第87話 再開

 温かい光を背中に受けて、ゆっくりと意識が戻っていく。

 寝ていた。

 いや、意識を失っていた。

 どうして、意識を失っていた?

 確か……アーサーと話をして居て。

 そうしたら、いつの間にか攻撃されて。


(……分からない)


 こうなった理由が分からない。

 でも、アーサーの中には答えがあって、それを叶える為に攻撃した。

 確か……世界を救う話をして居たな。


(一人の……犠牲?)


 アーサーが言っていた言葉。

 一人の犠牲で、世界が救われる。

 その犠牲は俺なのか?

 それじゃあ、どうして俺は、今まで勇者の親友役をして居たんだ?


(騙されて居た?)


 信じられない。

 いや、信じたくない。

 今まで行って来た事が、無意味だとは思いたくない。それに、異世界から召喚された俺が、世界崩壊の原因だとも思いたくない。

 だって、もしそうならば、俺が召喚された意味が無いじゃないか。


(……召喚した?)


 引っかかる。

 召喚された?

 俺は異世界から、どうやって召喚された?


(……分からない)


 考えようとすると、頭の中を霧が覆う。

 考えられない。

 考えたくない。

 俺と言う存在を、明確にしたくない。


(起きなきゃ……)


 とにかく起きよう。

 ゆっくりと目を開けて。

 今何が起きているのかを、確かめなくては……


(……?)


 静かに目を開けた先に広がる光景。

 赤、青、緑。

 あれは……魔法?


(何で……魔法?)


 ぼやける視界を凝らして、状況を確認する。

 ゆっくりと認識される現状。

 目の前に広がって居たのは……戦い。


(何が……!)


 起き上がろうとした瞬間、身体中に激痛が走る。

 痛すぎて動けない。

 声も出せない。


「動かないでください!」


 叫び声が聞こえて横を向く。

 傍らで治癒魔法を使って居るメリエル。

 その先に見える戦いの景色。

 あれは……リズか?


(どう……して?)


 リズが戦って居る相手は、勇者ハーレム。

 それだけではない。

 ウィズもアーサーも、勇者ハーレムであるはずのジャンヌさえも、勇者ハーレムと戦って居る。


(ミントは……!?)


 ジャンヌの事で気が付き、周囲を見渡す。

 中庭の端で、寝息を立てて居るミント。

 どうやら、戦いには巻き込まれなかったようだ。


(良かった……)


 少しだけ安心して、ふうと息を付く。

 だけど、現状は変わらない。

 何故かは分からないが、リズ達が勇者ハーレムと戦っている。


(どうして……こんな事に……)


 そんな俺の耳に聞こえる声。


「リズ! どうしてミツクニ君を!」

「色々あるのよ!」

「それを説明しなさい!」


 原因は……俺なのか?


「やはり魔物は魔物なのですね!」

「そうだな。結局俺達は、そう言う生き物なんだろう」

「悟ったように言って! 嘆かわしい!」


 おい待て。どうしてそうなる?

 勇者ハーレムの中にだって、魔物が居るだろう?


「ウィズ! おめえはミツクニの嫁じゃ無かったのかよ!」

「嫁だ。だからこそ、やらなくてはいけない事もある」

「ふざけんな! おめえのやった事は! 嫁のやる事じゃねえんだよ!」


 違うだろ!

 嫁とかそう言う事じゃなくて!

 今皆が戦っている事が! 皆がやる事じゃない!

 俺が怪我をしたからって! お前達が戦うんじゃない!


(くそっ……!)


 激痛に耐えながら、必死に口を開く。


「やめ……ろ……」


 上手く声が出ない。


「やめて……くれ……!」


 声がかすれる。

 俺の声が……皆に届かない!


(頼むから……頼むから……!)


 本当は世界なんてどうでも良い!

 今まで出会った人達が!

 俺に優しくしてくれた人達が!

 仲良く暮らしてくれるのなら! 俺はそれだけで良いんだ!


「頼むから……! 戦わないでくれ……!!」


 傷付く仲間達。

 何も出来ない俺。

 その戦いの原因は……俺自身。


(……何で!)


 歯を食いしばり、頭を地面に叩き付ける。


(何でだよ……!!)


 動く度に、体に突き刺さるような痛みが走る。治癒魔法も怪我の具合に追い付いて居ない様だ。

 だけど! そんな事はどうでも良い!

 戦わないでくれ!

 俺なんかを理由に! 俺の大切な人達が傷付け合わないでくれ!


(何で……)


 止まらない。

 戦いは……止まらない。


(これが、俺の最後の光景なのか……?)


 望まない戦い。

 それをただ眺めながら、終わる。


(本当に……酷いな)


 目頭が熱くなる。

 隠したいが、腕が動かない。

 そして、もう口も動かない。


(俺は……失敗したんだ)


 こんな事ならば、リズの言う事をきちんと聞いていれば良かった。

 皆と仲良くならなければ良かった。

 そうすれば、こんな事は起こらなかった。


(……無力)


 その言葉を、強く噛み締める。


(無力! 無力無力無力……!!)


 結局、最初から最後まで足手まとい。

 頑張ったけれど、俺は駄目なままだった。


(ごめん、ミント)


 中庭の傍らで寝息を立てているミント。


(ごめん、メリエル)


 俺を必死に治癒して居るメリエル。


(ごめん、ベルゼ、リンクス)


 戦闘の火の粉が掛からないように、俺をガードして居るベルゼとリンクス。

 そして……


(……リズ)


 勇者ハーレムと戦って居るリズ。

 理由は分からない。

 でも、目の前に広がる結果が、全てを物語っている。

 きっと俺は、勇者の親友役として……失敗したんだ。


 集めた仲間達は、俺のせいで崩壊した。

 だから、俺はこのまま……

 このまま……


「ごめん……皆」


 静かに目を閉じる。

 遠くなる意識。

 俺の物語は……これで終わりのようだ。





『諦めちゃ駄目だよ』





 戦場に響く、小さな声。

 知っている。

 俺はこの声の主を……知っている。


「八尺瓊勾玉」


 声と同時に体が温かい光に包まれる。

 ああ、そうだ。

 どうして、俺は勘違いをしていた?

 どうして、俺は忘れていた?


「これで、もう大丈夫」


 ゆっくりと目を開ける。

 視線の先には、この物語の主人公の姿。

 異世界勇者、ヤマト=タケル。


「ヤマト……」


 土で汚れたその顔を見て、ふっと笑う。


「来るのが遅いんだよ」

「ごめん」

「でもまあ……良いか」


 ボロボロの服。

 きっと、急いでここまで来たのだろう。


 来てくれた。

 俺達の勇者が、ピンチに現れてくれた。

 だからこそ、こいつが勇者なんだ。


「ヤマト、皆を止めてくれるか?」

「うん、任せて」


 力強いセリフ。

 最初に会った時とは大違いだ。


「それじゃあ、後は全部任せる。俺は疲れたから寝てるよ」

「ふふ……ミツクニ君は相変らずだね」


 相変らずじゃねえよ。

 お前の見てない所で、俺がどれだけ苦労したと思ってんだ。

 ……でもまあ、もうどうでも良いか。


 親友役である俺が出来ない事は、勇者であるヤマトが、きっとやってくれる。

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