第134話 親友役にイチャコラエンドは訪れない
厚い雲に覆われて居た空が綺麗に晴れて、帝都に光が差し込む。
街を襲って居た最悪の脅威は、全て取り除かれた。これでこの街も、平和を取り戻すはずだ。
「ミツクニ」
声が聞こえて、びくりと体を震わせる。
振り向いた先に居たのは、屋敷で待機して居たはずの、シオリ=ハルサキだった。
「シ、シオリ!?」
予想外の登場に、思わず声が裏返ってしまう。
「どうして、ここに……」
「心配になって、追い掛けてきちゃった」
てへっと笑うシオリ。
はい、とても可愛いですね(お約束)。
しかし、シオリと別れてここに来てから、それほど時間は経って居ないはずなのだが。
「……いつからここに居たんだ?」
「ミツクニが、偽物と戦い始めた時からかな」
そんなに前からですか!?
と言うか、シオリは今車椅子ですよね!?
もしかして、普通に移動するよりも速いんじゃないのか!?
「ふふっ……」
口に手を当てて微笑むシオリ。
その笑顔がとても綺麗で、見て居て恥ずかしくなってしまった。
「な、何?」
「だって、ミツクニ……」
小さく噴き出してから大声で言う。
「誰が一番好きだなんてええええ!」
「ああああああああ!」
聞かれてた!
しかも! 一番恥ずかしい所を!!
「本当に……ミツクニって……」
お腹を抱えて笑うシオリ。
その笑顔には、帝都で最初に会った時の陰りは見えない。
そんな彼女を見て、俺は素直に安心した。
「まあ、何だ……」
頭を掻きながら、明後日の方向を向く。
「俺にとっては本当に皆が大切で、勿論シオリもその一人で……」
その時。
シオリの人差し指が、俺の言葉を遮った。
「分かってるよ」
俺の口からゆっくりと指を離す。
「ミツクニは皆の事が好き」
言った後、くるりと反転する。
「皆もミツクニの事が大好き」
ハッキリと言い切るシオリ。いつの間にか、周りにハルサキ家の皆も集まって居る。
このシチュエーション……何だかとても恥ずかしいぞ?
「優柔不断なゲス男。死ねば良いのに」
そんなアットホームな雰囲気をぶち壊す、一人のメイド。勿論、そのメイドは零だった。
「いい加減に、お嬢様の気持ちに答えて欲しいものだな」
「ち、ちょっと……!?」
振り返ろうとしたシオリを、零が足で止めた。
「ミツクニも分かって居るのだろう? お嬢様の本当の気持ちを」
痛い所をストレートに尋ねて来る。
それに対して、俺の回答は。
「……んー」
はぐらかす。
「どうやら死にたいようだな」
「あのなあ。零も知ってると思うけど、俺は勇者の親友役だから、勇者ハーレムとは一定以上仲良くなれないんだよ」
「知るか」
「零も勇者ハーレムの一角なのに!?」
「そんな作られた絆で、人の感情を束縛出来る訳無いだろう」
そう言って、シオリから離れる。
正直、零の言う通りだ。
世界を救う為とは言え、無理やり集められたハーレムで、感情を束縛出来る訳が無い。
ましてや、そのハーレムを作る為のキズナシステムとやらは、既に完遂された。
それを考えると、もしかしたら俺と勇者ハーレムが仲良くなっても……
「ミ、ミツクニ……?」
そんな事を考えて居る俺に、再びシオリが声を掛けて来る。
改めてシオリに視線を向けると、頬を真っ赤に染めて、下を向いて居た。
「その……良い機会だから、私の気持ちを改めて伝えるね?」
モジモジした後、上目づかいで見て来る。
うわー。凄く可愛いなあ。
だけど、この状況は非常に危険だぞ?
「私、魔法学園で初めてミツクニと会った時から……」
危険だけど、凄くドキドキするなあ。もう、このまま死んでも良いかなあ。
「ミツクニの事が……」
よーし、覚悟決めた。
これを聞いたら、俺も正直な気持ちを言ってしまおう。
もしかしたら、死なないかも知れないし。
「ずっと、好……」
「居たぞぉぉぉぉ!!」
シオリの言葉を遮る男の声。
誰だ! このイチャコラ雰囲気をぶち壊す不届き者は!!
「大量殺人犯のミツクニだああああ!」
……んん?
ああ、そうか。
まだ街の人達の誤解は解けて居なかったな。
「捕らえろ!」
「いや待て! ハルサキ家の方々が居るぞ!」
「そうか! 極悪人のミツクニを捕らえに来てくれたのか!!」
周りに居るハルサキ家のメイド達を見て、湧き上がる兵士達。
「彼女達なら捕まえられるぞ!」
「そうだ! 俺、前に彼女達に告白した時! ぶっ飛ばされたからな!」
「行ける! 行けるぞぉぉぉぉ!!」
近くに居た住人達も集まって来て、更に盛り上がる。これは、ハルサキ家の誰かが俺を捕まえなければ、収まりそうにない。
そんな訳で、俺は素直に捕まろうとしたのだが。
「黙りなさい」
兵士達の前にそびえ立つ、氷の刃。
静まり返った中央広場にゆっくりと現れたのは、ヨシノ=ハルサキだった。
「折角良い所でしたのに……あなた方のおかげで台無しです」
残念そうにため息を吐くヨシノ。
それよりも、この行為は不味くないですかね。
俺まだ一応大量殺人犯ですよ?
「ミツクニさん。邪魔者は黙らせたので、続きをお願いしても宜しいですか?」
「いやいや、宜しくないですよ」
「そう言わずに、好きって言っちゃいなさいな」
「この状況で言えるか!」
言えるけど!
「それよりも、今の状況を何とか……!」
「どうしてその男を庇うんですか!!」
突然の大声が、俺とヨシノの会話を遮る。
その声を上げたのは、中央広場の端に居た若い女性だった。
「私はその男に夫を! 夫を……!」
全てを言い切る前に、涙を流してうずくまる。
「俺だって! 妻を!」
「息子を!」
「親友を!!」
次々と声が上がり、うなだれる。
勝利の余韻から一転、涙の雨。
悪魔が残した痕跡は、俺が思って居たよりも、ずっと重かったようだ。
(これは……)
無理だ。
例え真実を口にした所で、俺に対する街人達の嫌悪感は消えないだろう。
それならば、そんな皆に対して俺が出来る事は、一つだけだ。
「師匠」
振り向いたヨシノに両手を差し出す。
「俺を拘束してください」
それを聞き、ふうと息を付くヨシノ。
当然のように、首を横に振る。
「ミツクニさんを拘束する理由を、私は持っていません」
言うと思った。
だけど、今はこれが最善なのだと、俺の心が言って居る。
「師匠が拘束してくれれば、俺は安全にリズに会いに行けます」
理由を付けて再度要求する。
実は、自分が指名手配されて居ると知った時から、ずっと考えて居た。
一般人である俺が普通に城へ行っても、女王になったリズに会う事は出来ない。
だけど、大量殺人犯としてハルサキ家の人間に捕まれば、刑を執行される前に、リズと面会する事が出来るだろうと。
つまりこれは、俺が帝都に来た時から考えていた、筋書き通りなのだ。
「俺への誤解は、リズと対面した後に解けば良い」
街の現状を見る限り、誤解を解くのは相当難しいだろう。
だけど、リズやハルサキ家の人間ならば、それが出来るかも知れない。
何故ならば、彼女達はこれ程に、周りの人間達から頼りにされて居るのだから。
「……」
何も言わないヨシノ。
その悲しそうな笑顔を、黙って見つめる。
「……仕方ありませんね」
俺の気持ちを汲み取り、静かに頷いてくれる。
流石は俺の師匠だ。
いつも迷惑を掛けて、本当にごめんなさい。
「ですが、拘束はしません。自分の足で、女王に会いに行きなさい」
話が終わり、ヨシノが俺の横に並ぶ。
それに続いて、反対側に並ぶシオリ。
その光景を見て、不安そうに見て居た街人達が、一瞬にして笑顔になった。
(流石はハルサキ家だな)
代々この帝都を守って来た者達の威厳。
彼女達が居れば、大切な人を失った人達の悲しみも、いずれ癒されるだろう。
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