第86話 英雄王の選択

 魔物側の進軍が落ち着いて、数日が経った。

 人間側の軍も攻めて来ないおかげで、遺跡の復旧が捗り、遺跡の機能も完全に取り戻しつつある。

 ちなみに俺の状態はと言うと、魔物軍との戦いに勝利したせいで、勇者ハーレムとの溝が深まり、遠回しに避けられて居る。

 孤独の日常。

 少し寂しい気持ちはあったが、元々ボッチで生活する事には慣れて居たので、周りに構わず自由気ままな生活を送って居た。



 遺跡の中庭にある芝生に寝そべり、静かに空を見上げる。

 今日の天候は曇り。厚い雲に日光が遮られて、今にも雨が降りそうだ。

 しかし、俺は雨が好きなので、むしろ雨が降ってくれないかと思って居た。


(遺跡の復旧はまだかなあ……)


 そんな事を考えながら目を閉じる。


(この世界の真実……か)


 それは、ヨシノ師匠との戦いで得た、世界を救う為の道標。

 世界を救うには、知らない事が多すぎる。

 今まで見てきた予言も、その一つだ。


(予言の発信源は、この遺跡なんだよな)


 前回の予言で分かった真実。

 しかし、今はその遺跡が壊れていて、その理由を調べる事が出来ない。

 復旧すれば、世界を救う事に一歩近付けるかも知れないのだが。


(でもなあ……)


 小さくため息を吐く。


(世界が平和になったら、異世界から召喚された俺は、どうなるんだろうか)


 たまに考える一問。

 世界が平和になったら、勇者ハーレムを集める為に召喚された俺は、一体どうなるのだろうか。


 元の世界に帰る?

 このまま勇者の親友役で居続ける?

 それ以前に、元の世界で俺はどういう扱いになって居るんだ?


 重要なようで、どうでも良いのかも知れない悩み。一人で居るとそんな考えが頭の中を駆け巡り、モヤモヤしてくる。

 こんな時は、何も考えないのが一番だ。

 何も考えずに空でも眺めて、なるようになると思って居た方が……


「んー」


 そう思って目を開けた先に、目を閉じて顔を近付けて来る女子。


「おあっ!?」


 思わず寝返りを打ってそれを躱すと、女子が舌打ちしてこちらを睨んだ。


「もう少しだったのに……」


 不機嫌そうに俺を見下ろす女子。

 俺を召喚した魔法使いの姉、ウィズ=サニーホワイトだった。


「な、何でウィズがここに居るんだ?」

「勿論、来たからに決まっているだろう」

「いや、そう言う事を聞いてるんじゃなくて……」


 言いかけて、ハッとする。

 ウィズの後ろに立って居る二つの陰。

 魔族第三師団団長であり、ミントの保護者でもある、ジャンヌ=グレイブ。

 そして、ウィズとリズの父、アーサー=サニーホワイト。


「よう! ミツクニ!」


 にこりと笑って手を振るアーサー。それに対して、俺は苦笑いを返す。


「何でアーサーさんがここに居るんですか」

「そりゃあ、来たからだ」

「来たからって……彼方は魔物側の総大将じゃないんですか?」

「大将はゼンの爺さんだ。俺はただの一兵士だよ」

「一兵士って……」


 ゼンと共同声明を行った人物が、一兵士な訳が無いだろう。

 だけど、まさかアーサーが自らここに来るとは思わなかったな。


「じゃんぬぅ!」


 大声と共にミントが空から降りて来る。そのままの勢いでジャンヌに飛びつくと、ジャンヌが嬉しそうにミントの頭を撫でた。


「元気にして居ましたか?」

「うん! げんき!」


 楽しそうに今までの出来事を話し始めるミント。そして、それを笑顔で聞くジャンヌ。

 その光景は、まるで本当の親子のようだった。


「それで、皆さんは何しに来たんですか?」


 俺が聞くと、ウィズが不機嫌そうに口を開く。


「夫に会いに来たに決まって居るだろう?」

「成程。それで、その夫とやらは、一体どこに居るのかな?」

「目の前で知らないフリをして居る男だ」

「聞こえない。俺には何も聞こえないぞ」


 視界をぼやかして空を見上げる。


「どうして知らないフリをする? 私の為に戦ってくれたんじゃ無いのか?」

「あれは成り行きで、仕方なくだな……」

「仕方なく?」


 ウィズの左目がピクリと動く。

 別にウィズが嫌いという訳では無い。

 むしろ好きなんだけど、ここでそれを肯定すると、色々と面倒が起こる訳で。


「ミツクニは、仕方なく戦ったのか?」

「いや、そう言う事では無くて……」

「私の事が嫌いなのか?」

「嫌いじゃないけど、色々と理由が……」

「それくらいにして貰おうかしら」


 困り果てて居た俺に救済の声。

 現れたのは、リズ=レインハート。


「キモオタは女と三秒以上会話をすると死ぬのよ」

「うん? 流石に死なないよ?」

「あら、困って居たのを助けたのに、そんな事を言うのね」


 はい、ありがとうございます。

 だけど、リズの言う通りだったら、俺はもう百回以上は死んでるよ?


「それにしても……」


 どれにしてもだよ。


「まさか父さんが来るとは思わなかったわ」


 アーサーを睨み付けるリズ。

 そう言えば、リズがアーサーと会うのは、初めて見たな。


「リズ、元気にしてたか?」


 アーサーがリズに声を掛ける。


「見ての通りよ」

「エルザは元気か?」

「自分で会いに行けば良いでしょう?」


 父親に対して冷たい娘。

 もしかして、仲が悪いのか?


「なあリズ、久しぶりにアーサーさんと再開したのだから、もう少し打ち解けて話しても……」

「離れなさい」


 俺の腹に鉄球!

 ああ……久しぶりだな。

 余りにも懐かしくて、愛おしいくらいだ。


「離れなさいって、お前……」

「この男は危険よ」

「危険って……お前の父親だろ」


 そうは言いながらも、アーサーとの距離を少し空ける。

 何故ならば、リズの表情がそれを冗談と言っていないから。


「それで、何が危険なんだ?」

「良いから、ミツクニは黙って居なさい」


 言いたい事は多々あるが、ここは黙って従った方が良さそうだ。

 アーサーから距離を置く俺達。

 ミントが相変らずジャンヌの所に居るのが、少し気がかりだ。


「それで、父さん達は何をしに来たのかしら?」

「何しにって、二人の娘の夫を見に来たに決まってるだろう?」

「冗談はキモオタだけにして欲しいわね」


 あれ、もしかして俺がディスられた?


「ここに来た本当の理由を言いなさい」


 相当警戒しているリズ。

 俺から見れば、アーサーはそれほど危険な人物では無いのだが。

 それとも、俺が安易過ぎるのか?

 そんな事を思っていると、急にアーサーが真剣な表情を見せた。


「……ゼンの爺さんから、全部聞いた」


 それを聞いて、目を見開くリズ。

 何故か動かなくなったリズをよそに、アーサーがこちらに向く。


「なあ、ミツクニ」


 そして、ゆっくりと歩き出す。


「もし、明日世界が滅ぶとしたら、お前はどうする?」


 急に世界崩壊の話を振られて、思わず緊張する。

 世界崩壊の予言は、俺達だけの秘密だ。

 悟られないように、自然に答えなければ。


「そうですね。その時に考えます」

「そうか」


 一メートルほど手前で止まるアーサー。


「それじゃあ、もしその崩壊を、誰か一人の犠牲で止められるとしたら?」


 まるで、漫画や映画のような質問。

 普段に聞いたら笑ってしまいそうな質問だが、アーサーの真剣な表情が、冗談で返す事を許さない。


「犠牲になる人の近くに居る人次第だと思います」

「その近くに居る奴がお前だとして、相手が親密な相手だったら?」

「……多分、俺には出来ません」


 正直に答える。

 例え世界が滅ぶとしても、俺はその人を犠牲にする事は出来ないだろう。


「それじゃあ、その相手が、それほど親密では無かったら?」


 アーサーの一言で、周囲の温度が下がる。

 そして、ゆっくりと降り出す雨。


「知り合いは知り合いだ。だけど、それほど親密では無い」


 この人は、何を言って居るんだ?


「そんな相手が目の前に居て、周りにはもっと大切な人達が居る」


 何が言いたいんだ?


「そんな時、お前ならどうする?」


 少しずつ勢いを増していく雨。

 それに比例するかのように、腰にぶら下がっている双銃が熱を持つ。


 俺ならどうする?


 分からない。

 分かっている。

 選択をするのは、その時になってからだ。

 だから、今は真剣には考えない。

 そして、答えも出さない。


「俺は……」


 答えをはぐらかそうとする。

 それに少し遅れて、気が付く。

 俺の腹から流れている、赤い液体。

 いつの間にか俺の後ろに居る、アーサー。


「俺はきっと……」


 ああ、そうか。

 そう言う事なのか。


「それでも、犠牲を出さない方法を……」


 ぼやける視界でリズとミントを見る。

 辛そうな表情でこちらを見ているリズ。

 ジャンヌの懐で寝息を立てているミント。


「……最後まで」


 落ちる。

 俺の意識が。

 静かに……落ちる。

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