第46話 異世界の人間とバレました

 土下座祭の翌日。

 勇者ハーレムは昨日の騒ぎで疲れ果てて、宿屋でぐっすりと眠っている。

 俺はというと、まだ朝日も出て居ない早朝に目が覚めてしまい、散歩がてらに町の外れにある高台まで散歩していた。


 高台に辿り着き、大きく深呼吸をして地平線を眺める。

 山の谷間から見え始める太陽の光。例え異世界であっても、この光景は美しい。

 こんな事ならば、もっと自分の世界の自然も眺めておけば良かった。


 朝日が山から昇り切り、腹が減ったので町へ戻ろうかと立ち上がる。

 そんな俺の後ろに居た、一人の女子。

 彼女が自然に囲まれた場所に来るとは思って居なかったので、少し驚いた。


「おはようございます」


 お辞儀をしてニコリと微笑む女子。勇者ハーレムの狂科学者、フラン=フランケンシュタイン。


「まさか、こんな場所で会えるとは、思ってませんでしたよ」


 茶色い髪を揺らしながら、ゆっくりと近付いて来るフラン。いつもはポニーテールなのだが、今日は髪を結って居なかった。


「それは、こっちの台詞だろ」


 冗談交じりに言うと、フランはふふっと笑って横に立ち、大きく伸びをした。


「いやー。昨日は大騒ぎでしたねえ」


 伸びを止めて腕を回す。


「皆ぐっすり眠って居ますけど、ミツクニさんは眠く無いんですか?」

「ああ。俺は眠くないな」

「昨日あんなに土下座をして居たのに?」


 その通りだ。

 俺は昨日、勇者ハーレムに土下座しまくった。

 理由は勿論、皆に嘘を吐いて居た事だ。


「異世界の人間だって、皆にバレちゃいましたね」


 フランは勇者ハーレムでありながら、俺に協力してくれている人間の一人だ。そんな事もあり、俺が皆に隠している秘密を全て知って居た。


「皆もっと驚くかと思ったんですけど、意外と驚きませんでしたねえ」

「まあ、魔力が無い事以外は、他の人と変わらないからなあ」

「え? 何言ってるんですか?」


 フランがこちらに向いて微笑む。


「ミツクニさん、この世界で最弱じゃないですか」


 その言葉が、グサリと心に突き刺さる。

 フランの言う通り、俺はこの世界の誰よりも、身体能力が低い。

 それでも、俺は鼻で笑って見せた。


「フラン。面白い事を教えてやろうか?」

「何ですか?」

「俺はこの世界では最弱だけど、元の世界の基準で考えれば、結構強いんだぜ?」


 フランが大きく目を見開く。


「……冗談ですよね?」

「いや、マジで」

「だって、鉄球を頭に食らった程度で、クラクラしてるんですよ?」


 その言葉を聞いて、思わず笑ってしまう。

 やっぱり、ここは異世界なんだな。


「あのな。俺の世界では、人間が鉄球を頭に食らったら……死ぬんだよ」


 フランが再び言葉を失う。

 俺は空に視線を移して、ずっと思って居た事を話し始める。


「だから、俺もリズの鉄球ツッコミを受けた時点で、大怪我をして居たはずなんだ。それなのに、この世界に来たら、何故か耐えられるようになった」


 この世界に召喚された当初は、俺の体は元の世界のままだと思っていた。

 だけど、それは間違いだったようだ。


「どうやら俺は、元の世界に居た時よりも、強くなって居るみたいだ」


 それが、俺の辿り着いた結論。

 チートまでとはいかないが、俺は確実に異世界召喚の恩恵を受けていた。


「……それじゃあ、今のミツクニさんが元の世界に戻ったら、最強って事ですか?」

「いや、俺が元の世界に戻っても、弱いままだと思う」


 フランが首を傾げる。


「ええと……結局強いんですか? 弱いんですか?」

「強い事は強い。だけど、俺の世界では、そう言うのはあまり関係ないんだ」


 言った後、落ちていた小石を手に取る。


「俺の世界では、弱者が強者を一瞬で殺せる武器が、そこら中に存在する。武術や料理も色々な種類があって、明確な強弱というのが存在していない」


 持っていた小石を崖に向けて投げる。


「結局、最強なんて言うのは言葉だけで、純粋には存在しないんだよ」


 うむ。何か俺、哲学的な事を言いました。


「そういう事だから、俺を気軽に最弱と呼ぶのは止めて欲しいな。せめて、この世界では最弱とでも呼ぶようにしてくれ」

「ええと……私、最初からそう言って居ましたけど?」


 そう言えば、そんな事を言って居たなあ。

 もしかしてこれ、相手が分かって居ながら語ってしまったあれか?

 そうだったら、もの凄く恥ずかしいぞ?


「とりあえず、ミツクニさんが元の世界ではそれなりって事は分かりました」

「あ、はい。ありがとうございます」

「でも、私の中では、やはり最弱という事にしておきます」


 まあ、それで良いや。俺も自分が強いとは思って居ないし。

 話が一段落した所で、フランが俺の前へと移動して、クルリとこちらに向く。


「それで、これからミツクニさんは、どうするつもりですか?」


 朝日に照らされてキラキラと光るフランの髪。

 やっぱり、勇者ハーレムは可愛いなあ。


「俺はこのまま、旅を続けようと思ってる」


 口だけで語りながら、フランの顔をじっくりと眺める。

 元の世界の俺だったら、こんな可愛い子と話をするとか、絶対に有り得なかったな。


「今度はどこに行くつもりなんですか?」

「そうだな……魔法学園の方も少し気になるけど、それは勇者であるヤマトに任せて、水攻めの事でも調べてみようかな」


 今回の予言で人間側が行った水攻めは、魔法学園が関与していない。

 つまり、学園以外にも、魔物を倒そうとしている人間が居るという事だ。

 魔物と人間を仲良くさせたいのであれば、それは調べておかなければならない。


「そうなると、次の目的地は帝都って事になりますね」

「帝都?」

「そうです。今回の水攻め作戦は、帝都の兵士が行って居ましたから」


 帝都……恐らく王様とかが住んで居る、大きい都の事だろう。

 そうなると、あの作戦は人間側のお偉いさんが指示したという事か?

 そうであれば、困った事になったな。


「次の相手は人間か……」


 ぽつりと言って、大きくため息を吐く。


「渦巻く陰謀。裏切りの連続。階級差別……正直に言って、人間は相手にしたく無いな」

「そんな事を言ってますが、ミツクニさん自身も人間ですよ?」

「だからこそ嫌なんだろ」


 同じ人間だからこそ、汚い所を良く知っている。そして、それがどれだけ危険なのかも知っている。

 今までのように事を進めて行ったら、簡単に捕まってしまう可能性も大いにある。


「でもまあ、他にやる事も無いし、行ってみるか」

「いえいえ、やる事はありますよね。親友役っていう大事な仕事が」

「何それ美味しいの?」


 明後日の方を向き、知らないフリをする。

 皆には悪いが、今更魔法学園に戻って、親友役をするつもりは無い。

 新しい出会いが俺を待っているんだ!


「帝都かあ……きっと可愛い女の子が、沢山居るんだろうなあ」

「目的が変わって居ませんか?」

「変わってないね! 俺の目的は、可愛い女の子を探す事さ!」

「そんな事を言ってると、リズさんが現れて瞬殺されますよ?」

「ふっ、リズがこんな朝早くに起きてくる訳が……!?」


 話の途中で、背中に強烈な電撃が走る。


「な、何が……」

「あら、邪魔な虫かと思ったら、ミツクニだったのね」


 後方から聞こえるお馴染みの声。

 ああ……終わった。

 俺は今日、ここで死ぬのだ。


「独りで勝手に話を進めるなんて……流石はキモオタね」

「リズ……どこから話を聞いて居たんだ?」

「俺はこのまま、旅を続けようと思ってる」


 うわやばい。聞かれたら駄目な所を全部聞かれてた。そうなると、もうどんな言い訳をしても無駄だろうな。


「殺せよ……それで、お前の気が済むのなら」

「分かったわ」


 リズが鉄球を投げて来る。

 猛スピードで迫り来る鉄球。

 この速度は……本当に死ぬ奴だ!


「はいぃぃぃぃ!」


 必死に体を捻じ曲げて、鉄球を回避する。

 俺の居た場所に叩き付けられる鉄球。その速度は全く衰えず、地面の下へと消えて行った。


「……」


 無言で立ち上がり、リズを真っ直ぐに見つめる。


「すみませんでした」

「分かれば良いのよ」


 弱者は強者に逆らってはいけない。それが、自然の掟というものだ。


「そういう事で、俺は帝都に行く事にするよ」

「そうね。帝都に行くのは久しぶりだわ」


 そう言って、ニコリと微笑むリズ。

 あれれ? 何か同行する流れになってない?


「リズ。俺達には使命がある。ここは分かれて行動した方が、効率良く使命を果たせる……」

「何か言ったかしら?」

「すみません」


 駄目だ。どうにもならない。

 帝都は今までより危険そうだから、一緒に行きたく無いんだけどなあ。


「男女の二人旅って危険じゃないか?」

「問題ないわ」

「そうは言ってもさ。まだ帝都で泊まる場所とかも決まって無い訳で……」

「それじゃあ! 私も一緒に行く!」


 俺達の会話に乱入してくる女子の声。

 これは、フランの声じゃないぞ?

 一体誰が……


「帝都には私の実家があるの! だから! 私が一緒に行く!」


 離れた場所から大声で叫んで居る女子。

 ピンクの髪。パッチリとした目。胸に桜のピンバッチ。

 最初の勇者ハーレム、シオリ=ハルサキ。


「水攻めの事を調べるなら! 私は絶対役に立つから!」


 最悪の相手に目を付けられてしまった。

 シオリは予言や勇者ハーレムの事を何も知らない。連れて行けば、俺達の障害になるのは明確だ。


「そうね。シオリも一緒に行きましょう」


 それなのに、あっさりと了承してしまうリズ。


「リズ、それは流石に……」

「シオリは帝都でも指折りの名家の娘よ。隠れ蓑には最適だわ」

「隠れ蓑って……本人の前で堂々と言うなよ」

「だって、事実でしょう?」


 そうですけど、普通は言わないだろ。

 それ以前に、リズってシオリの親友なんだよな。そんな名家のお嬢様と、どうやって親友になったんだ?


「これで、次の目的は決まったわね」


 俺の考えを無視して話が進んで行く。

 目の前に居る三人は、何故かとても楽しそうだ。


(……最悪だ)


 そう思い、一人でため息を吐く。


 帝都。

 多くの人間が集う混沌の街。

 そんな場所に、俺は女子を二人も連れて向かう事になってしまった。

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