦があるのは、この場所だそうだ」


 ベルゼがアームを動かし、所定の位置に丸を付ける。それは、周囲が森に囲まれている盆地だった。


「水攻めには絶好の場所だねえ」


 リンクスが盆地から線を引く。

 盆地の先にある標高の高い場所。そこには、人間が建造したダムがあった。


「予言通りであるならば、このダムを人間が倒壊させて、戦っている魔物達を一掃してしまうという所でしょうか」


 メリエルが盆地に向けてラインを引き、水が到達した後の水没状況を書き込む。その範囲は、完全に戦場を飲み込むほどの規模になって居た。


「ミツクニ、どうするのですか?」


 ダムと戦場を交互に眺めて小さく唸る。

 予言の月は既に出てしまって居るので、今から両方の場所に行っても間に合わない。

 つまり、どちらか一方を止める事しか出来ない。


「ここで分岐ルートかよ……」


 思わずため息を吐いてしまう。

 今までの予言は、人間側が被害を受ける内容の予言だった。

 しかし、ここに来て、人間が魔物を倒す予言に変わり、それに呼応するかのように、月の色が赤から青に変わった。


(まるで、信号機だな)


 人間が被害を受ける時は赤。

 通常時は黄。

 魔物が被害を受ける時は青。


 この考えが合っているのであれば、今回の予言は吉兆と言えるのかもしれない。

 しかし、それはあくまでも、人間を救う為の吉兆だ。

 魔物と人間を仲良くさせたい俺にとっては、赤でも青でも凶兆でしかない。


「やっぱりこの予言は、人間の為の予言なんだな」


 思った事を言って、天井を見上げる。


「赤の予言で人間の被害を最小限に抑えて、青の予言で魔物を滅ぼす。本当に……良く出来ているよ」


 大きくため息を吐き、地図を見下ろす。

 まるで、神様がそうしろと言ったかのように、仕向けられた戦図。

 この世界の神様は、そんなに魔物を滅ぼしたいのか?


「ミツクニ君!」


 そんな事を考えていた俺の耳に、聞き覚えのある声が響く。

 不意に上げた視線の先に見えたのは、予想外の人物だった。


「良かった……やっと見つけた」


 ほっと胸を撫で下ろして、ゆっくりと俺達に近付いて来る人間。

 それは、魔法学園に居るはずの勇者、ヤマト=タケルだった。


「ヤマト! 何でここに!?」

「魔物達を水攻めする作戦を聞いて、飛んで来たんだ」


 安堵の表情を見せるヤマトに対して、俺は慌てて周囲を窺う。


「ま、まさか……リズも来てるのか!?」

「途中までは一緒に来たんだけど、時間が無くて僕だけ先に来たんだ」

「ああ、そうですか……」


 目の前の危機が回避されて、ひとまず安堵の息を漏らす。

 しかし、少しでも早く結論を出して、早急に動かなければならない。

 そうしないと、リズに殺されるからな!


「所でヤマト。お前はどこで、水攻めの事を知ったんだ?」

「学園長に教えて貰ったんだ」


 それを聞いて首を傾げる。

 この作戦は、人間が魔物を倒す作戦だ。それなのに、何故か人間側の派閥である学園長が、ヤマトをここに差し向けて来た。

 つまり、この作戦は人間側の総意では無いという事なのか?


「それで、ヤマトはここに来て、どうするつもりなんだ?」

「勿論、水攻めを止めるよ」


 一片の迷いもなく言ったヤマトに対して、少し驚いてしまう。


「水攻めは人間側にとって大事な作戦だ。それを阻止したら、お前も人間側から睨まれちまうんじゃないのか?」

「そうかも知れない。でも、学園長は止めて来いって言ってくれたよ」


 俺を見つめながら、ヤマトが拳を握る。

 そして、強い想いを瞳に込めて、ハッキリとした口調で言った。


「それに! 僕も魔物と人間が争って欲しくないんだ!」


 その言葉を聞いて、俺は全てを悟る。

 この水攻めは、魔物を憎んで居る人間が独自に立てた作戦で、ヤマトと魔法学園の人間達は、魔物と争いたくないのだと。


「ヤマト……お前」


 世界を救うはずの予言は、全ての魔物を滅ぼして、人間だけを救う予言だった。

 それなのに、勇者はそれに抗い、魔物達との共存を望んでくれている。

 俺の勇者がそう望んでくれるのであれば!


「よし! 分かった!」


 大きく頷き、イスに座り直す。


「ヤマト! お前は予定通り、仲間を連れて水攻めを止めてくれ!」


 ヤマトが大きく頷く。


「俺達は魔物達が戦って居る場所に行って、出来る限り非難させる!」


 仲間達がふっと笑い、当たり前だと言う表情でこちらを見る。

 これで、俺達のやる事は決まった。

 後は何も考えない。自分達が出来る事を、精一杯やるだけだ。

 


 作戦が決まった俺達は、宿屋の前で戦いの準備を始める。

 俺が便利袋の整理をしていると、準備を終えたヤマトが近付いて来た。


「ミツクニ君……」


 心配そうな表情で見詰めて来るヤマト。

 ヤマトは俺が弱い事を知っている。だから、心配してくれて居るのだろう。


「ヤマト。水攻めを阻止するのは良いけど、人は殺すなよ」

「うん。分かってる」

「それと、無理に止めようと思うな。時間を遅れさせるだけで良い。とにかく、仲間を危険な目に合わせないでくれ」

「大丈夫だよ。任せて」


 そう言って、ヤマトが小さく微笑む。

 少し見ないうちに、良い目をするようになったなあ。俺がこの世界に召喚された時とは大違いだよ。


「それじゃあ、お互いに生きてたらまた会おうぜ」

「ミツクニ君。それ、死亡フラグだよ」


 その言葉を聞いて、少し驚いてしまう。


「フラグなんて言葉、誰から教えて貰ったんだ?」

「リズさん。ミツクニ君の噂を聞く度に、それは死亡フラグだって言ってた」

「あいつ……大して意味も分からない癖に」


 懐かしい顔を思い出した後、首を横に振る。

 俺が今やるべき事は、過去を懐かしむ事では無い。

 前へと進む事だ。


「俺は死なないよ。何故なら……」


 近くにあった便利袋に手を突っ込む。そして、その中にあった小さな手を引き抜いた。


「今の俺には、心強い仲間が居るからな」


 袋から現れるロリ魔王、ミント=ルシファー。

 空から降り立つ死の天使、メリエル。

 バイクの上で顔を洗う賢猫、リンクス。

 頭上を回る未来型ドローン、ベルゼ。

 俺のパーティーは、全員がチートキャラです(俺以外)。


「そういう事だから、ヤマト達も頑張れよ」


 俺が笑顔を見せると、ヤマトも満面の笑顔で頷いた。

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