第102話 親友役はぬくぬく生きています

 午前5時45分。

 目覚ましが鳴る少し前に起きた俺は、大きく伸びをしてベットから降り、近くの窓を開ける。

 見える景色は、朝日に輝く精霊の森。

 俺は大きく深呼吸をした後、住み家である大樹と一体化しているタンスから服を取り出し、着替えて自分の部屋から出た。



 午前6時00分。

 昨日森で採った野菜と、保管庫に保管して居た肉を使って、朝食を作り始める。

 朝から六人分の食事を作るのは中々に大変だったが、今はそれにも慣れて、効率よく調理出来るようになった。

 全ての食事が出来上がると、それを大樹の外にある机へと運び、最後に花を飾る。

 朝食の準備が全て完了した俺は、エプロンを自分の席に掛けて、勇者の部屋へと歩き出した。



 午前6時45分。

 勇者の部屋の前で立ち止まり、扉をノックしたのだが、返事が返って来ない。

 しかし、いつもの事なので、勝手にドアを開けて中へと入る。

 俺は地面に脱ぎ捨てられた服を踏まないように歩き、ベッドの上で布団にくるまって居る勇者を見て、小さくため息を吐いた。




「ヤマト。朝だぞ」


 いつものように、普通の声量で声を掛けてみる。

 しかし、ヤマトは小さく唸っただけで、全く起きようとしない。


「やーまーとー。朝だぞー」


 今度は少し大きい声で言うと、ヤマト布団の隙間から顔を出す。

 無防備な表情で寝息を立てるヤマト。

 このまま眺めて居ても仕方ないので、いつものように布団を捲り上げる。


「やーまーとー」

「ううん……あと五分」


 小声で言って寝返りを打つ。

 その瞬間、ヤマトのパジャマの胸元がはだけて、その奥が見えそうになった。


(いっかぁぁぁぁん!!)


 咄嗟に目を逸らして、その魅了攻撃を回避する。

 親友役であるがゆえに、勇者であるヤマトを襲う事は出来ないのだが、エッチな事に耐性がある訳では無いのだ。


「むふぃーん……みつくにくぅん」


 そんな事を考えて居ると、寝ぼけて居るヤマトの手がスルリと伸びて、俺の腰に絡み付く。

 そして、次の瞬間、物凄い力でベッドに吸い込まれそうになった。


「……ヤ、ヤマト!?」

「みーつーくーにーくぅん」

「ヤマト! ヤマトォォォォォォ!!」


 必死に叫びながら、近くにある机にしがみつく。

 勇者の剛腕に引っ張られて、ギシギシと悲鳴を上げる俺の腰。

 しかし、ベッドインする訳には行かない。

 もしそんな事が起きたら、俺はヤマトの支配下に落ちて、嬉しくも悲しい地獄の抱き枕へと……


「全く……朝から何を遊んで居るんだい」


 窓の方から声が聞こえて、必死にそちらを見る。

 そこに居たのは、朝の散歩を終えて帰って来たリンクスだった。


「リンクス! ヤマトが! ヤマトがぁぁ!!」

「叫んで居ないで良く見な。その小娘は寝ぼけちゃあ居ないよ」


 ヤマトがビクリと肩を震わす。

 それと同時に、急に弱くなる引力。

 こいつ、まさか……


「……ヤマト」

「……」

「今すぐ止めないと、お前の朝食は抜きだ」


 寝たフリをしながら、微動だにしないヤマト。


「今日の朝食は良い出来だったからな。見てるだけってのは、さぞかし寂しいだろうなあ」


 ヤマトの手をするりと外して、リンクスに視線で合図を送る。リンクスはそれに頷くと、くるりと身を翻して、窓の外へと飛び降りて行った。


「それじゃあ、俺達は行くけど、お前はもう少し寝て居ると良いさ」


 そう言い捨てて身を翻す。

 その瞬間に、ヤマトが元気に起き上がった。


「起きた! ミツクニ君! 僕起きたよ!」


 ハキハキとした声で言いながら、ラジオ体操のような動きを始める。

 それを横目で見た俺は、やれやれとため息を吐いた後、ゆっくりと振り向いた。


「おはよう、ヤマト」

「おはよう! ミツクニ君!」


 全く……同い年だと言うのに、こいつの行動は相変わらず幼いな。

 まあ、そこがまた良……ヤマトらしいと言えるのだが。


「ほら、早く服着替えて顔を洗えよ」

「うん! 分かった!」


 元気に頷くヤマト。

 そして、そのまま服を脱ごうとする。


「待てぇぇぇぇぇぇい!」


 俺は叫びながら、パジャマの裾を掴んだ。


「BOY! BOYが目の前に居るのだよ!」

「え? ミツクニ君って少年だったの?」

「いや少年じゃないけど! 男なんだよ!」

「ミツクニ君は朝から面白い事を言うね」


 はははと笑った後、再び裾を持ち上げる。


「面白いのはお前だぁぁぁぁぁぁ!」

「うんうん。ミツクニ君はいつも必死だね」

「ああ必死だよ! お前のせいでな!」


 精霊の森で一緒に住むようになってから、こいつはいつもこんな感じだ。

 無防備というか、挑発的というか……

 とにかく、俺に対して遠慮をしなくなり、常にエロハプニングが発生しそうになる。


「お前なあ。いい加減にそういうの止めてくれよ」

「僕は別に見られても良いけど」

「女子がそんな事を口にするんじゃない」

「あ。でも、見せて良いのはミツクニ君だけだよ」


 服の裾を直してベッドに座る。

 そして、俺を見ながら満面の笑みで言った。


「僕はミツクニ君の事が、大好きだから!」


 その言葉に、俺の心がチクリと痛む。


 勇者の親友役。

 それだけの為に『作られた』俺は、見えない強制力が働いて、ヤマトに一定以上の恋愛感情を持つ事が出来ない。

 それを知りながらも、ヤマトは俺の事を好きだと言ってくれる。


 親友役として作った絆。

 それが今、ヤマトが勇者で居なければならない鎖となって居るのだ。


「……ああ。俺も、お前の事が好きだよ」


 そう言って、優しく微笑みかける。

 作り笑い。

 最初の頃は上手く出来なかったが、今は違和感無く作れるようになってしまった。


「それじゃあ俺は行くから、ヤマトも早く着替えて下に来いよ」

「うん、分かった」


 何も言わずに送り出してくれるヤマト。

 恐らくヤマトも感じて居るのだろう。

 これ以上踏み込むと、俺に何かが起こるかもしれないと言う事を。


 それでもヤマトは、以前と全く変わらずに、俺に優しく接してくれている。


 自分が好きならそれで良いという事か。それともそうある事で、俺の命を守ってくれて居るのか。

 どちらにせよ、ヤマトはその行動に、痛みを伴って居ると思う。

 だけど、今はそれを正す事が出来ない。

 何故ならば、俺は……


「おはよう」


 玄関のドアを開けて、皆に挨拶をする。


 魔王の孫、ミント=ルシファー。

 賢猫、リンクス。

 死の天使、メリエル。

 未来型ドローン、ベルゼ。


 作り物である俺に、それでも生きて欲しいと言ってくれた仲間達。

 そんな仲間達に答える為に。

 何よりも、俺が皆と一緒に生きたいから。


 俺は勇者に踏み込まない。


 どんなに痛みを伴っても。

 どんなに自分が惨めでも。

 勇者との距離を……保ち続ける。


「それじゃあ、朝食にするか」


 そう言って、自分の椅子に座る。

 玄関から現れて、正面の椅子に座るヤマト。

 それを確認してから、全員で頂きますを言って、食事を始める。


 目の前にある幸せ。

 目の前にある平和。

 今はこれで良い。

 あくまでも……今は。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る