第45話 土下座祭

 この世界を脅かす、世界崩壊の予言。

 四回目にして、俺達は初めてその予言を回避して、多くの魔物達の命を救った。

 予言を知る者も知らない者も、共に作戦の成功を喜び、国境にある町に戻って祝賀会が開かれる事になった。



 食堂に勇者ハーレムの全員が揃い、ヤマトの乾杯の合図で御馳走を食べ始める。

 食事を作ったのは、勇者ハーレムの料理長である、サラ=シルバーライト。

 言うまでも無く、その一品一品は最高の味で、食堂に居る勇者ハーレムが、美味しい食事と作戦成功の喜びを噛みしめて居る。

 だが、その食堂の端では、祝賀会とは別の祭りが開かれていた。


「すみませんでしたああああ!」


 大声で叫んだ後、背筋をしっかりと伸ばして、上体を45度に倒す。


「あら、一体何の事かしら?」


 俺の謝罪を軽くあしらい、白々しく首を傾げるリズ。全力で謝って居るのに、説明までさせるつもりのようだ。


「ええと、俺には大事な使命がありながら、それを放棄して旅に出たという……」

「図が高いわね」


 その言葉を聞いて、恐る恐る頭を上げる。

 リズは椅子に深く腰かけながら、楽しそうに鉄球でお手玉していた。


「ミツクニの国では、それが全力の詫び方なのかしら?」


 ゆっくりと微笑むリズ。その表情を見た瞬間、俺の背筋に冷気が走った。


(このままでは死ぬ!!)


 最敬礼から正座に姿勢を直して、頭を地面に叩き付ける。

 これこそが! 我が国に誇る最上級の詫び礼! ジャパニーズ土下座だ!


「申し訳ございません!!!!」


 頭を地面に擦り付けて居ると、頭の横にドスンという鈍い音が響く。

 ちらりと横目で見た先には……鉄球。


「あら、落としてしまったわ」


 その言葉に遅れて、二個、三個と、頭の横に鉄球が落とされる。


「ねえ。教えて? どうして今日は、こんなに手が滑るのかしら」


 四個。五個。


「初めて予言が回避された、おめでたい日なのにね?」


 六個。七個……

 俺の頭の周りは、既に鉄球で一杯だ!

 来る! 次は頭の上に来るぞ!!


「リズ。それくらいにしてくれないか」


 そんな俺の頭上から聞こえたのは、ベルゼの声。


「周りの人間がこちらの事を気にして居る。これでは、祝賀会に集中出来ない」

「確かに、その通りね」


 ベルゼの言葉に納得するリズ。

 良かった。これで、説教も終わり……


「鉄球が落ちる音って、うるさいものね」


 そう言って、リズが鉄球を回収する。

 ……そういう事では無いと思うのですが。


「これで良いかしら?」

「ああ、問題ない。続けてくれ」


 続けさせるのかよ!?

 つか、何で誰も助けてくれないの!?


「それで、何の話だったかしら?」


 視線の先で、ぶらぶらと足を動かしているリズ。

 その動きだけで、分かってしまう。彼女は今の状況を、心の底から楽しんでおられるようだ。


「ああ、そうそう。ミツクニが何を謝って居るのかって話だったわよね」


 そこまで戻すのかよ!?

 ……もう一回? もう一回言えと!?


「ほら、言いなさいよ」

「ええと、私には大事な使命がありながら……」


 頭に突き刺さる鉄球!

 なるほど! これなら音が出ないね!


「違うわよね?」

「はい。違います」

「じゃあ、言いなさい」


 頭から鉄球を回収するリズ。

 次に答えを間違えたら、俺は本当に殺されるかも知れない。


「ええと……」


 頭をフル回転させて、答えを考えてみる。


(親友役を放棄して旅に出たから? いや、たった今それは否定されたばかりだ。それじゃあ、勇者ハーレムを探さなかったからか? それもしっかりと輸送して居たぞ? まさか、他の仲間と一緒に旅をして居たから……)


 様々な考えが浮かんだが、どれも言っても不正解な気がする。

 もしかして……最初から答えが無い?


「俺が謝る理由は……」


 とは言え、黙って居ても結局殺されるので、自分に正直に言う事にした。


「謝る理由は! リズを騙して旅に……!!」

「それくらいにしておけ」


 俺の言葉を遮る女子の声。


「ミツクニ。頭を上げろ」


 声に導かれるように、ゆっくりと頭を上げる。

 横に立って居たのは、リズの姉、ウィズ=サニーホワイトだった。


「全く、お前は相変らずだな」


 リズを見てため息を吐くウィズ。それに対して、リズは鼻で笑って見せる。


「まさか、こんな所でウィズに会えるとは、思って居なかったわ」

「ああ。私だって、リズに会えるとは思っていなかったよ」


 白と黒。似て否なる二人が微笑む。


「それで、結局リズとミツクニは、どういう関係なんだ?」

「どうもこうも、こういう関係よ」

「ペットと飼い主か?」

「そうね」

「違うだろ!」


 思わずツッコミを入れると、リズがヌルリと首を傾げた。


「誰が頭を上げて良いと言ったかしら?」


 俺は再び地面に頭を叩き付ける。


「すみません。ごめんなさい」

「ほら、ペットでしょ?」

「まあ、そう見えなくもない」


 頭上で楽しそうに笑う二人。

 ……ああ、うん。そうだよね。

 何だかんだ言って、二人は双子だものね。


「しかし、そろそろ本当に止めてくれないか? 私の未来の彼氏に、これ以上惨めな姿で居て欲しくないんだ」


 ……おい待て。このタイミングで、それを言うのか。


「……ウィズ、何の話かしら?」

「言った通りだ。私はミツクニを、彼氏にする事に決めた」


 その言葉が出た瞬間、急に食堂内が静かになる。

 これは……修羅場突入の合図だ!


「どういう経緯で、そんな話になったのかしら?」


 やんわりとした口調で話すリズ。しかし、食堂内の大気が震えている。


「経緯など無い。会った時にそう決めた」


 淡々と話すウィズ。一片の淀みも無い。


「ウィズはミツクニと会ったばかりよね?」

「そうだな。しかし、関係無い」

「関係無くは無いでしょう? 例え会ったばかりでも、私達の関係くらいは、ミツクニから聞いて居るはずよ?」


 ごめんなさい。

 それっぽい言葉で誤魔化して、詳しい事は何も話していません。

 そういう事だから……


「リズ。実は、俺はお前との関係を……」

「黙りなさい」

「ごめんなさい」


 言い訳に失敗しました!

 こいつは不味いぜ! 全てが裏目だ!


「そう言う事だから、ウィズとミツクニは、付き合う事が出来ないの」

「良く分からないな。ミツクニから聞いた話から考えても、私がミツクニと付き合えない理由が見つからないのだが?」

「だから、私とミツクニは、とある約束をしていて……」

「ああ、許嫁の事か?」


 この時、俺は後悔した。最初にウィズに会った時に、きちんと異世界召喚の話をしておけば良かったと。

 だけど、もう遅い。


「そんな嘘で、私が引き下がる訳無いだろ」


 鎖は……引きちぎれた。


『えっ……!!!!』


 ウィズの言葉に少し遅れて、食堂に居た全員が反応する。


「……もしかして、全員信じていたのか?」


 何も知らないウィズが、言葉で食堂を荒らす。このままでは不味いと感じた俺は、咄嗟に頭を上げて口を開いた。


「違うんだ! これは……!」


 頭上から鉄球!!

 くそう! 見事な強制土下座だぜ!


「ミツクニ……これは一体、どういう事なのかしら?」


 リズが俺に近付き、小声で尋ねて来る。


「……予言の事を教えるのは不味いと思って、それっぽい事を言って誤魔化しました」

「だからって、ウィズに許嫁の事を言うのは、おかしいわよね?」


 そうですよね。身内ですもんね。

 全く考えて居ませんでした。


「だけど、こうなった以上、もう許嫁では誤魔化せないぞ?」

「そうね。仕方ないわね」


 そう言って、リズが静かに立ち上がる。

 そして、周りに向かって口を開いた。


「今まで嘘を吐いて居てごめんなさい。でも、これには理由があるの」


 リズの言葉に耳を傾ける勇者ハーレム。

 そんな彼女達に対して、少しの間を置いた後、リズが堂々と言った。


「私達、本当はペットと主人の関係なの」

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁ!」


 ついに我慢が出来なくなり、大声と共に立ち上がってしまう。


「いくら俺でもそれだけは勘弁だ!」

「あら、同じようなものでしょ?」

「同じじゃない! 全く同じじゃない!」


 必死に否定するが、全員が白い目でこちらを見て居る。これ以上の虚偽は、心証を悪くしそうだ。


「ミツクニ。きちんと事情を話さないと、誰も納得しないぞ」


 真剣な表情で見詰めて来るウィズ。

 ……そうか。

 どうやら、もう限界のようだな。


「リズ」


 短く言って、リズに許可を求める。リズは小さくため息を吐いた後、仕方ないと言う表情で頷いた。

 俺は食堂に居る皆に顔を向ける。


「皆に話す事がある」


 これを話す事で、俺は皆の信頼を失ってしまうかもしれない。

 だけど、これ以上皆を騙し続ける訳にも行かない。

 だから……正直に言おう。


「俺は……異世界の人間なんだ」


 一瞬の沈黙。

 やがて、皆が俺を見て目を丸くする。


「今年の初めに、別の世界からリズに召喚された。召喚された理由は言えない。それで、身元を隠す為に、リズの許嫁って事にして居たんだ」


 完全に言葉を失う一同。

 それを見て、俺は再び土下座をする。


「騙して済みませんでしたぁぁぁぁ!」


 土下座! 今はとにかくDOGEZA!

 俺には誠意を見せる事しか出来ない!


「それじゃあ……」


 ポツリと口を開く女子。

 最初の勇者ハーレム、シオリ=ハルサキ。


「ミツクニは今、フリーって事?」


 それを聞いて、思わず頭を上げる。

 ……

 この状況下で、君は一体何を言って居るのかな?


「シオリ……まず、異世界の人間って事を疑えよ」

「え? あ、そうだよね」

「でもまあ、俺は魔力が無いから、逆にしっくりくるのか?」

「そ、そうだね! ミツクニ弱いしね!」

「それを言うか!」


 俺のツッコミに笑う一同。それを見て、俺も一緒に笑ってしまった。


「そう言う事で、ミツクニは私が召喚したペットだから、諦めなさい」


 和やかな空気を一瞬にしてぶち壊す、リズの痛烈な一言。

 このタイミング……流石としか言いようが無い。


(……まあ、良いか)


 正座したまま、やれやれとため息を吐く。


 俺は異世界の人間。

 だけど、ここに居る皆は、そんな事で俺を否定しない。

 それが分かっただけで、今は十分だった。

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