第88話 そして彼女は俺の手から離れた
それは、一瞬の出来事だった。
「天叢雲剣」
ヤマトの抜いた剣が地面に突き刺さると同時に、幾重もの光の刃が地面から放たれて、戦っていた勇者ハーレムを一瞬で拘束した。
「ふう……」
軽く息を付き、俺に微笑みかけるヤマト。
圧倒的。
一騎当千の勇者ハーレムでさえ、勇者の前では赤子同然だ。
「皆、少し落ち着いて」
拘束された勇者ハーレムに、ヤマトが優しく声を掛ける。
「ほら、ミツクニ君はもう大丈夫だから」
ヤマトがこちらを見てにこりと笑う。
この表情は……立てと言う事か?
俺はさっき寝て居ると言っただろう。
(仕方無いなあ)
ため息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。
先程までピクリとも動かなかった体が、今は思う様に動く。
三種の神器である八尺瓊勾玉。治癒の道具と言った所か。
あれほどの大けがを一瞬で治すとは。勇者とは言え、恐ろしい力を手に入れたものだ。
「はーい。俺はもう大丈夫でーす」
両手をブンブンと回して、全員に健康をアピールする。
それと同時に勇者ハーレムの拘束が解けて、ハーレム達はほっとした表情でその場に座り込んだ。
「ったく……お前等なあ」
俺が皆に言いかけた、その時だった。
「ミツクニ君は、皆が戦う事を望んで居たかのかな?」
話し始めたのは、ヤマト。
「ミツクニ君なら、例え自分が傷付いたとしても、仲間同士で戦う事を望まないと思う」
全く持ってその通り。
俺が言う前に、ヤマトがそれを言うとは思わなかった。
「だから、もうやめよう」
ヤマトの言葉で、勇者ハーレムが武器を納める。どうやらリズ達も、これ以上戦う気は無いようだ。
……ただ一人を除いては。
「まだだ」
ヤマトに刃を向ける一人の男。
俺の世界の英雄と同じ名を持つ、アーサー=サニーホワイト。
「最後に確かめなければいけない事がある」
「……そうですか」
ヤマトは小さく頷いた後、アーサーの方を向く。
そして、何故か剣を鞘に納めてしまった。
「では、どうぞ」
無防備で立ち尽くすヤマト。
それを見て、アーサーがふっと笑う。
「英雄王と言われた俺の前で、無防備か」
「無防備じゃありません。本気です」
静かに交差する殺気。
その場に居る全員が、二人の動きを見つめる。
「……行くぞ!」
声と同時に溢れ出すアーサーの覇気。
圧迫される空気。
その威圧感に圧倒されてしまい、誰しもが動けなくなる。
「ふっ!」
声と同時に消えるアーサー。
いや、違う。
速すぎて目で追えないんだ。
「はああああああ!」
突然ヤマトの後ろに現れて、アーサーが剣を振り下ろす。
完全にガード出来ない体制。
そのはずなのに、ヤマトの背中に光の壁が現れて、刃を遮った。
「八咫鏡」
三種の神器の一つ。八咫鏡。
どうやら完全防御の神器のようだ。
「まさか、この攻撃を止めるとはな」
「いえ。僕も目では追えませんでした」
「そうか。だが、この状態から、お前はどうやって反撃する?」
刃を八咫鏡に当てたままのアーサー。
「お前が防御を解いた瞬間、この刃はお前を真っ二つにするぞ?」
微動だにしないヤマト。
そして、そのままの体勢で言った。
「そうですね。それじゃあ、こうします」
その言葉と同時に、ヤマトの周りに光の玉が溢れ出す。
赤、緑、青、黄色……様々な光の玉。
この光景を、俺は過去に見た事がある。
「……まさか」
ぽつりと言って、静かに息を飲む。
その力を操れるのは、この世に一人だけだと、前にシオリが言っていた。
だけど、ヤマトは……
「精霊の行進」
号令と同時に弾ける光の玉。
それぞれが独立した意思を持ち、アーサーに向かって飛んで行く。
アーサーは直ぐに身を翻したが、幾重の光がその体を捉え、触れては弾けてアーサーを攻撃した。
「ぐうううううう!」
その場に膝を付くアーサー。そして、それを静かに見つめるヤマト。
同じ力が使えたからと言って、それが証拠になる訳では無い。
だけど、この場所に居る誰しもが、それを確信しただろう。
精霊魔法を使えるのは、この世でただ一人。王家の長女、ソフィア=レインハート。
そして、それを使えるヤマトは……
(やっぱりか……)
まだ確定した訳では無いが、納得してしまう。
当然と言えば当然だろう。
何故ならば、ヤマトは勇者なのだから。
「まだやりますか?」
アーサーを上から見下ろして、ヤマトがニコリと微笑む。それを見たアーサーは苦笑すると、地べたにドスンと座った。
「いや、もう良い。大丈夫だ」
やれやれと言う表情を見せるアーサー。
理由は分からないが、どうやらここに来た目的は果たされたようだった。
戦いが終わり、和解した皆が中庭で宴を始める。
豪快に料理を食べまくるアーサー。
空を飛び回るミントとベルゼ。
タルコールを飲み比べする勇者ハーレム。
敵対して居たはずのリズやウィズも、既に勇者ハーレムと打ち解けて、仲良く食事を取って居るのが見えた。
(ったく……)
ため息を吐き、木陰からその光景を眺める。
いつも思うのだが、この世界の人達は、戦いを後に引きずらない。
戦いに慣れて居るからなのか。それともそう言う性分なのか。
何にせよ、終わった事をぶり返さないというのは、見て居て気持ちの良いものだ。
「ミツクニ君」
俺の前に現れる一人の人間。
勇者、ヤマト=タケル。
「横に座って良いよね?」
そう言って、問答無用で横に座る。
触れた肩から感じるヤマトの温もり。
皆はヤマトを男だと思って居るから大丈夫だが、女だと知られたら大変な事になるだろうな。
「ふう……」
ヤマトが俺の肩に頭を乗せる。
これは、アウトなのかセーフなのか。
ついさっき、勇者ハーレムと仲良くなり過ぎた事を、後悔したばかりなのだが。
「何か、少し疲れちゃった」
宴を見ながら小さく笑うヤマト。頬にはまだ土の汚れが付いている。
俺はポケットからハンカチを取り出すと、その土を拭ってやった。
「ありがとう」
うっとりした表情でこちらを見る。
はい、とても可愛いです。
何か恥ずかしいから、とりあえず視線を外しておこう。
「また、皆で集まる事が出来たね」
世界を救う為に集った勇者ハーレム。
ここに全員が居る訳では無いが、ここが拠点となり、全ての勇者ハーレムと繋がって居る気持ちになれる。
それも全て、ヤマトと言う存在がここに来たからだろう。
「ヤマトが頑張ったから、皆こうしてここに居られるんだ」
「違うよ。全部ミツクニ君のおかげだよ」
いや、違う。
俺がどんなに頑張った所で、勇者であるヤマトの代わりにはなれない。
今回の事で、それが良く分かった。
「ヤマト」
空を見上げて口を開く。
「お前は、ここに必要な人間だ」
やはり、俺は主人公にはなれない。
ヤマトの活躍する場を作るだけの親友役。
だけど、それでも良い。
目の前に広がるこの景色を守れるのなら、俺は裏方で良い。
「ミツクニ君もだよ」
そんな俺に、ヤマトが言う。
「それだけじゃない。ここに居る全員が、ここに必要な人達だよ」
空を見上げて、ふふっと笑うヤマト。
本当に大きくなった。
最初に会った頃のヤマトとは大違いだ。
「……そうだな」
俺の手を離れて、真の勇者として成長した彼女。
そんな彼女の綺麗な横顔を見て、俺は小さく笑ってしまった。
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