第133話 優柔不断の一撃

 勇者ハーレムの中に、サキュバスが一人居る。

 彼女は相手の思考を読み取り、強い印象を持って居る人間へと擬態する能力を持って居た。

 そして、今俺の目の前には、俺と同じ顔の悪魔が存在して居る。

 多分こいつはそのサキュバスの元祖であり、シオリの思考を読み取って、俺に擬態したのだろう。

 ……しかしだ。


(何かが……違う気がする)


 目の前に居る男。

 鼻先がすらりとして居て、体格もモデル並み。目に関しては俺みたいにぼんやりとしておらず、どこか気品に満ちて居る。


「補正済みかい!!」


 人間は気に入った対象を美化すると聞いたが、これはどう見ても俺じゃないな。


「シオリめ……キモオタという人種の事が、何も分かって居ないな」


 キモオタに若干の誇りを持つ俺としては、野暮ったい外見こそが個性であり、それを殺した所でリア充になる訳でも無く、ただの気持ち悪い人に……


「やっぱり、俺が来たか」


 そんな事を考えて居ると、黒髪が先に話し掛けて来た。


「お前も『俺』だもんな。シオリを傷付けられたら、絶対に来ると思ってたよ」


 言った後、はっと笑う黒髪。

 オレオレ詐欺じゃねえんだから、俺を連発するんじゃねえよ。


「どうだった? シオリを怪我させたのが、俺だと聞いた時は?」


 ああ、最低の気分だったよ。

 シオリの悲しそうな表情が頭に浮かんで、あっという間に血が沸いた。


「殺したいと思ったか?」


 思ったよ。

 つか、良くしゃべる奴だな。

 俺はそんなに偉そうに話したりしないぞ?


「まあ、殺したいと思うわな」


 こいつはシオリの思考を読み取った俺だ。

 つまり、シオリから見た俺は、こんな感じって事なのか?

 いやいや。流石にこれは、元の悪魔の性格が入って居るだろう。


「俺も同じだよ」


 はいそうですか。


「他の女共からチヤホヤされて、本当に俺の事を想って居る奴をないがしろにするお前を、心から殺したい」


 ああ、そう言う事か。

 元々の俺の思考に、シオリの思考が混ざったから、こういう思考に至ったんだな。


「つか、今から殺すけど……」

「いい加減に黙れよ」


 はい。

 ついに限界が来ました。


「お前は俺と同じ存在みたいに言ってるけど、俺とお前は違うんだよ」


 ふうと息を付き、黒髪を睨み付ける。


「大体、シオリに怪我をさせておいて、何偉そうにしてんだ?」


 既に頭に血が上って居るので、言葉を選べない。


「男だったらなあ! 女の子を傷付けて、俺様ぶってんじゃねえよ!!」


 思わず叫ぶ。

 まさか、黒髪より先に熱くなるとは、思って居なかった。


「……話は終わりだ」


 小さく息を付き、双銃に手をかける。

 黒髪も同じ動作。

 だけど、こいつがシオリの思考から生まれた俺ならば……


「フラッシュ!」


 不意打ちのスタングレネード。

 魔法学園に居た頃に俺が良く使っていた、卑怯技の十八番だ。

 俺はシールドを黒くして光を遮り、そのまま左右にシールドを振る。

 二発、三発。

 黒髪が放った銃弾は、予想通りの場所へと飛んで来て、簡単に防御する事が出来た。


「……ああ、そうか。そうだよなあ」


 双銃を降ろして、真っ直ぐにこちらを見る黒髪。


「お前は俺と同じだから、攻撃パターンが分かるのか」


 その通り。

 だけど、何度でも言うが、俺とお前は同じじゃない。

 そこはいい加減分かれよ。


「それなら! こいつはどうだ!」


 黒髪が二度三度とフラッシュを繰り返して、その場から消える。

 一瞬の思考回転。

 すぐに上に飛んだ事に気付き、空から降って来る銃弾を防御した。


「遅えよ!」


 黒髪が背後に回り込み、シールドバッシュ。

 これは、直撃する。

 そう思って居たのだが、何故か黒髪の攻撃は俺に届かなかった。


(これは……)


 俺と黒髪の間に現れた桜色の光壁。シオリから貰った魔力が、オートでガードをしてくれて居た。


「な……!」


 驚いた黒髪が後ろに飛び退く。

 中々のスピードだ。

 昔の俺をコピーしたとはいえ、元が悪魔だから貧弱では無いようだ。


「どうして貧弱なお前が! 俺の動きについて来られるんだ!?」


 冷汗を掻きながら黒髪が叫ぶ。能力をコピーした上に悪魔の自力があるから、負けるはずが無いとでも思って居たのだろう。

 だけど、悪魔がコピーした俺と今の俺は違う。

 それに加えて、今の俺にはシオリの加護も付いて居る。

 この状態で、過去の俺に負ける訳が無い。


「くそっ……!」


 黒髪が双銃を撃ち続ける。

 普通に考えればそろそろ弾切れなのだが、そのような節は見受けられない。

 銃やシールドも悪魔がコピーした模造品だから、弾切れが無いようだった。


(大ボスっぽい前振りをした割に、結局これか)


 そう思い、鼻で笑う。

 所詮は俺のコピー。

 何度も言うが、俺はこの世界では最弱だ。

 仲間の力を借りて、初めて一人前の人間になれるんだよ。


「最後に一応聞いとくけどさ」

「は!?」

「お前が一番大切に思ってる奴って、誰?」


 聞いておきたかった。

 俺をコピーしたこの悪魔が、誰を一番大切に思って居るのかを。


「そんなのは……!」


 双銃を撃ち続けながら、黒髪が思い切り叫ぶ。



「リズに決まってんだろうがああああ!!!!」



 その瞬間。

 俺は双銃を抜いて横に飛ぶ。

 シオリから貰った魔力でのブースト。

 黒髪は俺の姿を全く追えずに、簡単に後ろを取られた。


「……」


 無言で背中に一発。


「ぐっ……!」


 俺ならこれで死んで居るが、こいつは元が悪魔だから死なない。

 だから、二発、三発と撃ち続ける。


「うっ! ぐっ!」

「そうか。リズなのか」


 こいつはシオリの思考を読み取った悪魔。つまり、シオリが俺に対して、どう思って居るかの具現化だ。

 そこから考えられる事は……


(シオリは、俺がリズの事を好きだと思っているんだなあ)


 撃ち方を止めてシールドを展開する。

 シオリブーストからのシールドバッシュ。

 黒髪は風で飛ぶゴミのように転がり、師匠が展開した氷に打ち付けられた。


「……確かに俺は、リズの事を強く想ってるよ」


 肩で息をしたまま、動けずに居る黒髪。

 それに対して、静かに歩みを進める。


「だけどなあ……!」


 脳裏に浮かぶ仲間達の顔。

 何人もの仲間達がフラッシュバックして、最後にシオリの顔が浮かんで来る。

 無邪気に笑ったシオリの……あの笑顔が。


「誰が一番好きかなんてええ!!」


 拳を強く握る。

 その拳から舞う桜の花びら。


「決められる訳ねえだろうがああああ!!」


 優柔不断だと言われても良い!

 リズも! シオリも! 他の皆も!

 俺にとっては一番大切な仲間なんだよ!!


「ああああああああああ!!!!」


 シオリの魔力を全て込めた一撃が、黒髪の腹部に深々とめり込む。


「があぁっ……!」


 短い悲鳴を上げる黒髪。

 衝撃が黒髪の体を突き抜けて、氷の壁を粉々に粉砕した。

 壊れた氷に連動して崩れて行く氷壁。

 そして、俺の周りに舞い散る桜。


「……大体な。俺は勇者の親友役なんだよ」


 拳を引き、ふうと息を吐く。


「色恋沙汰は、勇者にでもやらせておけ」


 親友役が重きを置く感情は、愛や恋では無い。


 仲間との絆だ。


 だからこそ、俺は皆の事が大切で、その人達の為に生きている。

 その感情は俺にとって、愛や恋より上なんだ。


「馬鹿……な」


 敗者の名台詞と共に、灰へと帰る黒髪。

 そのセリフが一番俺っぽかったので、思わず笑ってしまった。

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