第131話 ヒロインブースト
空を覆っていた灰色の雲が、今にも泣き出そうな午後。
帝都に潜伏している悪魔を殲滅する為、ハルサキ家の全員が中庭に集う。
その中心には、家長であるヨシノと俺。
ベルゼが用意した帝都の図面を見ながら、どうすれば被害を出さずに、全ての悪魔を殲滅出来るかを検討していた。
「一体倒せば全員に情報が伝わる可能性があるから……」
「それならば、一度全員を拘束してから……」
繰り広げられる会話。
メイド達もこの聞いて居るはずなのだが、誰一人俺とヨシノの会話に混ざって来ない。
「師匠の魔法で、帝都全域をカバー出来ますか?」
「出来ますが精度が落ちるので、強い個体には避けられる可能性があります」
「それなら、先にメイド達を帝都中に配置してから……」
空中に浮かぶ図面に、メイド達が待機する場所をマークする。
「まずは氷で固めた悪魔を排除して、逃げた悪魔は人通りの少ない方に誘導……」
「それだと戦力が散漫して、逃げ切られる可能性もあります」
「そうか。それじゃあ、あえて外側から内側に集めて……」
メイドの印を帝都外側に配置して、中央に寄って行く矢印を表示する。
「中央広場に集まったら、師匠が氷壁で周りを遮断して、全ての悪魔を閉じ込める」
「氷壁の内側に残った街人は、どうしますか?」
「集まったメイド達が外に連れ出して、後は悪魔が外に出ないように監視する」
「成程……」
図面を見ながら、ヨシノが息を付く。
そして、こちらを見てにこりと笑った。
「分かりました。それで行きましょう」
ヨシノの言葉に頷き、改めて周りを見る。
すると、ポカンとした表情でこちらを見て居る、メイド達の姿が見えた。
「ん? どうかした?」
一番近くに居た零に尋ねてみる。
零は少しの間呆然として居たが、すぐに我を取り戻して咳払いをした。
「いや、その……」
視線を逸らし、言葉を漏らす。
「まさかあのミツクニが、ここまで大胆な作戦を立てるとは思って居なくてな……」
皮肉混ざりの褒め言葉に、笑ってしまう。
「まあ、俺が考える作戦は、この世界の常識から少し外れてるからなあ」
水攻め作戦の時に使った、大型メガホンでの両者説得。
キズナ遺跡で争いを止める為に使った、スケルトン百鬼夜行。
その他、一対一での卑怯な攻撃の数々。
それを考えれば、この作戦はまだ常識的だろう。
「ここまでまともな作戦だと、逆に失敗するイメージしか沸いて来ないのは、私だけか?」
「そこまで言いますか」
「だって、あのミツクニだぞ? キモオタだぞ?」
零の言葉にメイド全員が頷く。
何だろうね。この一体感は。
少し癪に障るけど、そんな攻めも程よく気持ち良いので、それで良しとしておこう。
「それじゃあ、そんな感じで」
メイド達が頷く。
「それで、この作戦はいつ実行しますか?」
ヨシノが俺に問う。
俺の答えは、既に決まって居た。
「勿論、今すぐに」
その言葉に、メイド達が再び目を丸める。
少しの間沈黙が続いたが、再び零が口を開いた。
「もう少し準備してからの方が、良いのではないか?」
もっともな意見。
しかし、俺は首を横に振る。
「俺がこの帝都に入った時点で、悪魔側にも俺の情報が伝わって居る。それを踏まえた上で、もし俺が悪魔側の人間だったら……」
言葉を一度区切り、目を細める。
「……警戒が強化される前に、殺せるだけ殺す」
相手は人間に擬態出来る悪魔だ。その優位点を活かすのであれば、警戒が低い時の方が断然良い。
それを考えると、悪魔にとっては今が最後のチャンスと言えるだろう。
「相手の主犯は俺の擬態だ。性格もある程度擬態して居るのであれば、絶対に今動く。だから、一秒でも早く、この作戦を実行した方が良い」
その説明を聞いて、メイド達が息を飲む。
悪いけど、これ以上遅延して欲しく無い。
こうして居る間にも、俺の擬態が既に行動を起こして居る可能性があるのだから。
「……分かった」
何も言わずに納得してくれるメイド達。どうやら、俺の真剣さが伝わったようだ。
「それじゃあ、すぐに準備を」
俺の声で、メイド達が一斉に装備を確認する。
「作戦開始は十分後。開始と同時に、各地に師匠の氷魔法が発動するから、それを目指して進んでくれ。拘束した悪魔は人の形をして居るけど、出来れば躊躇しないで攻撃して欲しい。心理的に無理だと思ったら、放置して中央広場へ。残した悪魔は後追いのミントに殺って貰う」
そう言いながら、腰に備え付けて居た便利袋をまさぐる。
取り出したのは、お菓子を食べて居たミント。
「ふえ?」
食べかけのお菓子を持ちながら、ミントがこちらを見る。
「そう言う事だから、頼めるか」
「うん! 任せてえ!」
嬉しそうにお菓子を掲げる。
何の説明も無しに作戦内容が伝わる。
これが俺とミントの愛の絆なのだよおおおお!
「気持ち悪いな」
「黙れ。愛は無敵なのだ」
「ならば、こんな所で死ぬなよ」
それだけ言って、零がメイド達に号令をかける。メイド達は零に頷きかけた後、それぞれの場所へと飛び立って行った。
メイド達が居なくなった中庭。
その中心に、ハルサキ家の二人と、俺の仲間だけが残って居る。
「口ではああ言っていますが、皆ミツクニさんの事を信頼して居るのですよ」
メイド達が飛び立った空を見上げながら、ヨシノがぽつりと言った。
「……まあ、そうなんですかね」
恥ずかしくなり、頬を掻く。
分かって居る。
ここに来た時に、俺を本気で追い出そうとした事も。シオリに本気で会わせないようにした事も。
本物の俺ならば、どうやってでもシオリに会いに行くと、分かって居たからだろう?
「でも、メイド総じてツンデレって……どうなんですかね?」
「一緒に生活すると、案外楽しいものですよ?」
冗談に冗談を返してくるヨシノ。
流石は俺の師匠。
これから大規模な悪魔掃討作戦が始まると言うのに、全く動じて居ない。
「よし。それじゃあ……」
俺達も行動を開始するか。
そう思った時だった。
「ミツクニ……」
俺の横からシオリの声。
振り向くと、彼女は無理やり作った笑顔で、静かにこちらを眺めて居た。
「あの、私は……」
先程説明した作戦に、怪我をして居るシオリの配置は無い。
つまり、シオリはこの作戦に参加しない。
「足手まといになる事は分かってる。それでも、私は……」
唇を噛み締めるシオリ。
そんな顔をしないでくれ。
シオリがどうしたいかなんて、俺に分からない訳が無いだろう。
「シオリには、シオリにしか出来ない事を頼みたいんだけど」
それを聞いたシオリが、いつもの笑顔を見せる。
俺はそれに頷くと、シオリの前で両手を広げて見せた。
「俺が着て居るこの服だけど、勇者ハーレムが作ってくれたってのは、さっき話しただろ?」
「うん」
「これが、本当に良く作られていてさ」
それは、この服の取り扱い説明書の、追記に載っていた事項。
「この服を装備して、親しい相手から魔力を受けると、その魔力が俺の体内で滞留して、魔法が使えるようになるらしいんだ」
勇者ハーレムの科学者枠であるフランが考えた、特殊な技法。
分かり安く言えば、魔力が素通りする俺に蓋をして、他人の魔力を入れてしまうという荒業だ。
恐らく、俺とメリエルが大気圏の悪魔を倒した時の話を聞いて、閃いたのだろう。
「本当にそんな事が出来るの?」
「ああ、実際にミントの魔力で試して見たんだけど……危うく死にかけた」
帝都に来る途中で試した魔法実験。
ミントが無邪気に魔力をぶっ混み過ぎたせいで、体内で魔力が暴走。
おかげで俺は大空を飛び回る羽目になり、予定よりも早く帝都に着きました。
「親しい人間じゃないと駄目って言うのは、どうしてなの?」
「それは……まあ、フランの趣味だろうな」
そう言って視線を逸らす。
実際にフランから貰った説明書には、こう書いてあった。
『魔力は私達にとっての生命力。ミツクニさんは誰からでも生命力を貰うような、淫乱男ではありませんよね? ありませんよね?』
ありませんよね。が、二回。
これが警告では無く命令だという事が、とても良く伝わって来る文章だった。
「そう言う訳で……」
俺はゆっくりと手を伸ばす。
大切な女性、シオリ=ハルサキに向けて。
「俺と一緒に、シオリを傷付けた悪魔を倒して欲しい」
その手は、ただ魔力を貰う為に伸ばした手か。
それとも、今まで離れていた距離を詰める為に、伸ばした手か。
「……うん」
そんな俺の手を。
シオリがゆっくりと。
いつもの優しい笑顔で、握ってくれた。
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