第132話 生命力を奪うとはこういう事です

 この世界に生まれてから、ずっと思い続けて来た事がある。

 俺は弱い。

 仲間に助けられてばかりで、自分一人では何も出来ない。

 だけど、そんな貧弱な俺にも、誇れる事が一つだけある。



 仲間と一緒に戦えば、俺は誰にも負けない。



「んっ……」


 しっかりと繋がれた、俺とシオリの手。

 やがて、シオリの体から光が溢れて、手を伝って流れ込んで来る。

 その光は、シオリの生命力でもある魔力。

 魔力の色は……桜色。


(やっぱり、この色か)


 この世界の住人達は、各々に魔力の色を持っている。


 リンクスは緑。

 メリエルは白に近い黄色。

 ミントは赤みを帯びたシルバー。


 桜の家紋を持つシオリがこの色を持っているのは、必然だった。


「んんっ……!」


 魔力が俺の中に入って来る毎に、シオリが短く声を発する。

 自分の生命力を他人に流して居るのだ。多少の痛みが発生しても不思議では無い。

 ……などと、思って居たのだが。


「あぁ……」


 頬を赤く染めながら、トロリとした瞳で俺を見詰めて来るシオリ。

 若干だが、息も上がっている。


(これは……どうなんだろうか?)


 あえて言おう。

 何かエッチな感じになって居るよ?


「あの……シオリ?」

「うん……大丈夫……大丈夫だから」


 ふわりとした笑顔を見せるシオリ。

 いつの間にか、俺達の周りに桜の花びらが舞って居た。


(これは……)


 淡く光る桜の花びら。

 ヨシノも桜を散らせた事があるが、彼女の色は青色だった。

 それを考えると、ハルサキ家の魔力を純粋に受け継いで居るのは、シオリなのかも知れない。


「あ……!」


 ビクリと肩を震わすシオリ。

 これは……良くないぞ?

 どうしてだ? ミントの時はもっとロックな感じだったのに。


「シ、シオリ? これくらいに……」

「も、もう少しだけ……ね?」


 まどろむ瞳で訴えて来るシオリ。

 流石にこれ以上は健全では無いと思い、素早く手を放して引っ込めた。


「あ……」


 舞って居た花びらが弾けて、俺の中に収束する。

 俺の事を呆然としながら見て居るシオリ。心ここにあらずとは、こんな感じだろうか。


「シオリ?」

「……ん?」

「大丈夫か?」

「うん……」


 唇に手を当てて、言葉を零す。


「凄く……幸せ」


 その瞬間。

 背中に感じた事の無い汗が噴き出した。


(とても危険な力だった!!)


 ミントの時は何とも無かったので、大丈夫だと思って居た。

 しかし、今のシオリを見て確信した。

 この力は、魔力を流す対象の感情を増幅させる。

 それこそ、色々な意味で。


(人によっては死ぬんじゃね!?)


 勿論、死ぬのは俺だ。

 そして、その可能性があるのは……勇者とか、勇者とか、勇者とか。


(……気を付けよう)


 とても勉強になった。

 今後一切、この技は安易には使わない。

 それに、この技には別の『リスク』もあるからな。


「ミツクニさん……」


 声が聞こえて、ゆっくりと振り返る。

 そこに居たのは、こちらを眺めながら、何故か頬を赤く染めて居るヨシノ。


「私の魔力もいかがですか?」

「いや、今の見て居ましたよね?」

「いかがですか?」

「見て居ましたよね!?」


 ヨシノが妖艶に微笑む。

 もしかして、この技は近くに居る人間にも影響が出るのか?

 そうなると、人の多い場所でも、使うのは控えた方が良さそうだな。


「師匠、現実に戻って来てください」

「私が求める現実は、ミツクニさんの手の中にあります」

「はいそうですね。作戦開始まで一分です」


 そう言うと、ヨシノが頬を膨らませる。

 いつもの清楚な印象と違ってドキドキしたが、それどころでは無い。

 とにかく今は、作戦を実行しなければ。


「……仕方ありませんね」


 残念そうにため息を吐くヨシノ。

 良かった。理性は残って居た。

 師匠が暴走したら、俺は絶対に勝てないからな。


「それでは、始めましょうか」


 そう言った後、ベルゼが表示して居る悪魔の座標に目を向ける。

 さあ、作戦開始だ。


「はっ……!」


 短い言葉と共に、ヨシノが地面に軽く触れる。

 やがて、地面に付けられた手から青い光が走り、庭の外へと駆け抜けて行く。

 一瞬の静寂。

 次の瞬間、地面の全てが青く発光して、帝都の空に青い桜が舞い上がった。


(これは……)


 肉眼でも確認出来る巨大な氷柱。恐らく、その場所に悪魔が拘束されたのだろう。


「三体ほど、取り逃がしました」


 冷静な口調で言うヨシノ。

 我に返ってマップを見ると、既にその三体がメイド達に追いやられて、中央へと進んで居た。


(二体は途中で捕まりそうだな)


 悪魔が拘束された氷柱を破壊しながら、残りの悪魔を追うメイド達。

 しかし、一体だけは上手くルートを選んで、メイド達の攻撃を避けて移動して居る。

 多分、こいつで間違い無いだろう。


「よし」


 首をならして準備運動を始める。

 俺が狙うはただ一人。

 中央広場に辿り着くであろう、この悪魔だ。


「ミツクニ」


 声が聞こえて振り返る。

 恥ずかしそうな表情をして居るシオリ。

 それに対して、俺は屈託なく微笑んだ。


「大丈夫。絶対に負けないから」


 その言葉に、シオリが小さく頷く。

 俺は自分の力を誇らない。

 だけど、シオリの力を使うのならば、その力を証明して見せようじゃないか。


「ベルゼ! ミント!」


 俺の掛け声でベルゼが背中に張り付く。

 先に飛び立つミント。

 それに合わせるかのように、俺は魔力を足元に集中させる。


「はぁぁぁぁ!」


 勇者ハーレムから貰った靴が、桜色に発光する。

 そして、ブースト。

 俺の体はシオリの魔力に押し上げられて、空高く舞い上がった。


「っくうううう……!」


 桜の花びらを周囲に散らせながら、鳥のように空を飛ぶ俺の体。

 普通の状態であれば、その重力に体がもたないのだが、今の俺の体はびくともしない。


(流石はシオリの魔力だな)


 考える事も無く、シオリの魔力がオートで動き、体が傷付かないベストな魔力放出をしてくれる。

 多分、魔力をくれた本人の個性が、能力に色濃く出るのだろう。


(……ん?)


 そんな事を考えていると、空の向こうに何かが見えて来る。


(あれは……)


 薄い光の膜。

 その膜は、帝都全土を覆うように張り巡らされて居た。


「どうやら、シールドのようだ」

「へえ。何だかんだで空の防御をしてたのか」


 俺は体を翻して、その膜に足を付ける。

 その瞬間に現れる『壁』と言う文字のシールド。

 一瞬ぎくりとしたが、特に害は無かったので、そのまま足場にして飛んだ。


「今のシールド……日本語だったな」

「うむ。そのようだ」


 この世界で日本語を知って居て、それを魔力で表現出来る人間。

 そんな人間は、帝都に一人しか居ない。


(王……)


 苦い記憶が蘇る。

 しかし、今はそれを考えて居る暇は無い。

 目的の悪魔と対面する中央広場は、目の前だ。


「はっ!」


 地面に落ちるギリギリで体を翻す。

 同時にふわりと舞う桜。

 俺はその桜の花びらに守られて、ゆっくりと中央広場に降り立つ事が出来た。


「……到着、と」


 ふうと息を付き、正面を見つめる。

 それと同時に爆発する、中央広場の入り口。

 その爆風の中から転がり込んで来たのは、俺と同じ顔の男。


「うん、作戦通り」


 男が起き上がると同時に、中央広場の周りに氷の刃が張り巡らされる。

 流石は師匠。お膳立ては完璧だ。


「さてと……」


 ゆっくりと対面する二人。

 片方は黒髪で魔法学園の学生服。

 片方は白髪で勇者ハーレム装備。

 さあ、お互いの存在をかけて、殺し合いを始めようじゃないか。

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