第44話 初めての予言回避

 森の悪路をバイクで飛ばして一刻。俺達は魔物達が戦う場所へと辿り着く。

 そこは、森の中心を掬い取ったような、ごつごつとした岩肌の盆地。

 まるで、迷い込んだ者を水没させる為に、意図的に作られたような場所だった。


「どうして、こんな場所を戦場に選ぶかね」


 ぽつりと言った言葉に対して、ベルゼが冷静に回答する。


「この世界では、魔法を主とした陣形戦が基本だ。我々の知る戦のように、地形を利用した戦などは、行わないのだろう」

「ふうん。騎士道って言葉を思い出すな」


 会話をしながら眺めて居ると、視線の先で各々の魔物達が陣形を形成する。

 穏健派は陣を広く敷いて防御の構え。

 強硬派は中央に兵を集めて突破の構え。

 マスゲームのように動くその姿は、見ているだけで壮観だった。


「このままぶつかると、どうなるんだ?」

「伏兵も居ないようなので、数で有利な穏健派が守り切って終わるだろう」


 魔法と腕力に頼った原始的な戦い。ある意味では強者がしっかりと分かって、良いのかも知れない。

 しかし、今この場においては、その戦いは無意味だ。

 なぜならば、この状態を手玉に取った第三軍が、この戦場を丸ごと潰す計画を進めて居るから。


「マスター。強硬派が動き出すぞ」


 ベルゼに言われて、強硬派側を双眼鏡で見る。

 強硬派の先頭に居るのは、見覚えのある女子。

 リズの姉、ウィズ=サニーホワイト。


「大将なのに前線に立つとは……流石はリズの姉さんだなあ」


 その勇ましい姿を見て、少しだけ嬉しくなる。しかし、その思いは一瞬で空へと掻き消した。


「よし! 行こう!」


 皆に号令をかけて、各々が戦場へと散る。

 魔物の軍勢が中央でかち合おうとする中、リンクスを荷台に乗せた俺は、バイクのアクセルを強く踏んで崖を下る。

 崖を下り切ると、魔物達の中心に切り込み、腹の底から思い切り叫んだ。


「止まって下さぁぁぁぁぁぁい!」


 戦場に木霊する声。

 しかし、進軍する兵達の足音に掻き消されて、その声は届かない。


「ですよねー」

「マスター。時間が無い」

「はいはい。分かってますよ」


 バイクに括られて居た便利袋に手を伸ばす。

 そこから取り出したのは、ベルゼが改造して出力を上げたメガホン。

 出力が異常に大きいので、耳栓をしてから改めて口を開いた。


『止まってくださぁぁぁぁぁぁい!』


 戦場に轟く大声。

 そのあまりの大きさに、魔物達は耳を塞いでその場に停止した。


「……凄い威力だな」

「この世界にこれ程の拡張器は無い。皆も驚いているのだろう」


 何はともあれ、両軍の進軍は停止した。それでは、話し合いを始めようじゃないか。


『あー、あー。どうも、私はミツクニ=ヒノモトと申します。両軍の責任者にお話があります。危害を加えるつもりはございませんので、中央までお集まりください』


 少しの沈黙の後、魔物達がざわつく。


「戦場らしからぬ事務的な内容だな」

「ああ。俺も自分で言っておいて、どうかと思う」


 ベルゼに苦笑いを見せていると、強硬派の魔物の中から代表者が現れる。

 その代表者は、俺の予想通りの人だった。


「ミツクニ……お前」


 必死に笑いを堪えて居る女子。

 ウィズ=サニーホワイト。


「戦場の中心であんな事を言うなんて、どうかしているぞ」

「そう言うなよ。こっちも必死なんだから」


 それを言った瞬間、ウィズが我慢出来ずに吹き出した。


「責任者って……ございませんとか……」


 俺は一般人なので、軍隊の細かい階級なんて分からないからな。これでも、分かり安く言ったつもりなんだぞ?


「やはり、ミツクニは面白いな。早く私の彼氏になってくれ」

「その話は保留だ。今はとにかく、話し合おうじゃないか」

「ああ、話し合うさ。相手が来てくれればだがな」


 そう言っている間に、今度は穏健派が動き出す。

 陣の中央が割れて、奥から現れた代表者。

 それは、銀色の軽鎧を着た女性だった。


「何でこの世界の隊長挌は、女ばかりなんだ?」

「当然だ。女の方が魔力が高いからな」


 それはつまり、この世界では女の方が強いという事か。

 ……うん。今までの出来事から考えると、大いに納得が出来るぞ。


「これは、何かの茶番ですか?」


 銀色の兜を取る穏健派の代表。

 紫長髪。真っ白な肌。おっとりとした瞳。戦場には似合わない、優しいお姉さん的な顔をしていた。


「事と次第によっては、この場で真っ二つにさせて貰いますが?」

「そう言うな。お前もミツクニの名前くらいは、聞いた事があるだろう?」


 それを聞いて、ため息を吐くお姉さん。

 やがて、握っていた剣を鞘に納めて、ぼんやりとした目で見詰めて来る。


「ナタリ=ウォーク。魔族第二師団の団長です。ミント様がお世話になっています」


 なるほど。貴女がナタリさんですか。

 ハーレムリストで名前は知って居ましたよ。予想通りに御綺麗な方ですね。


「それで、そんなミツクニさんが、この戦場に何の用ですか?」


 首を傾げてくるナタリに対して、真剣な表情を向ける。

 これから言う事には、証拠が無い。だけど、信じて貰わなければ、魔物達は全滅してしまう。

 ここからが、俺にとっての本当の戦いだ。


「まずは、この地図を見て下さい」


 地図を取り出して、二人の前に広げる。


「この戦場の先に、人間の作ったダムがあるんですが、今人間達がそのダムを開放して、ここに水を引き込もうとしています」


 それを聞いた二人が、目を丸めて少し黙った。


「……どうしてミツクニが、その事を知ってるんだ?」

「信頼出来る筋からのリークだ」

「それは良いとして、どうしてミツクニさんが、その事を私達に教えてくれるんですか?」

「それは、ある人物に頼まれたからです」


 俺は地図に示された青い矢印を指差す。


「お二人は、魔法学園の事は知っていますか?」

「ええ。ミント様がお世話になって居る学園ですね」

「そうです。そこで魔物と人間の仲を取り持っている、ヤマトという人間が居るんですが、その男が水攻めの情報を入手して、それを止める為に俺を派遣したんです」


 本当は予言から得た情報だったが、それでは信憑性を疑われるので、ヤマトの手柄という事にしておいた。

 少しの間の後、ナタリが難しい表情で腕を組む。


「話は分かりましたが、証拠がありません」


 ですよね。それも分かって居ました。

 ですから俺は、いつも通りに卑怯な手を使う事にします。


「ミントー。ちょっと来てくれー」

「はーい」


 呼ばれたミントが空から降りて来る。


「ミント。この方に、崖の上への退却命令を出してくれ」

「はーい。それじゃあ、ミツクニの言う通りにして下さーい」


 無邪気な笑顔で命令するミント。そんな彼女の姿を見て、流石のナタリも苦笑いを隠せなかった。


「……ずるくありませんか?」

「そうですけど、今はこれが最善なので」


 ナタリが大きくため息を吐く。

 そして、くるりと振り返って言った。


「細かい話は、後で聞かせて貰いますので」

「俺は命令されただけなので、苦情は作戦隊長のヤマトにお願いします」


 ナタリが渋々穏健派の元へと戻る。そして、前線から大声で指示を出すと、魔物達が一斉に崖を登り始めた。

 戦場に少しの沈黙。

 やがて、ウィズが小さく吹き出す。


「ふ……」


 小さな笑いは、やがて大きな笑いへと変わった。


「ミツクニは本当に……面白い男だな」

「はいはい。分かったから、ウィズも撤退命令を出してくれ」

「そうしたい所だが、私の軍は血気盛んな奴が多くてな。すぐには言う事を聞いてくれないかも知れない」


 そうですね。強硬派の魔物達ですもんね。

 でも、本当に時間が無いので、俺はどんどん切り札を投入しますよ。


「メリエルー」

「はーい」

「頼む」

「了解でーす」


 メリエルがニコニコと笑いながら、強硬派の頭上で翼を広げる。

 そして、散らした羽根からレーザーを照射して、強硬派の周りにある岩を粉々に撃ち砕いた。


「私に殺されるか。黙って崖を登るか。好きな方を選びなさい」


 戦場に響くメリエルの美しい声。

 次の瞬間、強硬派の魔物達が死に物狂いで崖を登り始めた。


「よーし。これで万事解決だな」


 その一言に、ウィズが苦笑いを見せる。

 俺はそれに微笑みを返した後、バイクに跨って水が流れて来る方へと移動を開始した。



 魔物達が力を合わせて崖を登り、次々と盆地から這い上がる。

 それを遠目に確認した後、俺は改めて水が流れて来る地点へと視線を移す。

 今の所、水が流れて来る気配は無い。


「とりあえず、順調だな」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、何時水が流れて来てもおかしくは無い。

 今はとにかく、魔物達がいち早く崖の上へ避難するのを、黙って待つしか無かった。


「随分と強引な手を使ったな」


 声が聞こえて振り返る。

 そこには、強硬派を避難させて居るはずの、ウィズが立っていた。


「ウィズ。ここは危ないから、早く崖を登ってくれ」

「私は強硬派の大将だぞ? 兵より先に登る訳にはいかないだろう」


 俺が大将でも、きっと崖を登らない。だから、それ以上の追求はしなかった。


「ミツクニ、本当に水が来るのか?」

「ああ。ヤマトが止めてくれて居るけど、多分作戦を中止させるのは無理だ」


 そう言いながら、再びチラリと後ろを見る。

 避難は順調に進んで居る様だが、やはりこの人数になると遅い。

 答えが見えない事柄を見据えるのには、大分慣れたつもりだったが、それでも苛立ちを隠す事が出来なかった。


「ミツクニ」


 そんな苛立って居る俺に対して、ウィズが再び話し掛けて来る。


「何だ?」

「この戦いが終わったら、付き合ってくれ」


 状況を無視した突飛な発言に、思わず吹き出してしまった。


「……あのなあ。ここでそれを言うか?」

「何度でも言うさ。私はミツクニの事が好きなんだ」

「好かれるのは嬉しいけど、今ウィズが言った言葉は……」


 死亡フラグ。

 そう言おうとした、その瞬間だった。


 腹の底に響く重低音。

 静かに揺れ始める森の木々。

 視線の先からふわりと流れて来る風。


 これは……間に合わない!


「くそっ!」


 俺はウィズの手を取り、バイクに向かって走ろうとする。

 しかし、ウィズは手を離して微笑んだ。


「大丈夫。分かって居たさ」


 それだけ言って振り返り、水が来るであろう先を見据える。その後ろ姿を見て、俺は彼女がやろうとしている事が分かってしまった。


「……一人の力じゃ止められないぞ」

「分かっている」

「一瞬で飲み込まれて、後ろに残ってる奴等も助からない」

「分かっているさ」


 ゆっくりと空を仰ぎ、瞳を閉じるウィズ。

 彼女は既に覚悟を決めている。そんな彼女を、貧弱な俺が止められるはずも無い。


「……仕方無いな」


 くるりと身を翻して、ウィズの横に立つ。


「ミツクニ。お前は避難を……」

「ウィズが助からないのなら、俺がここに来た意味は無いんだよ」


 魔物達を助ける為に、ここに来た?

 確かにそうだが、本心は違う。

 ここにウィズが居ると思ったから、俺はこっちに来る事を選んだんだ。


「ミツクニ、お前では何も出来ない。だから……」

「ああ。何も出来ないだろうな」


 その通りだと思い、鼻で笑う。


「だけど、ここにはウィズのように、部下の為に命を懸ける奴も居る」


 俺の横に現れる女性。

 穏健派の団長、ナタリ=ウォーク。


「宿命とか言って、俺を手伝ってくれる奴も居る」


 俺の前にちょこんと座るリンクス。


「何も言わずに、信じてくれる奴も居る」


 頭上で翼を広げて居るミントとメリエル。偵察から戻り、バイクに降り立つベルゼ。

 そんな奴らが、今この場所に集って居る。

 だからこそ……


「これだけ居れば、きっと水も止められるさ」


 信じている。

 俺達は、こんな所では死なないと。

 心の底から信じているんだ。


「来るぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 怒号と共に迫り来る大量の水。同時に全員が魔力を全開にして、魔法壁を展開する。

 衝突する魔法壁と大量の水。

 衝撃で大量の水しぶきが上がり、嵐のように空から降って来た。


「おおおおおおおお!」


 各々が声を出して水を抑えて居るが、少しずつ押されて来ている。

 このままでは耐えられない!!


(早く! 早くしてくれ……!)


 後ろで必死に崖を登る魔物達。

 やがて、最後の魔物が崖を登り切った。


「よし! 全員登ったぞ! 俺達も……!」


 声を掛けた途中で、俺はハッとする。

 ……この状態で、どうやって逃げるんだ?


「ミツクニ。行きな」


 俺の横でリンクスが呟く。


「な、何を……!」

「ここで全員が倒れたら、誰が魔物と人間を仲良くさせるんだい?」


 そんな事は勇者にでもやらせておけ!

 俺はここに居る皆と! ただ一緒に居たいだけなんだ!!


(くそっ! くそぉぉぉぉ……!)


 何も出来ない!

 何も持っていない!!

 どうして俺には! 何も無いんだ……!!


 迫り来る大量の水。消耗していく仲間達。

 俺はそれを見ている事しか出来ない。

 見ている事しか……!!


「……何をグズグズしているのかしら」


 そんな俺の耳に響く、懐かしい声。


「全く、これだからキモオタは駄目なのよ」


 声と同時に巨大な魔法壁が形成されて、圧倒的だった水の勢いをピタリと止める。

 ゆっくりと、声の方向に振り向く。

 そこに居たのは、俺をこの異世界に召喚した、あの女性。


「ほら、少し止めてあげるから、早く崖を登りなさい」


 精密な魔力操作。

 次々と大量の水が押し寄せているはずなのに、魔法壁を幾重にも形成して、水を崖の中へと逃がしていく。

 これが、俺を異世界召喚した大魔法使い。

 リズ=レインハート。


「登れぇぇぇぇぇぇ!」


 大声と同時に、それぞれが崖を駆け登る。俺もバイクにまたがると、リズを抱えてアクセルを全開にした。


「おおおおおおおお!」


 魔法壁が消えて迫り来る大水。俺は岩を使って、無理やり空へと舞い上がる。

 スローモーションになる景色。逆さまになる世界。

 バイクは崖を飛び越えて地面に落ち、俺達は途中の木に引っかかった。



 大量の水は盆地を高速で駆け抜けて、やがて穏やかな流れを取り戻す。

 俺はリズを抱えたまま体で木を揺すり、地面へと落ちる。

 リズの下敷きになる俺。

 そのままの体勢で、リズが口を開いた。


「言いたい事が沢山あるわ」


 そして、いつものように、リンゴのパックジュースを額の上に置く。

 ああ……帰って来た。

 痛くて楽しいあの日常が、帰って来たんだ。

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